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恒

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20↑／字を書いたりするGOファン／雑食
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恒

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アジクロ／冬の一幕（人間AU）
甘々な二人もいい

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
以下は本文の内容です。

　今日は一段と冬らしい夜だ。しんしんと雪が降り、星の瞬きさえ吸い込まれていくような透明な夜。
　ぽつりぽつりと町の明りが消えていくなか、アジラフェルは月明かりに照らされた古い頁をめくっては、冷えていくココアを啜り、傾く影を追いかけていた。
「ん……」
　カップの底が見えたころ、不意に外の空気が小さく揺れた。
　雪を散らす車体を見なくてもわかる。ベントレーのエンジン音だ。車のことは免許を取るのに必要なことしか知らないのに、いつの間にか、この音だけは聞き分けられるようになってしまった。
　新雪に轍を刻んだ車は窓枠の下に消えて声を潜め、すぐにガチャ、バタンと音が響く。きっと十秒後にはベルが鳴る。
　アジラフェルは栞を挟むとブランケットを羽織り、冷たい階段を降りていく。冷気の溜まった階下は屋外よりも幾分ましという程度で、急いで暖房のスイッチを押す。そして待つこと五秒、来客を告げる電子音が部屋に響いた。
　少しだけ時間を置いて、一応ドアの小さな穴に目を凝らす。予想通りの姿を認めてドアを開けると、肩にわた雪を乗せた男が立っていた。
「こんばんは、クロウリー」
「夜遅くに悪いな、天使。寝てたか？」
「いいや、本を読んでた。いつもどおりね」
「なら良かった。明かりがついてないから、てっきりもう寝たのかと」
　少しも悪びれない様子のクロウリーは蜂蜜色の瞳を悪戯っぽく閃かせ、人差し指を二階に向けて差した。
　開いたカーテンに察してはいたのだろうが、確証が持てずベルを押すのを躊躇ったらしい。
「ああ、今日は月が明るかったから」
「なるほど」

「それで、……こんな雪の日にどうしたんだい」
　冷気を家へと呼び込みながら、台本をなぞるように問いかける。すると、クロウリーも芝居じみた仕草で腕に抱いたワインのボトルとチーズの包みを持ち上げた。
「いい夜だろ？　一杯どうかと思ってな」
　塩気の強いチーズを肴にして一杯で済むはずがないことも、酩酊した彼が愛車を置き去りにして帰るわけがないことも、たった十数歩の距離で鼻や指を真っ赤にしている彼をアジラフェルが追い返せるはずがないことも、全部、彼はわかったうえでやっている。
「ひとこと連絡してから来てといつも言ってるだろ」
　その周到さが悔しくて、せめてもと眉間に皺を寄せ睨んでみると、クロウリーは楽し気に両の目を細め、再び「悪いな」と言って肩を竦めた。
「でも、サプライズは嫌いじゃないだろ」
「まあ……」
「それに、急に会いたくなったんだ」
「……手土産を用意して？」
「そうだ。まんまるい月と、白くてふわふわな雪を見てたらお前のことを思い出してな」
　よく回る口は相変わらず調子のいい言葉を紡いで、にやりと唇の端を持ち上げる。
　軽薄そうな一連の仕草には溜息を吐きたくなるが、しかしそれらが意外と繊細な彼の照れ隠しだと知っているから、アジラフェルはブランケットを彼の冷たいジャケットの上にふわりとかけた。
「せめて、髪はしっかりと乾かしてからおいで。君は風邪を引きやすいんだから……ほら、はやく入って」
「どーも」
　慣れた足取りでドアをくぐる彼を追いかけ、暖かなリビングで手土産を受け取りながら声をかける。
「ねえ、クロウリー」
「なんだ？」

「来てくれて嬉しいよ。私も会いたかった」
　一言、そう伝えると、蕩けるような笑みが溢れる。すぐに緩んだ頬を叱るように唇がギュッと結ばれるが、上がった口角はそう簡単には下がらない。
　こんなに可愛らしい姿を見て、どうして彼を愛せずにいられるだろう。
　アジラフェルはワイングラスを並べながら、ふたりの定番の台詞を読み上げる。
「今日はもう遅いし泊まっていって」
「助かるよ」
「雪は結構積もりそうだ。明日は車を出せないかも」
「それは困ったな」
　ちらり、と大げさに眉尻を下げたクロウリーが窓の外を見て、次いでアジラフェルの顔を窺う。
「帰れなかったらどうしよう。なあ、天使」
　明日の天気予報は晴れだ。雪も夜にはやむだろう。だけど、この家の窓は厚くてしっかりしているから、だから、あのベントレーの音でもないと聞こえない。雪の降る音が聞こえなくても外の天気はわからない。
「もし雪が酷かったら、もう一晩泊めてくれるか？」
「もちろんだよ、マイディア」
　最後の台詞を読み上げて、終幕の合図にグラスを鳴らした。雪はきっと降り続く。
――そして、ふたりの夜が始まった。

November 24, 2025 at 7:22 PM

恒

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（5-7／7）

きらきらと嬉しそうに青い双眸が輝いて、間もなく優雅な音が止み、広間に満ちた潮が引く。気づけば、会場の奥で新たな仮面を囲む人だかりができていた。
「じゃあな」
「またね」
　目線を一つ交わして、それぞれ人の波に紛れていく。
――ほんの少しくらいなら。そう、ちょっとした密談ができるくらいにはダンスの練習をしてもいい。
　そう頭の中で呟きながら、クロウリーは一段と優雅な淑女の笑みを浮かべ、そして少しばかり軽い足取りで、退屈な仕事の続きへと向かって行った。

