「お前も諦めたらいいんだよ」という言外のメッセージを受け取ったような気持ちにもなる。ただ、ここで諦めてはいけないという思いを忘れてしまいたくはない。
「お前も諦めたらいいんだよ」という言外のメッセージを受け取ったような気持ちにもなる。ただ、ここで諦めてはいけないという思いを忘れてしまいたくはない。
とはいえ、あの頃のハードコアのメッセージを受けて、この人は今立ち上がってしまったんだろうな、と思うと、本当に何ともいえない気持ちになる。排外デモでブルーハーツの青空を歌っているのも同じで。
これを「バカ」というのも大事なのだが、他にも伝わるメッセージは無いのだろうかとも思う。
とはいえ、あの頃のハードコアのメッセージを受けて、この人は今立ち上がってしまったんだろうな、と思うと、本当に何ともいえない気持ちになる。排外デモでブルーハーツの青空を歌っているのも同じで。
これを「バカ」というのも大事なのだが、他にも伝わるメッセージは無いのだろうかとも思う。
そしてその人たちが他者への理解を諦めた結果、信じられるものが己の感情だけとなり、その感情に共振する人たちだけを信じるようになってしまった。
媒介となっているのがインターネットでありSNSでありAIであることは間違いない話なのだが、その過程で「自身と他者の関わりというものに対する探求」が一気に後退しているような気がしてならない。
そしてその人たちが他者への理解を諦めた結果、信じられるものが己の感情だけとなり、その感情に共振する人たちだけを信じるようになってしまった。
媒介となっているのがインターネットでありSNSでありAIであることは間違いない話なのだが、その過程で「自身と他者の関わりというものに対する探求」が一気に後退しているような気がしてならない。
自身の生活に対する不安をどうしたら良いのか。その不安がもし自分自身で解決できない(解決の仕方がわからない)のであれば、その不安はずっと抱えていく必要があるのか。そのような時に「これが原因だ!」と明快に伝えてくる言葉が心地よく聞こえてしまうことは悪いことなのか。
曖昧模糊とした不安に対して、個別具体の解決策を提示することは解決策にならないのでは、と思うことが多い。かといって、「わかる、わかるよ」という寄り添いをするようなものでもない。
そうなるとやはり「不安」を解消するための気が遠くなるよな取り組みが必要になる。
自身の生活に対する不安をどうしたら良いのか。その不安がもし自分自身で解決できない(解決の仕方がわからない)のであれば、その不安はずっと抱えていく必要があるのか。そのような時に「これが原因だ!」と明快に伝えてくる言葉が心地よく聞こえてしまうことは悪いことなのか。
曖昧模糊とした不安に対して、個別具体の解決策を提示することは解決策にならないのでは、と思うことが多い。かといって、「わかる、わかるよ」という寄り添いをするようなものでもない。
そうなるとやはり「不安」を解消するための気が遠くなるよな取り組みが必要になる。
ただ、モッシュの周りや遠巻きに見ている人、今ならネットで動画を見ている層(ここが最大のボリューム層だと思われる)には伝えないといけない。
参政党の最大のネックは支持層とトップの間に共通した思想がなさそうな所だ。トップを引きずり下ろせば瓦解する。なのでいろんなやり方で神谷の発言がいかに支離滅裂かを伝えていこうと思っている。目の前の人に伝わらなくても、周囲に少しでも伝われば、それで良い。
ただ、モッシュの周りや遠巻きに見ている人、今ならネットで動画を見ている層(ここが最大のボリューム層だと思われる)には伝えないといけない。
参政党の最大のネックは支持層とトップの間に共通した思想がなさそうな所だ。トップを引きずり下ろせば瓦解する。なのでいろんなやり方で神谷の発言がいかに支離滅裂かを伝えていこうと思っている。目の前の人に伝わらなくても、周囲に少しでも伝われば、それで良い。
日本における受容はどうだったのかなと思ったが、日本でヴィーガンはオーガニックなどと連動してオレンジハウスや通販生活などの草の根オーガニックが先行して普及していった印象が強く、この「政府が恣意的に決めた基準など信じられない」という反体制思考がこのゆるふわに見える集団には通底している。
日本における受容はどうだったのかなと思ったが、日本でヴィーガンはオーガニックなどと連動してオレンジハウスや通販生活などの草の根オーガニックが先行して普及していった印象が強く、この「政府が恣意的に決めた基準など信じられない」という反体制思考がこのゆるふわに見える集団には通底している。
そして現にその時代を透明化することによって起こるのが「戦前への回帰」であり「AI万能主義」だ。これはこの数十年の政治の失敗を無視することであり、歴史修正を必然とする。ここに抗わないと。
そして現にその時代を透明化することによって起こるのが「戦前への回帰」であり「AI万能主義」だ。これはこの数十年の政治の失敗を無視することであり、歴史修正を必然とする。ここに抗わないと。
確かに、ここ数十年単位で失敗してきた政策は不可逆的に世を壊した。ただ、だからと言ってその失敗を一気に取り返す銀の弾丸は無い。我々中年は無いことを知っている。ただ、他に想像できる策がない(し考えるのをめんどくさがる)ので、何度も同じ賭けをして、失敗する。郵政民営化からずっとそうだ。政権交代、希望の党、維新…
確かに、ここ数十年単位で失敗してきた政策は不可逆的に世を壊した。ただ、だからと言ってその失敗を一気に取り返す銀の弾丸は無い。我々中年は無いことを知っている。ただ、他に想像できる策がない(し考えるのをめんどくさがる)ので、何度も同じ賭けをして、失敗する。郵政民営化からずっとそうだ。政権交代、希望の党、維新…
謎の因習に囚われる市民、女性が強制出産させられる理不尽、弱者が町内会や社会での強烈な差別により生贄にさせられる恐怖、そして「復讐」の名の下に諸外国を攻撃する狂気。
数年前からこのチャンネルはチェックしていたが、強烈にこのチャンネルの描く社会と今の社会がリンクし始めているように思う。
www.youtube.com/@nazo_no_eiz...
