ゆるく たまに何かを投稿予定。
さほど怪しい者ではありません。
漢寿亭侯
『漢寿亭侯』とは関羽の爵位である。
吉川小説ではこうある。
曹操側の関羽が、袁紹側の顔良を斬り倒した褒美として 曹操は関羽に『寿亭侯之印』を贈った。
しかし関羽は頑として受け取らない。
そこで曹操が『漢寿亭侯之印』と刻み直して再度関羽に贈ると、関羽は快く受け取った。
関羽としては曹操からではなく、漢朝からの恩賜と判断したのだ。
この時期、劉備と離れ離れとなり やむなく曹操の配下となっている関羽ではあるが、その矜持が見てとれる。
残念ながらこの漫画では尺の都合上、このやり取りは描いていない。
三国志第41話(web81・82話)扉絵および文醜を討つ直前ページより。
曹操は嚇怒(かくど)した。
曹操の父・曹嵩が徐州の牧・陶謙の部下に殺されたのだ。
徐州内の生き物すべてを殺さんとの勢いで 曹操は大軍をもって徐州に侵攻した。
その動きを見ていた第三者があった。陳宮である。
陳宮は「留守になった曹操の本拠地・兗州の濮陽を取ろうではありませんか」と、浪人中の呂布に持ち掛けた。
その話に乗った呂布はゆうゆうと濮陽を陥落させた。
慌てて濮陽に戻った曹操は更に陳宮の罠にはまり、危うく命を落としかけた。三国志第20話(web39・40話)扉絵および本編より。
以後呂布と陳宮はコンビを組む。しかし皆さんご存じの通り 陳宮は呂布に振り回される事になる…😱
呂布の仲裁
呂布と言えば方天画戟が有名だが、弓の名手でもある。
劉備が徐州にいた時、袁術が呂布に金品を贈り「共に劉備を討とう」と持ち掛けたことがある。
呂布は劉備を討つメリットがないので どっちつかずの対応をとる。
袁術の代理・紀霊と劉備を同席させた上で、自らの方天画戟をはるか遠方に立て「今から弓であの戟を射る。当たったらこのいさかいをやめよ。外れたら戦うなり何なり好きにせよ」と言い放ち、見事当てて紀霊を引き下がらせた。
三国志第27話(web53・54話)扉絵及び本編より。
呂布渾身のパフォーマンスで劉備に恩を売り 金品は懐に。しかもこの仲裁 呂布本人発案なので驚く。
曹操登場!
桃園の誓いと共に ささやかながらも劉備軍を立ち上げた三兄弟は、黄巾賊を討伐するため 官軍に交じり義勇軍として参戦した。
しかし官軍から見れば いてもいなくてもよい雑魚(ざこ)扱いの劉備軍。
たらい回しにされながら、たどり着いたのは朱儁(しゅしゅん)将軍の陣。
劉備たちはそこで、湖沼の点在する 背の高い夏草の中にひそむ黄巾賊を 焼き討ちにする活躍を見せた。
その炎も収まらぬ中、煙の向こうより現れた騎馬あり。
それは当時五千騎を率いていた官軍の一将・曹操であった!
これは三国志第6話(web11・12話)扉絵 および曹操初登場シーンです。
皆さん初々しいですなぁ。
劉備一門
徐州の戦いで曹軍に敗れ、一時散り散りになった劉備・関羽・張飛たち。
庇護されていた袁紹のもとを脱出した劉備は、同じく曹操のもとから離れた関羽とついに再会する!