目に刺さる黄金の色、競い合うように光る大小の石。丁寧に磨き上げられた大理石の広間の片隅で、退屈を紛らわせるように悪魔は忙しくグラスを傾けては丸い器の内を曇らせていた。
「レディ、よろしければ私と一曲いかがです」
「悪いけれど、他の方を当たってくださる」
「ワインばかりでは飽きるでしょう。あちらで一緒に食事はいかがかな。今日は異国の珍しい菓子や料理も用意してあるそうですよ」
「まあ素敵。でも、私は遠慮させていただくわ」
「その情熱的な薔薇色の髪のなんと美しいことか！　仮面の下もぜひ見てみたいものですな」
「随分詩的ですけれど、招待状もお読みになれないの」
　視線を己の指先に向けたまま、派手派手しい靴の　人間たちを追い返す。甘ったるい言葉と共に目元へと伸ばされた手を払って追いやると、クロウリーは本日数十回目の溜息を吐いた。
「……ったく、どいつもこいつも」
貴族の社交なんて大概碌でもないが、仮面舞踏会はとりわけ最低最悪な悪魔的催しだ。薄っぺらい仮面と〝身分も身元もわからない〟という暗黙の了解だけで、人間は想像以上に大胆になり、普段は貼り付けた笑顔で押し隠している本性を曝け出す。完全な匿名性などないことは理解しているだろうに、普段ならば決してしないような真似を平気でやらかしてしまうのだ。　声や姿まで隠せるようになったら、もっと酷いことになるに違いない。
「それにしても遅すぎる……！」
　とにかく、だからこそクロウリーは善人だと有名な領主の口を滑らさせて不和の種でも蒔いてみようかとこの夜会に紛れ込んだわけであるのだが、しかし肝心の領主が一向に出てこない。奇跡的に振舞われている上質なワインでイライラを抑えていたが、先ほどから絡んでくる者達のせいでそれも限界に近づいていた。

「コホン、……どうも、レディ」
　それで誰にも聞こえないくらいの声で悪態を吐き、人混みの隙間を縫って滑る銀の盆から新しいグラスを掬い取った丁度その時、再び誰かが声をかけてきた。
「今忙しいの。放っておいてくださるかしら」
「あの、少しお話を」
「いやよ」
「えっと、」
「いい加減に――」
　しつこい男だ、と苛立ち紛れに振り返ると同時に、「クロウリー」と、この場の誰も知らないはずの名が、この場にいないはずの天使の口から発せられる。
「な、っ……、ア、アジラフェル⁉」
「ああ、やっぱりそうだ。いつもと違う姿だったから間違えたかと思ったよ。それにしても久しぶりだね。グローブ座ぶりかな？　シェイクスピアの劇は大盛況らしいじゃないか。やっぱり君に任せて正解だった」
　仮面から溢れた頬をさらに丸くしたアジラフェルはにこにこ微笑むが、しかし混乱する頭では彼の言葉の半分も理解できなくて、クロウリーは口を開いては　閉じてを繰り返し、やっとのことで声を絞り出した。
「お前っ……⁉　なんでこんなとこに、！」
「おっと、静かにしてくれ。あまり目立つと困るんだ」
「、んン゙……」
　自分の恰好も忘れて叫びかけ、慌てて口を噤んで　低く唸る。今は仮面舞踏会を訪れた高貴な淑女の体だ。いつものトーンで喋って叫ぶわけにはいかない。
　クロウリーはできるだけ優雅な手つきで薄い玻璃の縁を食んで、味のしない赤を乾いた喉に流し込んだ。
「……なんでこんなところに、お前がいるんだ」
「仕事だよ。ここの領主は慈悲深いことで有名だから、家臣との親睦を深めさせて、より善なる施策に励めるようにと助言をしに来たんだ。君は？」
「俺はその領主とそいつの仲間を仲違いさせに来た」

November 24, 2025 at 2:38 PM

恒

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アジクロ／ワルツ
（1-4／7）

踊るふたりをたくさん見たい

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
以下は本文の内容です。

　目に刺さる黄金の色、競い合うように光る大小の石。丁寧に磨き上げられた大理石の広間の片隅で、退屈を紛らわせるように悪魔は忙しくグラスを傾けては丸い器の内を曇らせていた。
「レディ、よろしければ私と一曲いかがです」
「悪いけれど、他の方を当たってくださる」
「ワインばかりでは飽きるでしょう。あちらで一緒に食事はいかがかな。今日は異国の珍しい菓子や料理も用意してあるそうですよ」
「まあ素敵。でも、私は遠慮させていただくわ」
「その情熱的な薔薇色の髪のなんと美しいことか！　仮面の下もぜひ見てみたいものですな」
「随分詩的ですけれど、招待状もお読みになれないの」
　視線を己の指先に向けたまま、派手派手しい靴の　人間たちを追い返す。甘ったるい言葉と共に目元へと伸ばされた手を払って追いやると、クロウリーは本日数十回目の溜息を吐いた。
「……ったく、どいつもこいつも」
貴族の社交なんて大概碌でもないが、仮面舞踏会はとりわけ最低最悪な悪魔的催しだ。薄っぺらい仮面と〝身分も身元もわからない〟という暗黙の了解だけで、人間は想像以上に大胆になり、普段は貼り付けた笑顔で押し隠している本性を曝け出す。完全な匿名性などないことは理解しているだろうに、普段ならば決してしないような真似を平気でやらかしてしまうのだ。　声や姿まで隠せるようになったら、もっと酷いことになるに違いない。
「それにしても遅すぎる……！」
　とにかく、だからこそクロウリーは善人だと有名な領主の口を滑らさせて不和の種でも蒔いてみようかとこの夜会に紛れ込んだわけであるのだが、しかし肝心の領主が一向に出てこない。奇跡的に振舞われている上質なワインでイライラを抑えていたが、先ほどから絡んでくる者達のせいでそれも限界に近づいていた。

