少し遅れて宿にバンが到着。狭い車内に押し込まれる。ホテルを何軒か回り客を拾う。助手席も使って定員オーバー状態。隣は欧米系、前は中国の若者で国際色豊か。
乗客の中には日本人も数名。隣の席は昨日プーシーの丘で見かけた大学生と自分より年上の関西弁の男性。少し話をする。
車窓はすぐに街並みが途切れて農村になり水牛の群れとすれ違う。道が悪くジェットコースターみたく揺れが酷い。
駐車場で入場料を払って電気バスに乗り換える。こちらは静かで乗り心地も良い。バンに乗ってから約1時間でクァンシーの滝の入り口に着く。
少し遅れて宿にバンが到着。狭い車内に押し込まれる。ホテルを何軒か回り客を拾う。助手席も使って定員オーバー状態。隣は欧米系、前は中国の若者で国際色豊か。
乗客の中には日本人も数名。隣の席は昨日プーシーの丘で見かけた大学生と自分より年上の関西弁の男性。少し話をする。
車窓はすぐに街並みが途切れて農村になり水牛の群れとすれ違う。道が悪くジェットコースターみたく揺れが酷い。
駐車場で入場料を払って電気バスに乗り換える。こちらは静かで乗り心地も良い。バンに乗ってから約1時間でクァンシーの滝の入り口に着く。
セブンイレブンからの帰り道、道路の真ん中に噴水広場が気になって寄り道。可愛らしい仏陀像と竜のモニュメント。噴水の水は出ていなかったが何気ない街角風景にラオスの文化を感じることができる。
反対側の寺院に入る。観光ガイドには載らない無名のお寺。ワットマハータ。オレンジの袈裟を着た僧侶が宿坊の中で中で休む。黒ずんだ仏舎利塔が年季を感じさせる。
再び道路を渡り宿がある路地に向かう。レンガ畳の小道が洒落ている。フランスの植民地の名残が所々に残ってるのがこの街の特徴。子どもたちはサッカーをして遊んでいる。
宿に戻ると丁度いい時間。トイレに寄って滝に向かうバンを玄関先で待つ。
セブンイレブンからの帰り道、道路の真ん中に噴水広場が気になって寄り道。可愛らしい仏陀像と竜のモニュメント。噴水の水は出ていなかったが何気ない街角風景にラオスの文化を感じることができる。
反対側の寺院に入る。観光ガイドには載らない無名のお寺。ワットマハータ。オレンジの袈裟を着た僧侶が宿坊の中で中で休む。黒ずんだ仏舎利塔が年季を感じさせる。
再び道路を渡り宿がある路地に向かう。レンガ畳の小道が洒落ている。フランスの植民地の名残が所々に残ってるのがこの街の特徴。子どもたちはサッカーをして遊んでいる。
宿に戻ると丁度いい時間。トイレに寄って滝に向かうバンを玄関先で待つ。
クァンシーの滝に向かうバスが来るまで少し時間がある。街外れのセブンイレブンに向かって散歩する。
昨日と逆に西に向かってメコン川沿いを進む。観光客は少ない。左に曲がるとメインストリートに合流。ラオスは車通りが少なくベトナムやインドと異なり大気汚染が酷くないのが嬉しい。
道端で何かの商売をする女性たち。翻訳アプリで調べると不動産屋らしい。ラオスは社会主義で全ての土地は国有。しかし実際は永久利用権という形で私有財産制が半ば認められている。
セブンイレブンの店構えは全世界共通で少し安心する。土産になりそうな菓子を探す。大半はタイや中国製で純ラオスブランドを見つけるのが結構難しい。
クァンシーの滝に向かうバスが来るまで少し時間がある。街外れのセブンイレブンに向かって散歩する。
昨日と逆に西に向かってメコン川沿いを進む。観光客は少ない。左に曲がるとメインストリートに合流。ラオスは車通りが少なくベトナムやインドと異なり大気汚染が酷くないのが嬉しい。
道端で何かの商売をする女性たち。翻訳アプリで調べると不動産屋らしい。ラオスは社会主義で全ての土地は国有。しかし実際は永久利用権という形で私有財産制が半ば認められている。
セブンイレブンの店構えは全世界共通で少し安心する。土産になりそうな菓子を探す。大半はタイや中国製で純ラオスブランドを見つけるのが結構難しい。
僧侶たちが中国人観光客が座るテントに向かって行列をなして淡々と袋詰めの菓子を受け取る。出家して俗世を離れた彼らが観光産業のコンテツンと化している光景は何とも皮肉である。
興醒めつつ脇道に入ると屋台が立ち並び、店先でナマズや赤身の生肉が叩き売りされている。独特の匂いが路地裏に充満する。