劉備・関羽はアジトとなる汝南城に向かう途中 趙雲とも再会。
まずは共に張飛のいる砦に入った。
この劉備の汝南行には簡雍・周倉・関平も加わっているので、劉備陣営の人材が一堂に会することになる回。
これはその三国志第44話(web87・88話)扉絵で、劉備三兄弟と趙雲・周倉の五人で構成しました。
一堂に会した とは言え、まだまだ軍事力としては はなはだだ弱い劉備軍。
さてさて、これから先どうなりますか…。
桃園の誓い
三国志第5話(web9・10話)1~3ページです。
基本的には三国演義を踏襲する吉川版だが、ちょこちょこ変えてある部分もある。この有名な桃園の誓いの場面も、演義では張飛の家の裏庭の桃畑となっているが、こちらでは劉備の家に隣接している。
そもそも三人が意気投合したのが演義では酒場、吉川版では劉備の家で となっているから自然とそうなるのだろう。
その桃園の中で、世の中を救おうという純粋な志の実現のため 怪気炎を上げる三青年たち。
この三国志スタートのエピソードには春風駘蕩とした明るさが感じられる。
自分で描いておいて何だが、この回は三人とも可愛い顔をしておる。
孫策と周瑜
「江東の小覇王・孫策伯符 齢27にして死す!」
呉国は悲しみに暮れた。復讐の矢傷がもとで死んだのか、于吉仙人を斬首した呪いで死んだのか…。
その孫策と同年で竹馬の友・周瑜は急ぎ呉城に駆け付け、孫策の霊を弔うと共に、新領主・孫権を補佐することを誓ったのだった。
これは三国志第45話(web89・90話)扉絵 および周瑜・孫権のシーンより。
孫策と周瑜は気の置けない友とは言うが、具体的に二人が心から楽しんでいる描写は文献に見当たらないのでは?
そこで『公務を離れて狩りに行った時の 思い出のオフショット』という設定で扉絵を描いてみた。さてこの日の"猟果”はいかに!?
貂蝉と董卓
董卓はこの時、ついに帝位に就くことが決まり大喜びであった。わが妾とした貂蝉に それを浮かれて伝えに行くシーンから始まる。
これは三国志第19話(web37・38話)1~3ページ目です。
帝位禅譲の儀の当日、いそいそと宮殿に向かった董卓を待ち受けていたのは…! いわゆる呂布・貂蝉・董卓の三角関係を利用した、王允の『連環の計』が成就する事になる回です。
その後 演義では貂蝉は董卓を斬った呂布の妾となります。
しかし吉川版では董卓の死後、自決している貂蝉を呂布が発見します。
ストーリーとしてはその方が潔い。
王允に頼まれた役割を 覚悟を持って遂行した姿が涙を誘う。
呂布奉先
今回は三国志第11話(web21・22話)扉 および呂布初登場シーンです。
何進の呼びかけに応じ洛陽にやって来た将・丁原の配下として登場。
このとき董卓は天子・劉弁(少帝)を廃し 劉協(献帝)を帝位につかせようとしたが丁原に反対された。邪魔な丁原を取り除くにも、常に付き添っている用心棒的呂布が厄介である。
「呂布は勇猛だが目先の欲望に弱い」
そこで金銀と赤兎馬を用意。それを餌に呂布を寝返らせようと、董卓の意を受けた李粛が呂布の陣幕を訪ねるのだった…。
十人十色。たとえば諸葛亮は意図して世の中を動かすが、呂布は図らずして世の中を動かしてしまうこと多しなのである。
董承
漢王朝の忠臣と言われる董承は、献帝より「曹操を排除せよ」との密書を受けた。しかしいざ曹操を暗殺しようと思っても、具体的に実行可能な方策が見つからず、悩みに悩んだ末 体調を崩してしまった。
病床でうなされながら見た夢では、確かに自らの手で曹操の首を斬り飛ばすのだが… これは三国志第38話(web75・76話)扉絵と その董承の夢の中の活躍ページです。