特に、こういう仮面舞踏会だと口が軽くなるからな。踊りながら誰かの悪口を言って、気づいたらまわりに広まっていくって寸法だ」
「もしかして、これって君の仕業？」
「悪魔的だろ？」
　ぱちぱちと目を瞬くアジラフェルに、ニヤリと唇の端を持ち上げる。
「君って時々すごく、なんていうか……」
「陰湿だって？　どうも。悪魔にとっては褒め言葉だ」
　呆れたように眉を顰める天使に気分が良くなって、グラス傾け一気に煽る。この天使を揶揄うのは愉快でいい。
　舌を楽しませる芳醇な味わいに、もう一杯、と給仕を呼ぼうとした時、それを遮るようにアジラフェルは手巾で拭った口を開いた。
「……とはいえ、」
「うん？」
「誰が誰だかわからない、っていうのは便利だね」
「そういう体ってだけだがな。実際は声だの何だので誰が誰だかわかってる。お前だって俺を見つけただろ」
「そうだけど、それってつまり、君と話していても、踊っていても、誰もわからないはず、ってことだ」
　アジラフェルはそう言って、自信ありげに胸を張る。それが大抵とんでもないことをしでかす予兆であるといい加減気づき始めているクロウリーは、仮面の下で眉根を寄せ、警戒しながら「まあ、一応」と頷いた。
「クロウリー！」
　アジラフェルの笑みがいっそう明るく輝いて、彼の手が黒いレースで覆われた手の甲に触れる。何を、と口に出す間もなく、アジラフェルは冷たいグラスを　テーブルに追いやると、空を握る手のひらに丸い指を滑り込ませ、そのま黒を引き寄せた。
「じゃあ、私たちも踊ろうか」
「はあ？」

「君と堂々と踊れる機会なんて、そうないだろう？　せっかくだから私たちも踊ろう」
　踊りたかったのか？　天使が、悪魔と。
　うっかり閉じそうになった手のひらを大きく開いて、だけども振り払えもしないままに首を横に振る。
「天使は踊らないだろ」
「そんなことない。私は踊る。謝罪ダンスだってした」
「俺は踊らない」
「悪魔は踊るだろ。それに、君も」
　曲が止み、広間の中央で踊っていた人々が壁際へと打ち寄せて、入れ替わるように手を取り合った沢山の二人が進み出る。靴が大理石を雑多に打ち鳴らす音がまるで焦る心臓の音みたいで、じわりと手に汗が滲む。
「いいから、ほら！」
　引き波に攫われ手を引かれ、つんのめるようにして広間の中央へとまろび出る。ふかふかの体に受け止められたかと思うと、細い弦が空気を振るわせ始めた。
「おい、アジラフェルっ」
「大丈夫、私がリードするから。さあ、いち、に……」
　ゆらり、とドレスの裾が泳ぐ。人波を揺蕩うように肩を揺らし、ふたりの爪先は浮いて、沈み、回って、また浮いて、ぎこちないワルツのステップを踏む。
　豪語しただけあり天使のリードは完璧で、はたから見ればそれなりに様にはなっているのだろう。だが、酔って好き勝手に踊るのとは訳が違う。導かれつつも型通りのステップを間違えないようにとクロウリーはドレスの裾と爪先を見つめるのに必死だった。
「君とこうして踊るだなんて、なんだか不思議だ」
「ん？　ああ、……」
　だから、「夢みたいだ」と笑う声にうっかり視線を　上げてしまって、すると思ったよりも近くに淡く青い瞳があって、手を繋いで、踊っていて、そういうことに意識が向いてしまった瞬間、嫉妬深いレースの端が爪先を絡めて脚がもつれた。

「っ、くそ！」
「ぅわっ……、クロウリー！」
　磨かれた革靴を突き刺さんとする踵を逸らそうと、着地をわずかに躊躇い、すぐにぐらりと身体が傾く。
「……っと、大丈夫かい？」
　幸い、派手に転ぶより先に腰に回された手が支えてくれたようではあるが、頭の中で唱えていたステップは彼方に消え、緊張の糸もぷつりと切れてしまった。
「問題、ない。だが、ダンスはもう勘弁してくれ」
　身を起こして波間に取り残されたまま立ち尽くし、いたたまれず視線をほつれた裾に縫い留める。向かいから聞こえたものが嘲笑や失望の溜息でなかったからどうにか逃げ出さずに踏みとどまれた。
「す、すまない。まさか君が本当に踊れないだなんて思わなくて」
「違う。踊らないだけだ。今のは……ヒールとドレスのせいだ」
　自分でも苦しい言い訳だとは思うが、しかしアジラフェルは安心したような溜息を吐いて俯いた顔を覗き込んできた。
「じゃあ、次はもう少し動きやすい格好の時にしよう」
　いつもより少し低い位置にある青色は新鮮で、けれども抑えきれない親しみを込めた眼差しは変わらない。
　やっぱりこの天使は変わってる。善だの悪だの言うくせに、自分から悪魔を食事に誘ったり、当然の如くこうして協定とも関係のない〝次〟の話をしたりする。
　いつか訪れるハルマゲドン――若しくはどちらかの出世か左遷――まで、このささやかな戯れは続くかもしれないが、クロウリーがアジラフェルと踊ること、それも彼が好むような優雅なダンスなんてすることはおそらくもうないだろう。
　でも、もしも次があるならば、その時は。
「……考えとくよ」
「ああ！」

November 24, 2025 at 2:38 PM

恒

@kougetsu97.bsky.social

せっかくだしこっちにも👿💤

November 23, 2025 at 9:33 AM

恒

@kougetsu97.bsky.social

鳩さんおめでとうございます！
よろしければこちらのクロアジをご査収ください🎁
匂いが好きなのって”良い”ですよね……！！

October 16, 2025 at 3:39 PM

恒

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アジクロ／甘い季節
こういうほのぼのしたコテシェアを見たい（願望）