一通り露店を見物してから通りに出ると今度は地元住民が托鉢をしている。僧侶たちは彼らの前では立ち止まりお経を唱える。観光客と信徒で僧侶の対応が異なるのが面白い。
屋台で草の葉に包まれた草餅とサトウキビのジュースを買って宿に持ち帰る。草餅はおはぎの食感で甘くて美味しい。朝が早かったので少し休む。
僧侶たちが中国人観光客が座るテントに向かって行列をなして淡々と袋詰めの菓子を受け取る。出家して俗世を離れた彼らが観光産業のコンテツンと化している光景は何とも皮肉である。
興醒めつつ脇道に入ると屋台が立ち並び、店先でナマズや赤身の生肉が叩き売りされている。独特の匂いが路地裏に充満する。
一通り露店を見物してから通りに出ると今度は地元住民が托鉢をしている。僧侶たちは彼らの前では立ち止まりお経を唱える。観光客と信徒で僧侶の対応が異なるのが面白い。
屋台で草の葉に包まれた草餅とサトウキビのジュースを買って宿に持ち帰る。草餅はおはぎの食感で甘くて美味しい。朝が早かったので少し休む。
三日目の朝はルアンパバーン名物の托鉢を見に行く。
托鉢とは僧侶の修行の一環で信者の元を巡り施しを受ける儀式。ルアンパバーンでは仏教寺院のオレンジの袈裟を纏った修行僧が早朝にメインストリートを歩きながら道端に腰掛ける地元の信徒から食物の施しを受ける。
生憎の雨で托鉢が行われる通りは人がまばら。女性が集団で声をかけてくる。彼女たちは観光客に座席と食物を提供する代わりに金を取るらしい。信仰の儀式が観光で汚されてるのが嘆かわしい。
中々托鉢が始まらないので通りを奥に進むと雨よけのテントの下に中国人の団体客が大勢並んで座っている。
傘をさした僧侶たちが現れる。托鉢が始まるようだ。
三日目の朝はルアンパバーン名物の托鉢を見に行く。
托鉢とは僧侶の修行の一環で信者の元を巡り施しを受ける儀式。ルアンパバーンでは仏教寺院のオレンジの袈裟を纏った修行僧が早朝にメインストリートを歩きながら道端に腰掛ける地元の信徒から食物の施しを受ける。
生憎の雨で托鉢が行われる通りは人がまばら。女性が集団で声をかけてくる。彼女たちは観光客に座席と食物を提供する代わりに金を取るらしい。信仰の儀式が観光で汚されてるのが嘆かわしい。
中々托鉢が始まらないので通りを奥に進むと雨よけのテントの下に中国人の団体客が大勢並んで座っている。
傘をさした僧侶たちが現れる。托鉢が始まるようだ。
山頂で日本人数名に声をかけられ夕食を御一緒することに。階段を下りて反対の山麓へ。ナイトマーケットの屋台が並ぶ広場に向かう。
外国人が多いせいかビエンチャンとは異なりゲテモノ料理は見当たらない。屋台で勧められた鶏肉とピラフの料理をいただく。
彼らは一昨日にビエンチャンからルアンパバーンに入るはずだった。しかし鉄道が動かず急遽バンビエンまでタクシーで向かい一泊。その宿がインド人だらけで煩かったらしい。原付でブルーラグーンに行って水遊びをしたり旅のトラブルを上手く楽しめてる様子で逞しい。
話も尽きず気付くと夜9時過ぎ。明日の朝は托鉢を見学するので宿に戻り早めに床に就く。
山頂で日本人数名に声をかけられ夕食を御一緒することに。階段を下りて反対の山麓へ。ナイトマーケットの屋台が並ぶ広場に向かう。
外国人が多いせいかビエンチャンとは異なりゲテモノ料理は見当たらない。屋台で勧められた鶏肉とピラフの料理をいただく。
彼らは一昨日にビエンチャンからルアンパバーンに入るはずだった。しかし鉄道が動かず急遽バンビエンまでタクシーで向かい一泊。その宿がインド人だらけで煩かったらしい。原付でブルーラグーンに行って水遊びをしたり旅のトラブルを上手く楽しめてる様子で逞しい。
話も尽きず気付くと夜9時過ぎ。明日の朝は托鉢を見学するので宿に戻り早めに床に就く。
ルアンパバーンで最も有名な観光名所であるプーシーの丘に日没を眺めに向かう。
山麓のゲートで入場料を払い階段を登る。斜面は急で木々が生い茂り少し薄暗い。山頂に着くと視界が広がり眼下には山に囲まれたルアンパバーンの美しい街並み、メコン川の雄大な流れが一望できる。