夢から覚めると見守っていたのは典医(宮中の医者)吉平。その吉平が医者の身分を利用して「曹操に毒を盛る」と約束するが…さて。
荒仕事の似合わない董承も、夢の中なら騎乗で剣を振りかぶれる。
たぶん歴代二番目に地味な扉絵です。
陳珪と陳登
「おいおい お前ら いったいどっちの味方なんだよ!?」
陳珪と陳登は徐州出身の親子である。
その時々の徐州の領主に仕える 官僚タイプの父子。
はじめ陶謙 そして劉備→呂布、さらには曹操が呂布を攻めて 徐州の下邳城に来た時には曹操に帰順している。しかしながら演義(≒吉川版)では、常に劉備に忠誠を尽くすスタンスをとっている。
これは三国志第29話(web57・58話)扉絵と 本編の陳登・陳珪の登場シーンとなります。内容は陳父子の画策および曹操・呂布・劉備の三人が組んで袁術にあたるという珍しい回になります。
現在進行形で製作中のこの漫画の中で歴代一地味な扉絵ですね。
糜夫人と甘夫人
徐州以降、劉備に参謀として仕えた糜竺の妹が糜夫人で正室。それより前に側室となっていたのが甘夫人である。
のちに阿斗(劉禅)を生むのは甘夫人。
吉川英治三国志では冒頭「芙蓉姫」というオリジナルキャラクターが登場しています。(以前bskyにポスト済み) 小説ではこの 芙蓉姫=糜夫人という表記が出てきますが、のちにやはり 糜竺の妹=糜夫人とも書かれています。
吉川先生の設定に無理のある部分と思われますが、この漫画では芙蓉姫のビジュアルを糜夫人に継承してみました。
三国志第42話(web83・84話)扉絵および本編より。
内容的には『関羽千里行』の始まりの回です。
陳宮と曹操
まだ校尉の身分の頃の曹操が、董卓暗殺をもくろんだが失敗し逃亡。通過しようとした関門で捕まえたのが陳宮であった。
しかし曹操が漢王朝の復興を目指しているのを聞き出した陳宮は、曹操の縄を解き 憂国の同志として行動を共にすることにしたが…。
これは三国志第12話(web23・24話)扉絵の陳宮・曹操 及び28・29ページになります。
のちに曹操とたもとを分かち 呂布の参謀になる陳宮であるが、呂布が陳宮の策を取り入れないことが多くなり 下邳城で最期を迎える。
しかし少なくともこの12話では陳宮の書いた檄が名文で、諸侯を動かし 曹操主導の反董卓連合を結集させることになるのである。
陳宮と曹操
まだ校尉の身分の頃の曹操が、董卓暗殺をもくろんだが失敗し逃亡。通過しようとした関門で捕まえたのが陳宮であった。
しかし曹操が漢王朝の復興を目指しているのを聞き出した陳宮は、曹操の縄を解き 憂国の同志として行動を共にすることにしたが…。
これは三国志第12話(web23・24話)扉絵の陳宮・曹操 及び28・29ページになります。
のちに曹操とたもとを分かち 呂布の参謀になる陳宮であるが、呂布が陳宮の策を取り入れないことが多くなり 下邳城で最期を迎える。
しかし少なくともこの12話では陳宮の書いた檄が名文で、諸侯を動かし 曹操主導の反董卓連合を結集させることになるのである。
虎牢関の戦い
汜水関を撃ち破った反董卓連合軍は、董卓のいる洛陽に迫る。
それを迎え撃つべく董卓は虎牢関に陣を敷き、呂布に3万の兵を預け 関外に配置。
やがて両軍は衝突するが その呂布の強いこと、反董卓側の大将の首が次々と刎ね飛ぶ。そんな呂布無双のところに張飛が挑んでゆく…。
これは三国志第14話(web27・28話)扉絵 及び11・17ページになります。
張飛一人では呂布を倒せず、関羽・劉備も加勢し呂布を敗走させます。
それがもとで董卓は長安への遷都を決意する。