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
以下は本文の内容です。

「天使、ちょっと出かけないか」
　風冷たくなり始めた晩夏の夕暮れ。コテージの扉を閉めるなり、クロウリーはベントレーのキーを取ってそう言った。
「今から？　構わないけど……どこに行くんだい？」
　今日は出かける予定はなかったはずだ。もちろん、予定などなくとも出かけることはあるのだが、今日のこれはいくらなんでも唐突すぎる。奇跡的に土埃や砂の一粒もついてないが、彼は一日中庭仕事をしていたはずだ。何か急用ができたとも思えない。
　いったいどういう理由かと思い瞬くと、クロウリーは少し得意げな様子で庭の方を目線で示した。
「裏の林檎が良い頃合いだ。今年もアレ、作るだろ」
　林檎、アレ……。一瞬の沈黙の後、アジラフェルはハッと閃き立ち上がる。
「ああ、なるほど！　わかった。ベリーを摘まないとだね。すぐに用意するよ。籠は一つでいいかな？」
「どうせなら、三つくらい持っていったらどうだ？　余ったらジャムとかワインにすればいい」
「そうしよう。ちょっと待ってて！」
　急いで物置から大ぶりの籠を三つ抱えて飛び出し、ベントレーの助手席に滑り込む。
　そうだ、そういえばもうそんな時期なのだ。ふたりで作るあの味の。
「ここらでいいか」
「そうだね。あの辺りがよさそうだ」
　走り出してほんの数分。小高い丘の裾野に停めて、ふたりは籠を引っ提げ小道に降りた。連なる低木の枝には緑、赤、黒と小さな果実がたわわに実り、小鳥が啄みに訪れている。
　アジラフェルはその茂みに近づくと、慣れた手つきで黒くふっくらとした実を選んで摘んで、籠の中と、時折自らの口の中へと放り込んでいく。
「おい、食べに来たわけじゃないんだぞ。」

「わかってる。味見さ。君も食べてごらん、しっかり熟してるだろ。美味しいから、つい、ね」
「そんなんじゃ籠一つ分も摘めないぞ」
「大丈夫だよ、上の方にまだたくさん残っているし。あ、クロウリー、そこの上のやつを取ってくれ」
「まったく……。おい、袖に汁がついてるぞ」
「え、どこに⁉」
「そこ、右の袖口」
「なんてことだ！　クロウリー…」
「ああもう、わかったよ。世話の焼ける天使だな」
「助かるよ、クロウリー！」
　そんな風に喋りながら夢中になって摘んでいると、初秋の陽はあっという間に落ちてしまう。黄色い月が見え始めた頃には既に籠が重く満たされていたこともあり、アジラフェルは最後に一つと口に入れながら、クロウリーの方へと振り返った。
「これだけ摘めば大丈夫かな。そろそろ帰ろうか」
「そうだな。お前が喰い尽くしちまう前に切り上げた方がよさそうだ」
「失敬な。全部は食べないよ……たぶん」
「ははっ！　まあ、もう暗いしな。天使様がまた服に染みをつくる前に帰るとしよう」
　クロウリーが籠を提げた手を持ち上げ、ベントレーのヘッドライトが二人を照らす。何とか言い返したいところであるが、いい反論が思いつかなくて、結局、アジラフェルは「安全運転でね」とだけ返事をした。

「アジラフェル。採ってきたぞ」
　帰宅早々、クロウリーは再び庭に向かい、小ぶりで爽やかな香りの青林檎を抱えキッチンにやって来た。
　ブラムリー・アップルとブラックベリー。ふたりのコテージ生活に欠かせない秋の恒例の食材だ。
「今年の林檎もいい出来だ」
「俺が手塩にかけて育てたからな」

林檎とベリーを軽く煮立てて、ナツメグとレモン、チーズで風味を加える。小麦の生地でそれらを包み、仕上げに砂糖を振ってオーブンへ。
　パスタで手早く夕食を済ませる頃には、甘い香りが家中に漂い始めた。
「君はコーヒー？」
「ああ。お前はいつもの紅茶でいいか？」
「うん。ありがとう、クロウリー」
　湯の沸く音を聞きながら、庫内から鉄板を引き出し型を取り出す。オーブンミットを外してナイフを持つと、アジラフェルは熱気を纏ったパイに向き直った。
「よいしょ……、と」
　ずっしり分厚く香ばしい小麦の生地にひとたび刃先を沈めると、甘酸っぱい湯気がたっぷりと立ち昇り、とろとろに蕩けた果実が溢れだす。角なく崩れた林檎と鮮やかな赤に弾けるベリーは、見ているだけで口の中が潤ってきてしまう。そのままかぶりつきたくなる衝動を堪えて皿に取り分け、まろやかなカスタード・ソースを注いでかければ、極上の一皿の完成だ。
　温かなそれをいそいそとテーブルに運ぶと、両手にカップを持つクロウリーが追いかけてくる。
「上手く焼けてたか？」
「ばっちり、完璧だよ！」
「そりゃあ良かった。去年は少し焦がしてたからな」
「ぅ……あれは、ほら、焼いてる途中で君が、その」
「あー、悪い。そうだな、放置して、明け方に冷めたパイを食べることになったのは……、俺も悪かった。とにかく、今回はせっかく上手く焼けたんだったら、冷める前に食っちまおう」
「そ、そうだね。それじゃあ、早速」
　グラニュー糖をまぶした表面に、ナイフとフォークを押し当てる。ほろほろ崩れる生地が、温かいソースと果汁を吸ってしっとりとして、口に運ぶと爽やかな果実味が広がっていく。フィリングを掬って食めば、

よりいっそう瑞々しい味わいが感じられ、ほんのりと香るナツメグと、果実に混ぜたチーズの塩気が、もう一口とカトラリーを操る手を忙しくさせる。
「ああ、この味！　たった一年ぶりだけど、すっごく懐かしい」
　アジラフェルは目を閉じて大きく息を吸い、もう一切れ、とパイ型に手を伸ばす。
　バターをふんだんに使い折り重ねられたサクサクの生地や、格子模様に編まれてジャムで艶々に飾られたパイ、クローブにシナモンとスパイスがしっかり効いたものももちろん美味しい。けれど、アジラフェルは六千余年の中で一番、この素朴なパイを気に入っていた。この、ふたりで作る素朴なアップルパイこそを。
「もう一台焼けばよかったかな……」
　気づけばパイ型は空になって、皿に一欠片も残っていない。
　アジラフェルがすっかり冷えてしまったオーブンを見つめて呟くと、クロウリーがコーヒーを啜りつつ、ひょいと眉毛を持ち上げた。
「林檎もベリーもまだあるんだ、また焼けばいい」
「じゃあ……明日は、余ったベリーを保存するのと、もう一度パイを焼くことにしようかな」
「いいね。次はアイスクリームでも添えてみるか？　スパイスをシナモンに変えるとか、どうせなら色々と試してみてもいいかもな」
「素晴らしい考えだ！　ああ、明日が楽しみだよ」
　ねえクロウリー、と笑いかければ、彼の黄色い瞳が三日月のように柔らかく細まる。秋の夜は長く明日は遠いが、それを待ち遠しく過ごす時間さえも、ふたりにとってはかけがえのない平穏な日々の一部だ。
　甘く香るコテージの夜。何杯目かのカップを傾けながら、ふたりは穏やかに時間を溶かしていった。