謎の因習に囚われる市民、女性が強制出産させられる理不尽、弱者が町内会や社会での強烈な差別により生贄にさせられる恐怖、そして「復讐」の名の下に諸外国を攻撃する狂気。
数年前からこのチャンネルはチェックしていたが、強烈にこのチャンネルの描く社会と今の社会がリンクし始めているように思う。
www.youtube.com/@nazo_no_eiz...
政府を信用したいけど信用できない、だから新自由主義的な振る舞いに出るけど、自身の心情としては保守となる。
政府を信用したいけど信用できない、だから新自由主義的な振る舞いに出るけど、自身の心情としては保守となる。
まるでゾンビ映画の「死霊のえじき」のような救いの無さではないか、と思うこともある。時に「俺の方がゾンビであっちで幸せそうにしてるレイシストの方が人間なのか」と思いたくなる瞬間もある。どこから悪魔が忍び込んでくるかわからない、ただその恐怖に怯えていると、悪魔が心に入り込んでくる。恐ろしいことだが、自身をしっかり持つしかない。
まるでゾンビ映画の「死霊のえじき」のような救いの無さではないか、と思うこともある。時に「俺の方がゾンビであっちで幸せそうにしてるレイシストの方が人間なのか」と思いたくなる瞬間もある。どこから悪魔が忍び込んでくるかわからない、ただその恐怖に怯えていると、悪魔が心に入り込んでくる。恐ろしいことだが、自身をしっかり持つしかない。
これは色々ぼかした寓話なのだが、奥さんがネットでクルド人系のニュースを見て、その後家で旦那さんと家庭の防犯対策について話し合ったという話を聞いた。その後しばらく経って、夫婦だけでなく子供に至るまで、立派なクルド人ヘイトを口にするようになった。今では家庭内はヘイトのおかげで団結し、家庭は円満となり、周囲に防犯とクルドヘイトを布教している。
これは色々ぼかした寓話なのだが、奥さんがネットでクルド人系のニュースを見て、その後家で旦那さんと家庭の防犯対策について話し合ったという話を聞いた。その後しばらく経って、夫婦だけでなく子供に至るまで、立派なクルド人ヘイトを口にするようになった。今では家庭内はヘイトのおかげで団結し、家庭は円満となり、周囲に防犯とクルドヘイトを布教している。
ただ例えば暇空案件のように「暇空がトップ」と思われているものでも、実際は暇空の意見を曲解し拡散する内部エコーチェンバーの方が重要で、それを断ち切ってしまえば弱体化していく。現状あの界隈も内部瓦解がだいぶ始まっている。
ただ例えば暇空案件のように「暇空がトップ」と思われているものでも、実際は暇空の意見を曲解し拡散する内部エコーチェンバーの方が重要で、それを断ち切ってしまえば弱体化していく。現状あの界隈も内部瓦解がだいぶ始まっている。
外部にもっと素晴らしいコミュニティがあり、そちらに流れるというのは在り方としては美しいが、エコーチェンバーの中で増幅された攻撃性や視野狭窄がそれを許さない。
内部で増幅する回路を断ち切るのが必要で、そういう意味では外部からは「造反者」を何とか作るというのが最善解になるのだと思う。
外部にもっと素晴らしいコミュニティがあり、そちらに流れるというのは在り方としては美しいが、エコーチェンバーの中で増幅された攻撃性や視野狭窄がそれを許さない。
内部で増幅する回路を断ち切るのが必要で、そういう意味では外部からは「造反者」を何とか作るというのが最善解になるのだと思う。
オタクコンテンツなどもそうなのだが、内心で「恥ずかしいもの」「悪いもの」だという認識はあるが、それを共有することで自身の意思とは別にそのコミュニティに加入してしまい、エコーチェンバーの中で染まっていくというのはSNSが生み出した独自の回路ではある。
オタクコンテンツなどもそうなのだが、内心で「恥ずかしいもの」「悪いもの」だという認識はあるが、それを共有することで自身の意思とは別にそのコミュニティに加入してしまい、エコーチェンバーの中で染まっていくというのはSNSが生み出した独自の回路ではある。
それと同時に、一昔前では社会人にしても友人関係にしてもコミュニティに入るためには一緒に風俗とかに行くみたいな文化あったよなあとぼんやり思い出した。これを通過すると友人としての絆が深まるみたいな。今思うとなんだそれなんだが。
それのライトなものがキャバクラに一緒に行くであったり、何なら一緒に銭湯に入るとかもそういう部分あると思うのだが、「恥の共有」というのがコミュニティに入る上での条件だったんだよな。
それと同時に、一昔前では社会人にしても友人関係にしてもコミュニティに入るためには一緒に風俗とかに行くみたいな文化あったよなあとぼんやり思い出した。これを通過すると友人としての絆が深まるみたいな。今思うとなんだそれなんだが。
それのライトなものがキャバクラに一緒に行くであったり、何なら一緒に銭湯に入るとかもそういう部分あると思うのだが、「恥の共有」というのがコミュニティに入る上での条件だったんだよな。
着実に周囲に増えている不安と排外的な空気を感じながら、自分がどこまで人を安心にできるのだろうかと考えてしまうことが最近はよくある。
着実に周囲に増えている不安と排外的な空気を感じながら、自分がどこまで人を安心にできるのだろうかと考えてしまうことが最近はよくある。