実は虎牢関の戦いは正史には無い演義ベースの架空の一戦です。
14話を描いたのは何年も前ですが、作画の調子が出てきた頃です😊
虎牢関の戦い
汜水関を撃ち破った反董卓連合軍は、董卓のいる洛陽に迫る。
それを迎え撃つべく董卓は虎牢関に陣を敷き、呂布に3万の兵を預け 関外に配置。
やがて両軍は衝突するが その呂布の強いこと、反董卓側の大将の首が次々と刎ね飛ぶ。そんな呂布無双のところに張飛が挑んでゆく…。
これは三国志第14話(web27・28話)扉絵 及び11・17ページになります。
張飛一人では呂布を倒せず、関羽・劉備も加勢し呂布を敗走させます。
それがもとで董卓は長安への遷都を決意する。
実は虎牢関の戦いは正史には無い演義ベースの架空の一戦です。
14話を描いたのは何年も前ですが、作画の調子が出てきた頃です😊
顔良
ついに曹操を討つ決意をした袁紹は、先陣大将・顔良に10万余騎を与え 国境の地 白馬で曹操軍と対峙した。
開戦すれば顔良の強いこと鬼神のごとく、次々と曹軍の大将を討ち破る。恐れた曹操は、この時配下にしていた関羽を白馬に呼び寄せた。
関羽は戦場に出るなりその顔良を一刀のもとに斬って倒した。
一説によると、この時袁紹に身を寄せていた劉備が 生き別れた関羽を探しており、顔良がそのことを関羽に問いかけようとした隙に斬られた ともある。
吉川版ではそれには触れられていない。
この絵は三国志第40話(web79・80話)扉の顔良です。
なお関羽に斬って倒されるのは次の第41話になります。
顔良
ついに曹操を討つ決意をした袁紹は、先陣大将・顔良に10万余騎を与え 国境の地 白馬で曹操軍と対峙した。
開戦すれば顔良の強いこと鬼神のごとく、次々と曹軍の大将を討ち破る。恐れた曹操は、この時配下にしていた関羽を白馬に呼び寄せた。
関羽は戦場に出るなりその顔良を一刀のもとに斬って倒した。
一説によると、この時袁紹に身を寄せていた劉備が 生き別れた関羽を探しており、顔良がそのことを関羽に問いかけようとした隙に斬られた ともある。
吉川版ではそれには触れられていない。
この絵は三国志第40話(web79・80話)扉の顔良です。
なお関羽に斬って倒されるのは次の第41話になります。
献帝
董卓のコマとして9歳で帝位に就いた劉協(献帝)。
その董卓が長安で暗殺されるも 今度は李傕・郭汜が幅を利かせた。身の危険を感じた献帝は、少数の取り巻きとともに洛陽に逃げる。
それを猛追する李傕・郭汜。その眼前に現われたのは救援を依頼しておいた曹操の先鋒 夏侯惇ら3万の軍勢であった!
こうして救われた献帝は許昌で曹操の庇護のもとに入る。
これは三国志第22話(web43・44話)扉 及び28ページ目になります。
しかし曹操のもとでも結局は最強の切り札として使われる献帝。ああステータスMaxなのに自らの意志が反映されない人生は いかばかりか。
後漢王朝正統のラストエンペラーである。
献帝
董卓のコマとして9歳で帝位に就いた劉協(献帝)。
その董卓が長安で暗殺されるも 今度は李傕・郭汜が幅を利かせた。身の危険を感じた献帝は、少数の取り巻きとともに洛陽に逃げる。
それを猛追する李傕・郭汜。その眼前に現われたのは救援を依頼しておいた曹操の先鋒 夏侯惇ら3万の軍勢であった!
こうして救われた献帝は許昌で曹操の庇護のもとに入る。
これは三国志第22話(web43・44話)扉 及び28ページ目になります。
しかし曹操のもとでも結局は最強の切り札として使われる献帝。ああステータスMaxなのに自らの意志が反映されない人生は いかばかりか。
後漢王朝正統のラストエンペラーである。