October 5, 2025 at 4:43 PM

恒

@kougetsu97.bsky.social

今日は忘れずに買った！えらい！！
でも今日はお腹いっぱいなのでまた後日！

October 3, 2025 at 12:56 PM

恒

@kougetsu97.bsky.social

アジクロ／異変
R15かもしれない

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
以下は本文の内容です。

　その違和感に気づくのは、それほど難しいことではなかった。

「とっておきのワインがあるんだが、よければ一緒にどうかな？」
「あー…、悪いが今日はやめておく。また今度、いい肴でも持ってくる」
「そう、かい。わかった。またの機会にしよう」
「悪いな。それじゃあ、おやすみ、天使様」
「……うん。いい夢を、クロウリー」

　ある日を境にクロウリーの口数がめっきり減った。それだけでなく、食事や酒席の誘いも断り、陽も沈み切らないうちに本屋を後にしてしまう。メイクラブはおろか、おやすみのキスですら唇ではなく頬に優しく触れるだけだというのだから、彼に異変があったことは明白だった。
　しかし、心当たりはまったくない。アジラフェルを避けているのかといえば、いつもどおりに本屋に来て本を読むアジラフェルの側でモバイルをいじったり、アジラフェルを眺めたり、昼寝をしたりして過ごしているものだから、別にそういうわけではないようだ。それに、彼から溢れる愛の気配は少しも変わらない。
　とすると、あとはもう彼自身に尋ねるほかはない。そこで、異変が生じて三日目の夕方、アジラフェルはソファから立ちあがり帰り支度を始めたクロウリーを引き留めた。
「クロウリー」
「ン？」
「最近、君の様子が変なんだけど……何かあった？」
「俺が？　べつに、なにもない」
　短く端的に答え、なんでもないと肩を竦める。その仕草があまりにも普段どおりで、だからこそ不信感が確信に変わり、アジラフェルは声を尖らせた。

「クロウリー」
「なんだよ」
「座って。話して。正直に」
「何もないって言って――」
　クロウリー、ともう一度繰り返す。
　彼はよくアジラフェルのことを強情だと評するが、アジラフェルからしてみれば、彼の方がよほど頑固で意地っ張りで面倒くさい。
「隠し事は無しだって言ったのは君だよね？」
　とはいえ引く気は一切無いし、ふたりの間に誠実さを求めたのはクロウリーの方だった。それが実際には嫉妬や独占欲といった善性とは反対のものに起因していることや、都合のいい時だけ持ち出される詭弁だということはもちろん理解しているのだが、だからこそアジラフェルはまっすぐ彼の目を見てその言葉を振りかざした。
「…………」
　眉間に皺を刻んだ彼の靴底が、浮き上がりかけて、とどまって、居心地悪そうに爪先を左右に振った後、観念したようにソファに向かって後退した。
「……ぃえんが」
「なに？」
「口内炎ができたんだよ！」
「え……っと、？」
　口内炎。もちろん、アジラフェルも知ってはいる。口腔内の粘膜にできる炎症で、痛みや潰瘍を伴うため飲食などの刺激が苦痛になることが多い。その原因はストレスや栄養不足や口内の傷。
　しかし、クロウリーは悪魔だ。栄養不足や免疫力の低下とは無縁の存在。一体どうして口内炎が。そんな考えをそのまま伝えると、彼はふいと視線を逸らし、逃げるように顎を引いた。
「なにか思い当たる原因があるんだね？」
「お前には関係ない。放っておけばすぐ治る」

「関係あるよ」
「いいや、ない。お前が気に掛ける必要はない」
「あるって言ってるだろ。ほら、口を開けて見せて」
「ぁが、っ……、をぃ、ぁひらふぇう‼」
「ちょっと、暴れないでじっとしてくれ」
　両手で頬を挟み込んで正面上方を向かせ、額と顎を押さえて口を開けさせる。閉じようとする唇を摘んで覗き込めば、下唇の裏側、中切歯の切先の当たる部分に大きな赤い炎症があるのが見て取れた。
「随分腫れているな、痛そうだ」
「ひぃはら、はらふぇ‼」
「というか、これって……もしかして、メイクラブのとき唇を噛んでいるせいでできたの？」
　思い返せば、最後に閨を共にした翌々日くらいからクロウリーの異変は始まった。刺激物を避けるのも、会話やキスなどのスキンシップが減ったのも、傷口を庇ってのことと思えば合点がいく。と、いうことは。
「やっぱり関係あるじゃないか！」
「……っはぁ、急になにしやがる！」
「声を抑えないで、唇を噛まないで、って言っているのに、君ってば我慢しようとするんだから」
　への字に曲がった唇を労わるように優しく撫でる。
　恨めし気に見上げてきていた瞳がそっぽを向いて、不貞腐れたように唇が尖らせられた。
「俺は淫魔じゃないんだぞ。喘ぐなんて……そんなのスタイリッシュじゃない」
　やっぱり変なところで格好つけたがるよな、という感心と、そんなの気にしなくていいのに、という呆れから、妙に肩の力が抜けてしまう。息を一つ吐いて、アジラフェルは口を開いた。
「君が、嫌だって言うなら無理強いはしない」
　ちらり、と黄色がアジラフェルの様子を窺う。まだ警戒している様子だ。それは正しい。
　大きな目が真ん丸になるのを想像しつつ続ける。