山頂にはワット・チョムシーという小さな寺院があり隣には黄金の尖塔が聳える。日没を待つ世界各地からの観光客は次第に増えて混雑気味に。中国語、韓国語に混じり日本語もチラホラと聞こえてくる。1時間ほど待つといよいよ日没時刻。メコン川の対岸の山並みに太陽が沈む。水面が薄らオレンジに染まる。言葉にできないほど穏やかで美しい。
ルアンパバーンで最も有名な観光名所であるプーシーの丘に日没を眺めに向かう。
山麓のゲートで入場料を払い階段を登る。斜面は急で木々が生い茂り少し薄暗い。山頂に着くと視界が広がり眼下には山に囲まれたルアンパバーンの美しい街並み、メコン川の雄大な流れが一望できる。
山頂にはワット・チョムシーという小さな寺院があり隣には黄金の尖塔が聳える。日没を待つ世界各地からの観光客は次第に増えて混雑気味に。中国語、韓国語に混じり日本語もチラホラと聞こえてくる。1時間ほど待つといよいよ日没時刻。メコン川の対岸の山並みに太陽が沈む。水面が薄らオレンジに染まる。言葉にできないほど穏やかで美しい。
ラオスの織物柄は色使いが美しく高級ブランドが盗用したくなるのも分かる。植民地支配の搾取の構図が今も生き続ける。権利意識やその訴え方を知らされてない人々は儲ける機会や経済利益を丸ごとエリートに奪われてしまうのだ。
博物館の売店で悩んだ末にTシャツをお土産で購入。外に出ると火が少し翳ってきた。プーシーの丘は17時で閉まると書かれていたので少し時間がある。寄り道して向かう。
路地に入ると食べ物の屋台がズラッと並ぶ。昼下がりに誰が買ってるのか知らないが似たような鶏肉のデカい串刺しやナマズの丸焼きが店頭に並ぶ。その先には寺院があり軒先でオレンジの袈裟を纏った僧侶が休んでいた。
ラオスの織物柄は色使いが美しく高級ブランドが盗用したくなるのも分かる。植民地支配の搾取の構図が今も生き続ける。権利意識やその訴え方を知らされてない人々は儲ける機会や経済利益を丸ごとエリートに奪われてしまうのだ。
博物館の売店で悩んだ末にTシャツをお土産で購入。外に出ると火が少し翳ってきた。プーシーの丘は17時で閉まると書かれていたので少し時間がある。寄り道して向かう。
路地に入ると食べ物の屋台がズラッと並ぶ。昼下がりに誰が買ってるのか知らないが似たような鶏肉のデカい串刺しやナマズの丸焼きが店頭に並ぶ。その先には寺院があり軒先でオレンジの袈裟を纏った僧侶が休んでいた。
一旦宿に戻って布団で寝る。朝から高速鉄道乗って観光で歩き回って流石に疲れた。東南アジアの雨季なのに山間部のせいか今年の東京の夏より不快感が少なく扇風機だけで気持ちが良い。
プーシーの丘の夕日の前に伝統美術少数民族センター(TAEC)へ。ラオスは多数派でタイ系のラーオ族の他に原住民でカンボジア人に近いモン族、山岳部のミャオ族、北方のアカ族など多くの少数民族が暮らす。センターには伝統衣装や再現住居が展示されている。
奥には色鮮やかな柄の衣服が飾られている。欧米ブランドが少数民族のデザインを盗用することに抗議する内容の説明。先進国だと中々意識しないがラオスにとっては重い問題だ。
一旦宿に戻って布団で寝る。朝から高速鉄道乗って観光で歩き回って流石に疲れた。東南アジアの雨季なのに山間部のせいか今年の東京の夏より不快感が少なく扇風機だけで気持ちが良い。
プーシーの丘の夕日の前に伝統美術少数民族センター(TAEC)へ。ラオスは多数派でタイ系のラーオ族の他に原住民でカンボジア人に近いモン族、山岳部のミャオ族、北方のアカ族など多くの少数民族が暮らす。センターには伝統衣装や再現住居が展示されている。
奥には色鮮やかな柄の衣服が飾られている。欧米ブランドが少数民族のデザインを盗用することに抗議する内容の説明。先進国だと中々意識しないがラオスにとっては重い問題だ。
本堂の周りにも祠が点在する。老齢の中国人観光客の団体が祠の扉の隙間から中の仏像を覗いている。東南アジア系の女性2人組は祠の窓から顔を出して写真撮影。インスタ文化の影響かアジア系女性は写真に対して尋常ならぬ拘りがあるようだ。
白い狛犬が両脇に鎮座する階段を降りてワットーシェントンを後にする。メコン川を渡るフェリーがあるはずだが声をかけてくる観光用ボートの客引きとクルーズ船の看板ばかりが目立ち乗り場が全く分からない。