「でも、私は君の声を聞きたいと思っているし、君が自分を傷つけるならもう君とはメイクラブをしない」
「な、っ……アジラフェル⁉︎」
「だって、この数日間、全然話してくれないし食事もキスもできなかったんだぞ？」
　寂しかったと言えば、彼の眉の端が下を向く。
「それはまあ悪かった。……よし、わかった。実際、これくらいの痛みなら大したことないからな。ほら、キスしよう。酒も開けて、朝まで喋ったり――」
「だめだ。私は君を痛めつけたいわけじゃないんだ。なんにせよ、傷が治るまでは全部禁止」
　断言するとクロウリーはあり得ないと驚愕の表情を浮かべるが、しかし「ＯＫ」の言葉は出てこない。
「そんなに、私に声を聞かれるのは嫌？」
「……みっともなく喘いで、甘ったるい声を出したとして、それで萎えられたらどんな顔をすりゃあいい？お互い楽しく気持ちよくヤるだけなら声なんて、」
　苦々しく吐き出された言葉たちと不安げな表情に、アジラフェルは今度こそ呆れて頬を緩めた。
「大丈夫！　そんなことで嫌いになんてならないよ。次からはちゃんと、君の声をたくさん聞かせて」
「ね？」と首を傾げれば、肯定の言葉はないもののクロウリーは肩を竦めて了承の意を示してみせた。
「それじゃあ……」
　一呼吸のあいだ、視線が交差し甘い黄色が揺れる。吸い込まれそうなその色に、理性の端が欠けていく。
　だが、今は忍耐の時だ。頭を振って距離をとる。
「まずは安静にして、しっかり口内炎を治すこと！　おやすみ、クロウリー」
「ファック！」
　今のはする流れだろうなどと暴れる悪魔をどうにかベッドに送り出し、アジラフェルは分厚い電話帳へと手を伸ばす。
――数日後、本屋で大規模な防音工事が行われたとか

September 12, 2025 at 11:49 AM

恒

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（5/5）

すとん、と深いポケットに入れられて、ゆらり、と揺られて運ばれていく。しゃんと背筋を伸ばした天使が意外と大きな歩幅で歩くのを感じつつ、クロウリーはくるりととぐろを巻いて、フラップの裏地を見上げ舌を伸ばした。悔しいけれど、暖かくてアジラフェルの匂いに満ちたそこは居心地がいい。
「――お連れ様はどうかされましたか？」
　しかし、数歩進んだその先で、アジラフェルの足はぴたりと止まった。知らない匂いが近づいて、丁寧な物腰で彼に話しかける声が聞こえる。
「えっ、あ、ああ。さっき急用で先に出たんですよ。あちらの方に、いや、えっと、あっちだったかな？　声をかけて出たはずです」
　上擦った声で、だけどもスラスラと事実でないことを並べ立てる。天使が嘘を吐かないなんて大噓だ。
「そうでいらっしゃいましたか。失礼いたしました。またのお越しをお待ちしております」
　あっという間に誤魔化して店員を奥へ追い払うと、アジラフェルはふう、と大きな溜息を吐いた。それが一周まわって面白くなってきたクロウリーは、シュウシュウと喉を鳴らして囁いた。
『危なかったな。ここはリッツだ。客が一人消えたら気がつかれないわけがない』
「しぃー！　静かにしてくれ、バレてしまう。せめて店を出るまでは大人しくして」
『おっと、悪いな。それじゃあ頼むぞ、天使様』
　ひそひそと囁き合いながら――といっても、奇跡的な蛇の声は天使にしか聞こえてないが――平然とした足取りでエントランスホールを進んでいく。反響する喧騒が遠のくと、細い光が差し込んで、冷たい空気と一緒に天使の手が降りてきた。
「もういいよ。外に出られた」
『うまくいったな』
「それはもう、完璧に！　後は帰るだけ」

そばに留まる指先が、嬉しそうに鱗の上を撫でる。その愛おしむような感触が胸の内をくすぐるようで、むず痒さに身を捩ってポケットの中を這い回る。
『まったく、結局蛇の姿になるとは。このまま戻り方を忘れたらお前が思い出させてくれるんだろうな？』
「もちろん、任せてくれ！　帰ったら一緒にお風呂に入ろうか？」
『先にベッドに行ってもいいぞ』
「君って奴は！」
『まあそう怒るな。鱗も肌も、後でたっぷり触らせてやるから、早く本屋まで連れてってくれ』
　つん、と咎めるようにつついてくる爪先が、しかし立ち去らないのをいいことに、指輪の側にそっと尾の先を絡める。きゅっと掴めば、応えるように彼の関節がわずかに曲げられた。
「……ま、まあ、外は寒いし、蛇の体じゃ冷えすぎてしまうだろうから？　少し、急いで帰ろうか」
　深く、大きくなる歩幅と繋いだ指先に、行儀悪くもポケットに手を入れたまま家路を急ぐ天使の姿を思い浮かべて小さく笑う。
　次こそは手を繋いで帰るのだ、と心に決めながら、クロウリーは頭の中から二本足の姿を追いやった。

September 6, 2025 at 5:12 AM

恒

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アンソロのその後の話。
単体でも読めるけど、アンソロの後に読んでもらった方がわかりやすいかも。
#aftersnakedemon
（3/5）

「――ああ、とっても美味しかった！」
　口の端についたクリームの欠片をナプキンで丁寧に拭いながら、アジラフェルが満足気に口角を上げる。うっかり浮かせて行き場を失った指先を、なんとなく誤魔化すようにサングラスのつるへと滑らせながら、クロウリーはひょいと眉毛を跳ねさせた。
「そりゃあ良かった」
「君と来れてよかったよ。ひとりで食べるより、君と話しながらの方がずっと美味しい」
「同感だ。デリバリーのジャンクフードじゃ、こんな美味い酒は飲めないからな。ここまで歩いて来た甲斐がある」
　それは、嘘偽りのない本音だった。前菜にスープにメインにデザートと、豪勢なコース料理を幸せそうに頬ばる天使の姿を眺められるのならば、やはり今の姿の方がいいと。
　しかし、そのはずだったのに。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「ああ。……ん？」
「どうかした？」
「いや……」
　テーブルの下で組み替えようとした脚が、もつれて絡んでくっついて、ずるりと床の上を這う。
「まずい」
「食後のコーヒー？　新しいのをもらおうか？」
「ちがう」
「じゃあ、何が」
「あし」
「え？」
「脚が蛇になってる」
　見ずともわかるその感覚に、眉間に皺を刻んで低く唸る。きょとんとしていたアジラフェルは、ぱちりと一つ瞬いて、そしてその目を大きく見開いた。
「なんだって？」

テーブルクロスを捲って覗き込み、すぐにばっと顔を上げたアジラフェルは呆然として「蛇になってる」と呟く。そう、ブーツもトラウザーズもすべて溶けて鱗になって、下半身が蛇のものになっている。
　なぜ突然、とぐるぐる思考を巡らせていると、深く息を吐いたアジラフェルが、柔い頬を強張らせながら口を開いた。
「……すまない。私が…君と一緒に食事に行きたいと言ったから気を遣わせてしまったかな。本当は出かけたくなかったのなら――」
「っ、ちがう！　まさか‼　俺だって、お前と一緒にディナーに来たくて、だから来たんだ。これはわざとやったわけじゃない！」
　悲し気に目尻を下げるアジラフェルに、急ぎ慌てて仰け反りながら言葉を繰り出す。勘違いなどされたら堪らない。彼と食事をしたくないなど、そんなわけがないというのに。
　必死に弁を振るって伝えれば、アジラフェルは肩の力を抜いて、ようやくほっと息を吐いた。
「そうかい？　それならよかった」
「ああ、そうだ。帰りは公園を散歩して、明日は店で買い物をする。そういう話をさっきしただろ」
「だけど、それじゃあどうして蛇に？」
「さあ？　馴染んでないか、歩きにくいせいか……」
　二本の脚で歩くのは存外難しい。スタイリッシュさを重視し、長く細くした脚ではなおさらだ。腰に響く鈍い疲労もあって、リッツまで歩いて来るのも結構な重労働だった。
　寝ぼけてるわけでもないのに急に姿が変わるなんてそれくらいしか思い浮かばないと肩を竦めてみると、アジラフェルは「なるほど」と言って頷いた。
「とにかく、すぐ戻すから待ってくれ。忘れたんじゃない。思い出すのに少し時間がかかりそうなだけだ。もう一杯紅茶でも頼むか？　ケーキでもいい」

アジラフェルの納得を得られたことに安堵しつつ、ちらりとメニューに視線を送る。
　幸いなことにテーブルクロスで隠れているが、今の状態で立ち上がれば大混乱が起きるのは間違いない。ＳＮＳに晒されたりなんかした日には一体どれほどの奇跡が必要になるのか、想像すらしたくもない。
　クロウリーはゾッとしながら少し残っていたカップを勿体ぶった手つきで啜り、コースの終わりを悟られないよう時間を稼ぎ、アジラフェルが嬉々として次の注文をするのを待った。だが、意外にもティーカップを空にした彼は、そのまま首を横に振った。
「いいよ、大丈夫。でも、それならいっそ蛇になればいいんじゃないか？」
「なに？」
「だから、蛇になればいいんだよ。これくらいの……小さな蛇に。そうしたら、私の上着のポケットに入れて連れて帰ってあげられる」
　手のひらで十数インチくらいの空間を切り取って、アジラフェルは名案だとばかりに顔を輝かせる。手品を披露する時のような自信のありように、嫌な予感がして眉間に力が入る。だが、そんなクロウリーの様子を気に留めず、アジラフェルは笑顔でさらに続けた。
「スパイみたいでカッコいいだろ？　誰にも気づかれないように、私たちでこっそり協力するんだ」
「……いいのか？　蛇の姿じゃ手は繋げない」
「いいよ、今日はね。一緒にリッツに来れたし、散歩やピクニックはまた今度。だから、さあ！」
「…………」
　躊躇いつつも周囲の視線が途切れた隙に、しゅるりと体を縮めて蛇になる。白布の下でもぞりと動くと、柔らかな手がクロウリーの体を鷲掴んで持ち上げた。
『ぅぐ、……おい、もうすこし丁寧に扱ってくれ！　ハロウィンのキャンディバスケットじゃないんだぞ』
「おや、失礼。それじゃあここに……さあ、行こう」

September 6, 2025 at 5:12 AM

恒

@kougetsu97.bsky.social

駅弁ってワクワクする
#go都道府県観光アンソロ

August 17, 2025 at 1:43 PM

恒

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アジクロ／８月２日
👯の日ネタ。一応のR18

日差しが強まる夏のとある日。奇跡的に快適な温度と湿度が保たれた本屋の中で、ソファにもたれながらオットマンに脚を投げ出していたクロウリーが不意にモバイルから顔を上げてアジラフェルを見た。
「なあ天使、ウサギは好きか？」
　唐突な質問に、アジラフェルは活字を追うのをやめて、視界の端にいたクロウリーを見返し瞬いた。
「なんだい急に」　
「いいから。好きか、嫌いか、どっちだ？」
「えっと、どちらかと言えば好きかな。美味しいし」
　以前イタリアで食べたトマト煮込みは絶品だった。身は比較的淡泊だけど、骨付き肉を香味野菜と一緒にじっくり煮込んであるから旨味が沁み込んでいて――
　じゅるりと口の中に湧く唾液を飲みつつ答えると、クロウリーはぎゅっと眉根を寄せて顔を顰めた。
「食い物の話じゃない。……まあ、動物の話ってわけでもないんだが」
　そう言うと、クロウリーは手元の板をタップして、これの話だ、と画面を示す。
「これは？」
「バニーだよ。バニーガール。クラブやカジノにいるスタッフの衣装の一種だ」
「……なんていうか、すごく大胆な衣装だね。それに、耳とか尻尾とか、まるでハロウィンの仮装みたいだ」
　差し出されたモバイルには、黒や白のものを中心に、シンプルなものや装飾的なものなど、四肢と胸元とを大きく曝け出した服の画像が並んでいる。そのどれもが兎の耳を模したカチューシャやふわふわの丸い尻尾を付けて扇情的なポーズをとっているものだから、　アジラフェルはなんとなく気まずくなって、視線をそっと画面から外した。
「似たようなもんだ。で、バニーは好きか？」
　けれども、ずいっとモバイルを近づけられて、再度追及されてしまう。