Saffron Coffeeというカフェでメコン川をテラスで眺めながら一休み。ラオスはコーヒーやスイーツが美味しい。ここは日本のスタバに勝ってる。
本堂の周りにも祠が点在する。老齢の中国人観光客の団体が祠の扉の隙間から中の仏像を覗いている。東南アジア系の女性2人組は祠の窓から顔を出して写真撮影。インスタ文化の影響かアジア系女性は写真に対して尋常ならぬ拘りがあるようだ。
白い狛犬が両脇に鎮座する階段を降りてワットーシェントンを後にする。メコン川を渡るフェリーがあるはずだが声をかけてくる観光用ボートの客引きとクルーズ船の看板ばかりが目立ち乗り場が全く分からない。
Saffron Coffeeというカフェでメコン川をテラスで眺めながら一休み。ラオスはコーヒーやスイーツが美味しい。ここは日本のスタバに勝ってる。
ラオスで最も美しいとされるワットーシェントンの本堂に向かう。建物を一周回って外から鑑賞する。
左右対称に鋭角で傾斜した茶色の切妻屋根は三重に重なり、頂上に黄金の尖塔が並ぶ「ドクソーファー」、先端にエメラルドグリーンの飾り「チョーファー」が施されている。正面は黄金のファサード、裏には黄金の木「マイトーン」が描かれている。側壁は外に開かれており南国の開放感がある。
履き物を脱いで中に入る。一番奥に本尊である黄金の巨大な仏像が鎮座する。供物のオレンジの花はマリーゴールド。日本では見ない三角錐形。1000キープのお札をお供えして正座してから頭を下げる。手を合わせて御本尊に参拝する。
ラオスで最も美しいとされるワットーシェントンの本堂に向かう。建物を一周回って外から鑑賞する。
左右対称に鋭角で傾斜した茶色の切妻屋根は三重に重なり、頂上に黄金の尖塔が並ぶ「ドクソーファー」、先端にエメラルドグリーンの飾り「チョーファー」が施されている。正面は黄金のファサード、裏には黄金の木「マイトーン」が描かれている。側壁は外に開かれており南国の開放感がある。
履き物を脱いで中に入る。一番奥に本尊である黄金の巨大な仏像が鎮座する。供物のオレンジの花はマリーゴールド。日本では見ない三角錐形。1000キープのお札をお供えして正座してから頭を下げる。手を合わせて御本尊に参拝する。
メコン川沿いの道を世界遺産に指定されてる寺院ワットーシェントンまで歩く。観光客向けのボートの呼び込みがたまにあるのを除けば穏やかで静かな街だ。
メコン川沿いから寺院には入れないので反対側の参道に廻って拝観料を払う。ラーンサーン王国時代の16世紀に建立されたラオスで一番美しい寺院。中央に本堂が聳える。
入って右手の建物は車庫。収められている霊柩車は黄金の龍の彫刻が装飾として施されていて芸術性が高い。初代ラオス国王が1959年に亡くなった際の葬儀に用いられたもの。囲むようにスレンダーなルアンパバーンスタイルの仏像が多数収められている。
メコン川沿いの道を世界遺産に指定されてる寺院ワットーシェントンまで歩く。観光客向けのボートの呼び込みがたまにあるのを除けば穏やかで静かな街だ。
メコン川沿いから寺院には入れないので反対側の参道に廻って拝観料を払う。ラーンサーン王国時代の16世紀に建立されたラオスで一番美しい寺院。中央に本堂が聳える。
入って右手の建物は車庫。収められている霊柩車は黄金の龍の彫刻が装飾として施されていて芸術性が高い。初代ラオス国王が1959年に亡くなった際の葬儀に用いられたもの。囲むようにスレンダーなルアンパバーンスタイルの仏像が多数収められている。
バンビエンから1時間、列車はルアンパバーンに着く。駅は山の中で中心部と離れているのでアプリでタクシーを呼ぶ。途中で水牛の群れとすれ違う。道路状態が悪くデコボコ揺れる。
20分で中心部に着く。昼間から道端に屋台が広がる。屋台の合間から路地に入り宿に向かう。
泊まるのは日本から現地に移住されて方が経営するソークミーサイゲストハウス。事前の予約ではドミトリーだったが諸事情で運良く個室に変更してもらえた。
受付で明日のクァンシーの滝へ向かうバンを予約する。昼飯はまだ食べてないが昨日の屋台のご飯が重かったせいかお腹が空かない。部屋に荷物を置いてメコン川沿いを散策する。