自分が着るには好みではないし、他人が着るのは興味が無い。だけど、クロウリーが着るのなら……、と考えたところでアジラフェルは慌てて話題を逸らして問い返した。
「えっと、その、それより、なんで急に、」
「あー、ジャパンでは八月二日はバニーの日らしい。最近、色々な国のＳＮＳを見るのにハマってるんだが、滅茶苦茶盛り上がってたんだ」
「それで？」
「それで、お前が嫌いじゃないんならバニーの衣装でヤろうと思って」
「なんだって？」
「だから、こういうバニーガールの格好でセックスをしようと思ったんだ」
　ぱちん、と指が鳴らされて、眼前の黒の大半が肌色へと変化する。「セクシーだろ？」と見せつけるように脚を組み替える彼の頭上で長い耳がゆらりと揺れた。
「……今の君はガールって感じじゃないだろ。それに、〝うさちゃん（バニー）〟って感じでもない。そもそも悪魔で、蛇なんだし」
　長くて細くて、だけど男性体らしい骨格の手足や、痩身だけど厚みのある胸元は体毛に飾られているが、毛皮と形容するほどではないし、高いピンヒールは蛇のような鋭さと悪魔的な色気を纏っているが、お守りになりそうな可愛らしさは感じられない。
　どうしてか目を逸らせずに忙しなく瞬きをしながら答えると、クロウリーは楽し気に目を細めて口角を深く持ち上げた。
「ああ、たしかにお前の方が兎っぽいか。白くてふわふわで丸い。しかも絶倫」
「な、っクロウリー！」
「なんだよ。本当のことだろ。身に覚えがないとは言わせないぞ」
　揶揄うようにそう語るクロウリーは、言葉に詰まる

アジラフェルの顔をじっくりと眺めながら立ち上がり、カーペットをヒールの先でノックしながらゆっくりと近づいてくる。
「なあ、偶にはいいだろ？　細かいことは置いといて、寂しがり屋の兎を可愛がってやってくれ」
「……どうせ最後は全部脱ぐのに」
「いいんだよ。こういうのは雰囲気なんだ」
　悔し紛れの言葉も軽く流されて、アジラフェルはいよいよ降参する他はなかった。
「わかったよ……それじゃあ、まずはその尻尾がどうなっているか見せてもらっても？」
「っは、そうこなくっちゃ」
　どうせなら堪能しなくては。
　奇跡的に部屋中のブラインドが降りて、光と音とを遮断する。入れ替わるように灯る照明を背に、黒い兎は天使に向かって小さく跳ねた。

――なお、本屋の隅に置き忘れられた兎の耳と男物のハイヒールが来客の目に留まり、ミスター・フェルの性癖に関して〝全裸急便〟の他に〝バニーガール〟の噂が商店街に広まったのは、また別の話である。

August 2, 2025 at 2:11 PM

恒

@kougetsu97.bsky.social

一緒に旅行先を決めるのも楽しいよね！
#go都道府県観光アンソロ

印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。
以下は本文の内容です。

「旅行にいこう」
　夏も過ぎた水曜日の午前二時半。ソファに寝ころびながらクロウリーはそう言った。
　もちろん、視線の先にいるのはこの本屋の主であるアジラフェル。四日ほど前から「今いいところなんだ」と繰り返し続けているが、オウムでも、壊れた玩具でもなく、正真正銘、ただの古書好きの天使だ。
「おい」
「……おや、どうかした？　今いいとこ――」
「旅行にいこう、って言ったんだ」
　クロウリーがもう一度声をかけると、青い瞳が一瞬揺らぎ、数拍の間彷徨って、アジラフェルは漸く視線を上げてこちらを向いた。今気づきましたとばかりにしらじらしい声を遮り言葉を繰り返すと、今度は心底不思議そうに青がぱちりと瞬いた。
「今から？　どこに？」
「さあ？」
　クロウリーが肩を竦めてみせると、アジラフェルは警戒するように眉を顰める。
「クロウリー、君、私を揶揄ってるのか？」
「ちがう。まだ行き先を決めてないだけだ。だから、行き先を決める。俺とお前で。今から」
「……読み終わってからじゃだめ？」
「だめだ、もう充分待った。本を閉じてこっちに来い。最新のガイドブックなんてここには無いだろうから、俺のモバイルで調べよう。何が食いたい？」
　天使のおねだりに「ＮＯ」と返して起き上がり、隣のスペースを空けてやる。彩色豊かな各国の料理の写真を見せれば、アジラフェルは観念したように栞を掴み、厚い本を置いてクロウリーの傍らに納まった。
「君は本当に誘惑が……んん、魅力的な提案が上手い」
「光栄だな。それでどうする？　アフリカ、アメリカ、オセアニア、それともアジアか？」
「それなら、そうだな……本場の寿司とかどうかな」

「ｓｕｓｈｉか、いいな。Ｊａｐａｎには他に何があるんだ？」
「えっと、寿司、天ぷら、ラーメン、うどん、そば、すき焼き、しゃぶしゃぶ、とんかつ……」
「待て、待て。順番に調べるから――」
　眼鏡をかけた横顔を眺めているのも嫌いじゃないが、そう長いあいだ天使の視線を独占されるのも気にくわない。クロウリーは栞を食んで黙する本を一瞥すると、緩む頬を抑えながらモバイルの画面をタップした。

July 10, 2025 at 5:13 PM