バンビエンから1時間、列車はルアンパバーンに着く。駅は山の中で中心部と離れているのでアプリでタクシーを呼ぶ。途中で水牛の群れとすれ違う。道路状態が悪くデコボコ揺れる。
20分で中心部に着く。昼間から道端に屋台が広がる。屋台の合間から路地に入り宿に向かう。
泊まるのは日本から現地に移住されて方が経営するソークミーサイゲストハウス。事前の予約ではドミトリーだったが諸事情で運良く個室に変更してもらえた。
受付で明日のクァンシーの滝へ向かうバンを予約する。昼飯はまだ食べてないが昨日の屋台のご飯が重かったせいかお腹が空かない。部屋に荷物を置いてメコン川沿いを散策する。
他の外国の駅と同じく中に入るには手荷物検査を通過する。内部は広々した待合室。その一角に抗日戦勝利80周年を記念した中国の政治色の強いパネルが並んでいる。日中戦争の中国側の被害状況を示す写真や説明文。論争になりがちな南京事件は意外なことに当時の日本の新聞記事一枚のみで被害者数にも言及がなく控えめ。
20分前から改札が始まり、赤と紺のストライプの車両に大勢の客が次々と吸い込まれていく。車両は中国製で集団見合い型の座席。満員になり定刻通りに出発する。
1時間で途中駅のバンビエンに着く。半分の乗客が入れ替わる。欧米系のヒッピー風の中高年が大勢降りて、騒々しい中国人の団体が乗り込む。
他の外国の駅と同じく中に入るには手荷物検査を通過する。内部は広々した待合室。その一角に抗日戦勝利80周年を記念した中国の政治色の強いパネルが並んでいる。日中戦争の中国側の被害状況を示す写真や説明文。論争になりがちな南京事件は意外なことに当時の日本の新聞記事一枚のみで被害者数にも言及がなく控えめ。
20分前から改札が始まり、赤と紺のストライプの車両に大勢の客が次々と吸い込まれていく。車両は中国製で集団見合い型の座席。満員になり定刻通りに出発する。
1時間で途中駅のバンビエンに着く。半分の乗客が入れ替わる。欧米系のヒッピー風の中高年が大勢降りて、騒々しい中国人の団体が乗り込む。
2日目はビエンチャンから北部の古都で有名観光地のルアンパバーンまで高速鉄道で移動する。
ビエンチャン駅は中心部から10km離れた北東の郊外にある。東京だと東京駅を中心に北千住辺りの位置。アプリで呼んだタクシーに乗る。北東に向かう大通りは交通量が多く中心部に向かう反対車線は大渋滞。車窓にラオス版凱旋門のパトゥーサイや建設中のBRTの停留所が見える。
30分で駅に着く。周囲は畑が広がる中に巨大な駅舎が聳える。高速鉄道は中国が一帯一路戦略に基づき「中国の国家利益のため」に建設したのでラオス国民の利便性は二の次。ラオス語より漢字が目立つ駅名標。そして駅前も中国人の団体観光客が多い。
2日目はビエンチャンから北部の古都で有名観光地のルアンパバーンまで高速鉄道で移動する。
ビエンチャン駅は中心部から10km離れた北東の郊外にある。東京だと東京駅を中心に北千住辺りの位置。アプリで呼んだタクシーに乗る。北東に向かう大通りは交通量が多く中心部に向かう反対車線は大渋滞。車窓にラオス版凱旋門のパトゥーサイや建設中のBRTの停留所が見える。
30分で駅に着く。周囲は畑が広がる中に巨大な駅舎が聳える。高速鉄道は中国が一帯一路戦略に基づき「中国の国家利益のため」に建設したのでラオス国民の利便性は二の次。ラオス語より漢字が目立つ駅名標。そして駅前も中国人の団体観光客が多い。
メコン川沿いのもう一つのナイトマーケットへ。こちらは雑貨や衣服を売る店がメインで観光客は少なく地元の若者が多い。公園のアベニューの両側にブランドの偽物やスマホケースを売る似たような屋台が延々と続く。
途中で脇に抜けてメコン川の河川敷に降りる。子ども向けの遊具が並ぶ遊園地。日本のアニメやアメコミヒーローが無断で描かれている。中でも賑わっていたのがゴーカート。音楽に合わせてカラフルに光るカートがカッコいい。
真っ暗で見えないが遊園地の向こうにメコン川の雄大な流れがあり国境を越えた対岸はタイ。首都が隣国に接してる国は中々珍しい。
一通り見物を終え、夜10時前にホテルへ戻る。
メコン川沿いのもう一つのナイトマーケットへ。こちらは雑貨や衣服を売る店がメインで観光客は少なく地元の若者が多い。公園のアベニューの両側にブランドの偽物やスマホケースを売る似たような屋台が延々と続く。
途中で脇に抜けてメコン川の河川敷に降りる。子ども向けの遊具が並ぶ遊園地。日本のアニメやアメコミヒーローが無断で描かれている。中でも賑わっていたのがゴーカート。音楽に合わせてカラフルに光るカートがカッコいい。
真っ暗で見えないが遊園地の向こうにメコン川の雄大な流れがあり国境を越えた対岸はタイ。首都が隣国に接してる国は中々珍しい。
一通り見物を終え、夜10時前にホテルへ戻る。
フロントでチェックインして荷物を置いたら夕飯を食べに早速外へ。近くの飲食店は中心部なのに閑散としてる。5分ほど歩くと有名なナイトマーケット。食事を売る屋台が所狭しと並び地元の人や観光客で賑わう。
店先には鳥肉の串刺しやフルーツジュース、卵の煮物や昆虫食が並ぶ。初めて見る異国の料理は眺めるだけで楽しい。紫芋のドリンク、沢ガニと昆虫の炒め物を購入。飲食スペースが付いた別の屋台でビアラオと焼きそばを注文する。
焼きそばはソースが濃すぎるので爽やかなビアラオで中和。昆虫の食感は甘エビと変わらない。紫芋は見た目以上にベトベトして甘ったるい。結局どれも少しずつ残してしまった。
フロントでチェックインして荷物を置いたら夕飯を食べに早速外へ。近くの飲食店は中心部なのに閑散としてる。5分ほど歩くと有名なナイトマーケット。食事を売る屋台が所狭しと並び地元の人や観光客で賑わう。
店先には鳥肉の串刺しやフルーツジュース、卵の煮物や昆虫食が並ぶ。初めて見る異国の料理は眺めるだけで楽しい。紫芋のドリンク、沢ガニと昆虫の炒め物を購入。飲食スペースが付いた別の屋台でビアラオと焼きそばを注文する。
焼きそばはソースが濃すぎるので爽やかなビアラオで中和。昆虫の食感は甘エビと変わらない。紫芋は見た目以上にベトベトして甘ったるい。結局どれも少しずつ残してしまった。
ホーチミン出発は20分遅れ。眼下に広がる市街地は水路が巡り雑然としている。建物は白基調で統一感があり西欧的だ。蛇行するメコン川に沿って空路を進む。1時間半のフライトで日が暮れる頃にラオスの首都ビエンチャンに着く。
入国審査は事前にWEBで発行されたQRコードを示すだけ。空港は小規模で日本の地方空港程度の広さしかない。窓口で円からキープに両替を済ませる。
市内の宿には配車アプリLocaで頼んだタクシーで向かう。運転手は20歳前後の大人しそうな男性。バンコクやハノイと比べると沿道は暗い。15分程度で今夜泊まるPhongsavath Boutique Hotelに到着した。
ホーチミン出発は20分遅れ。眼下に広がる市街地は水路が巡り雑然としている。建物は白基調で統一感があり西欧的だ。蛇行するメコン川に沿って空路を進む。1時間半のフライトで日が暮れる頃にラオスの首都ビエンチャンに着く。
入国審査は事前にWEBで発行されたQRコードを示すだけ。空港は小規模で日本の地方空港程度の広さしかない。窓口で円からキープに両替を済ませる。
市内の宿には配車アプリLocaで頼んだタクシーで向かう。運転手は20歳前後の大人しそうな男性。バンコクやハノイと比べると沿道は暗い。15分程度で今夜泊まるPhongsavath Boutique Hotelに到着した。
今年の夏は東南アジアの内陸国ラオスに知人を訪ねる。
成田発ホーチミン乗継ビエンチャンまで往復LCCのベトジェットを利用。6年前のアンコールワット旅行では大幅な遅延と乗継の不手際に悩まされたが今回はどうなることか。
出発は第2ターミナル。沖止めだった6年前と異なりボーディングブリッジから直接機内へ。メジャーになった分、空港内での優先順位も高まったのだろうか。
ホーチミンには定刻の午後1時に着く。旧名サイゴン。今でもバスの車体など至る所でサイゴンの文字を目にすることができる。
乗継は意外にスムーズ。昼は空港を一望できるラウンジでフォーを食べてココナッツウォーターで喉を潤す。
今年の夏は東南アジアの内陸国ラオスに知人を訪ねる。
成田発ホーチミン乗継ビエンチャンまで往復LCCのベトジェットを利用。6年前のアンコールワット旅行では大幅な遅延と乗継の不手際に悩まされたが今回はどうなることか。
出発は第2ターミナル。沖止めだった6年前と異なりボーディングブリッジから直接機内へ。メジャーになった分、空港内での優先順位も高まったのだろうか。
ホーチミンには定刻の午後1時に着く。旧名サイゴン。今でもバスの車体など至る所でサイゴンの文字を目にすることができる。
乗継は意外にスムーズ。昼は空港を一望できるラウンジでフォーを食べてココナッツウォーターで喉を潤す。
最終日は早朝発。リアルト橋から空港行きの高速船(水上バスと異なり開放感が全くない)に乗る。30分でターミナルビルの船着場に着く。
空港は手狭で混雑気味。行きと同じスイス国際航空でアルプスを超えてチューリッヒに向かう。まず眼下に広がるのはベネチアの独特な街。そして次に見えるのはアルプスの山並み。遠くにあるのは氷河に覆われたマッターホルンやモンブランだろうか。
乗り継ぎは時間がないので早足で。帰りは行きと異なり中央アジア経由の南回りで半日。流石に疲れた。
混雑や物価の高さには辟易したが改めて写真で見ると街の美しさは別格。高い旅行費かけて訪れる価値は確かにあった。
最終日は早朝発。リアルト橋から空港行きの高速船(水上バスと異なり開放感が全くない)に乗る。30分でターミナルビルの船着場に着く。
空港は手狭で混雑気味。行きと同じスイス国際航空でアルプスを超えてチューリッヒに向かう。まず眼下に広がるのはベネチアの独特な街。そして次に見えるのはアルプスの山並み。遠くにあるのは氷河に覆われたマッターホルンやモンブランだろうか。
乗り継ぎは時間がないので早足で。帰りは行きと異なり中央アジア経由の南回りで半日。流石に疲れた。
混雑や物価の高さには辟易したが改めて写真で見ると街の美しさは別格。高い旅行費かけて訪れる価値は確かにあった。
水上バスの正式名称はヴァポレット。ベネチアでは何度もお世話になったが正直混雑が酷く船員も荒っぽく喧嘩沙汰で出航が遅れることも。そのヴァポレットもムラーノ島から本島に戻る今回が最後。北海岸の船着場で降りて歩いて南へ向かう。
ファサードがのっぺりしたゴシック様式の聖ジョバンニ・パウロ教会の前を横切る。子どもが多く遊んでいてベネチアらしからぬ和気藹々とした空気だ。
宿からアカデミア橋の夜景を見るついでに近くの食堂で夕食。現地人向けの魚料理メインのお店。店員は意地悪いが味は最高で大満足。
007でも出てきた妖艶な夜の運河にうっとりしながら宿に戻り帰国の準備を整える。
水上バスの正式名称はヴァポレット。ベネチアでは何度もお世話になったが正直混雑が酷く船員も荒っぽく喧嘩沙汰で出航が遅れることも。そのヴァポレットもムラーノ島から本島に戻る今回が最後。北海岸の船着場で降りて歩いて南へ向かう。
ファサードがのっぺりしたゴシック様式の聖ジョバンニ・パウロ教会の前を横切る。子どもが多く遊んでいてベネチアらしからぬ和気藹々とした空気だ。
宿からアカデミア橋の夜景を見るついでに近くの食堂で夕食。現地人向けの魚料理メインのお店。店員は意地悪いが味は最高で大満足。
007でも出てきた妖艶な夜の運河にうっとりしながら宿に戻り帰国の準備を整える。
沖合のムラーノ島は伝統あるガラス工房が立ち並ぶことで有名。ここで作られる色鮮やかなベネチアングラスは世界的なブランドとして高値で取引されている。
興味を持ったキッカケはYouTubeで観た60年代の兼高かおる世界の旅。半世紀以上経った今もその繊細かつ鮮やかな美を生み出す技術は現役で門外不出。工房見学は有料かつ予約必須で製品の写真撮影も厳禁だ。
ムラーノ島も本島同様に運河が張り巡らされてるが人が少ないせいか時間流れが穏やかで落ち着いて街歩きを楽しめる。いくつかガラス工芸店を巡り、日も暮れるので水上バスで本島へと戻った。
沖合のムラーノ島は伝統あるガラス工房が立ち並ぶことで有名。ここで作られる色鮮やかなベネチアングラスは世界的なブランドとして高値で取引されている。
興味を持ったキッカケはYouTubeで観た60年代の兼高かおる世界の旅。半世紀以上経った今もその繊細かつ鮮やかな美を生み出す技術は現役で門外不出。工房見学は有料かつ予約必須で製品の写真撮影も厳禁だ。
ムラーノ島も本島同様に運河が張り巡らされてるが人が少ないせいか時間流れが穏やかで落ち着いて街歩きを楽しめる。いくつかガラス工芸店を巡り、日も暮れるので水上バスで本島へと戻った。
サンマルコ広場に戻り昼食と散策。
昼食は1700年創業のカフェフローリアンへ。宮殿みたいな店内で贅沢にコーヒーとスイーツを味わう。
ドゥカーレ宮殿と古い牢獄を結ぶ通称「ため息橋」。橋を渡り監獄に収容される囚人が最後に見る外の景色にため息をついたことが名前の由来。
水上バスに乗り対岸の島へ。サンジョルジョマッジョーレ聖堂はルネサンス期に建築された素朴な教会。サンマルコ広場と比べると観光客は少ない。運河を舟やヨットが行き交う。遠くに見えるリド島ではベネチア国際映画祭が開催中で北野武もいるとか。
再びサンマルコ広場に戻り水上バスを乗り継ぎ次の島へと向かう。
サンマルコ広場に戻り昼食と散策。
昼食は1700年創業のカフェフローリアンへ。宮殿みたいな店内で贅沢にコーヒーとスイーツを味わう。
ドゥカーレ宮殿と古い牢獄を結ぶ通称「ため息橋」。橋を渡り監獄に収容される囚人が最後に見る外の景色にため息をついたことが名前の由来。
水上バスに乗り対岸の島へ。サンジョルジョマッジョーレ聖堂はルネサンス期に建築された素朴な教会。サンマルコ広場と比べると観光客は少ない。運河を舟やヨットが行き交う。遠くに見えるリド島ではベネチア国際映画祭が開催中で北野武もいるとか。
再びサンマルコ広場に戻り水上バスを乗り継ぎ次の島へと向かう。
午前のハイライトはベネチア名物のゴンドラ。サンマルコ広場近くの集合場所からガイドの案内で船着場へ。
実物のゴンドラは乗客4人とゴンドリエーレと呼ばれる漕ぎ手が乗っても余裕がある造り。料金取るだけあって重厚感があり座席は綺麗で揺れも少ない。潮来の舟や手漕ぎボートみたいなものを想像してたので良い意味で裏切られた。
路地裏の細い運河を優雅に進み、幾度も橋を潜る。途中で音楽を奏でるゴンドラとすれ違う。何度も写真撮りながらテーマパークみたいな街並みを味わう。最後はアカデミア橋の袂からカナルグランデに出て船着場に戻る。30分足らずの船旅。最高の思い出になった。
午前のハイライトはベネチア名物のゴンドラ。サンマルコ広場近くの集合場所からガイドの案内で船着場へ。
実物のゴンドラは乗客4人とゴンドリエーレと呼ばれる漕ぎ手が乗っても余裕がある造り。料金取るだけあって重厚感があり座席は綺麗で揺れも少ない。潮来の舟や手漕ぎボートみたいなものを想像してたので良い意味で裏切られた。
路地裏の細い運河を優雅に進み、幾度も橋を潜る。途中で音楽を奏でるゴンドラとすれ違う。何度も写真撮りながらテーマパークみたいな街並みを味わう。最後はアカデミア橋の袂からカナルグランデに出て船着場に戻る。30分足らずの船旅。最高の思い出になった。
サンマルコ寺院は11世紀に建造されたイタリアでは珍しい巨大なドームを擁するビザンチン様式の古い寺院。イスタンブールのアヤソフィアと似ている。
元々ベネチアはビザンツ帝国の支配下で商業的に栄えた都市。皮肉なことに第4回十字軍でベネチア共和国がビザンツ帝国から略奪した馬の石像が正面に飾られている。
寺院最大の見所はパラドールと呼ばれる黄金の祭壇。ここには寺院の名前の由来となった聖マルコの遺骸がエジプトから略奪されて収めらているとされる。
かつて地中海を制覇したベネチア共和国の栄華(と大英帝国顔負けの狡猾さ)を窺い知ることができる。
サンマルコ寺院は11世紀に建造されたイタリアでは珍しい巨大なドームを擁するビザンチン様式の古い寺院。イスタンブールのアヤソフィアと似ている。
元々ベネチアはビザンツ帝国の支配下で商業的に栄えた都市。皮肉なことに第4回十字軍でベネチア共和国がビザンツ帝国から略奪した馬の石像が正面に飾られている。
寺院最大の見所はパラドールと呼ばれる黄金の祭壇。ここには寺院の名前の由来となった聖マルコの遺骸がエジプトから略奪されて収めらているとされる。
かつて地中海を制覇したベネチア共和国の栄華(と大英帝国顔負けの狡猾さ)を窺い知ることができる。