井戸正善(🍣)
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井戸正善(🍣)
@ido-masa.bsky.social
物書くおじさん。アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞受賞作『あしでまとい 御城下の秘技』好評発売中。既刊『呼び出された殺戮者全⑨巻』『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!①②』
※ここまで書いてなんか面白くなかったので止めた作品。
 なーんでか。
June 22, 2024 at 1:42 PM
「あぁ……お兄ちゃん! いやあああああああ!」
「王国近衛兵団所属、アール・マガリッジだ。王国に奉仕し、命を賭して国王を守護し殉死したキャスパー・ウォッシュバーンのご遺体をご家族へと引き渡す任務の途上である」
「お、王国軍人! しかも近衛だと? こんな田舎に、どうしてそんなエリートが……」
 たじろぐ男たちに、アールは僅かも緊張した様子を見せずに近づいた。一対五など不利でもなんでもないと言いたげに。

「悲しい仕事だが、誇りもある。悪いがご遺族の手前、英雄への無礼を働いた貴様らへ手加減はできん。簡単に死ぬなよ」
 構えたサーベルに反射した男たちの表情は、完全に怯え切っていた。
June 22, 2024 at 1:41 PM
「き、キャスバー・ウォッシュバーンです」
「ということは、君はミラベルか。やれやれ、参ったな。何度もやってきた任務だが、こういう展開は初めてだ」
「どうして、私の名を……?」
「俺の仕事に関わることだから、知っているんだよ。……箱を開けてごらん。君には、その資格がある。ただし、ゆっくり。深呼吸をしてからだ。いいね?」

 というわけで、とアールはミラベルへと向けた一瞬の優しい笑みを消し、男たちへと向き直った。
「悪いが、君との交渉には応じられない状況になった。代わりに、こちらから一方的に聞きたいことがある。死なない程度にしておくから、できれば素直に喋ってくれないか」
June 22, 2024 at 1:41 PM
「そうさ。情報じゃあキャスパーの奴はもうすぐ故郷に戻るって話だったからな。それまでお嬢ちゃんと仲良く待ってようかと……なんだ?」

 空気が変わった。
 男たちが気づかぬうちに、アールがサーベルを抜いて馬車をおりていたのだが、その表情は先ほどまでの緩みのあるものではない。冷徹をそのまま貼り付けたような、冷え切った眼光を湛えたものだった。
「……お嬢さん。お兄さんの名は?」
June 22, 2024 at 1:40 PM
「おっと、それは困るな。お前の兄貴を“説得”するのに、お前さんの存在は貴重なんだ」
「話が見えないな」
 自分の頭越しに交わされる会話に、アールは顔をしかめた。
「あいつは、私のお兄ちゃんが軍のお金を隠していると思っていて、それで……!」
「しまった。余計な話を聞いてしまった」

 話を聞いてしまったら巻き込まれるじゃないかと困り顔のアールだが、勢いづいた少女の口は止まらない。
「こいつらは、お兄ちゃんが休暇で戻ってきたときに、私を人質にして隠し場所を聞き出そうとしている連中なんです!」
June 22, 2024 at 1:40 PM
「う……」
 振り返ったアールに、少女は声を出せずにうつむいた。
「どうやら、ご希望には添えないらしい」
「なら、実力行使しかない……が、その嬢ちゃんを置いていってくれるってんなら、あんたは見逃してやってもいいぞ」
「ふむ……。任務を考えるとそれも選択肢か」

 再び振り返ったアールの顔を、少女は驚きの表情で見返した。
 戦ってくれることを期待したわけではなかったが。あっさりと検討されるとは思ってもみなかったからだ。
「こんなところで!」立ち上がった少女は、右足の痛みに顔をゆがめている「あなたたちに捕まって、お兄ちゃんに迷惑をかけるくらいなら、ここで死んでやる!」
June 22, 2024 at 1:39 PM
 怯える少女の様子に肩をすくめたアールは、いよいよ面倒事だと鼻を鳴らすと、馬車を停めて馭者台の上に立った。その腰には、再びサーベルがある。
 狭い道では回れ右して逃げるわけにもいかない。目的は排除一択。方法の選択は二つ。交渉か、戦闘か。
「目的を聞こうか。希望は何だ」

「へっ、落ち着いてやがる」
 立ちはだかる男たちは、それぞれに無骨な武器を握っており、殺気を隠そうともしていない。頭目であろう男が一声かければ、遮二無二飛び掛かってくる気満々だった。
「俺たちの目的は、あんたの後ろにいる嬢ちゃんだ」
「だ、そうだけれど?」
June 22, 2024 at 1:39 PM
 少しだけ乗り物酔いしてきた少女が、沈黙に耐えかねて、ついでに痛みを紛らわせるためにアールへと声をかけようとした時だった。

「……あの連中は、知り合いか?」
 先に、アールの声が届いた。
「えっ……ああっ……!」
 促された視線の先に居たのは、五人の男たち。その中心にいる人物に、少女は見覚えがあった。
「やれやれ……」
June 22, 2024 at 1:39 PM
 疑問が浮かぶ表情を見せる少女を一顧だにせず、アールひょいと馭者台へと戻り、馬を進め始めた。
 ガタ、と大きく揺れたあとは、ゴロゴロと音を響かせつつも速度は大して早くない。
 自分に気を遣っているのか、同乗者という木箱の中身に対してのものなのかは不明だが、痛む足に響く振動が小さいのは助かる、と少女は思った。

 小一時間ほどの間、アールも少女も一言も発さずにただただ馬車に揺られるままに進んでいた。
 森は抜けたが、山肌を削りとるように作られた道は決して広いとは言えず、あちこちに転がる岩石は時折馬車を大きく揺らす。
June 22, 2024 at 1:38 PM
 少しだけ変わった臭いがする荷台の上に座った少女は、一枚だけあった毛布を掛けられてもう一度礼を言う。

「ありがとうございます。あの、私は……」
「事情も名前も言う必要はない。俺は任務のついでに君を拾った。それだけだ」
 アールは自分も名乗らず「一つだけ」と荷台の大きな木箱を指さした。
「君の同乗者はとてもデリケートだ。狭い荷台で触れるなというのは無理だろうが、なるべく刺激しないように」
「え、あ、はい……」
June 22, 2024 at 1:38 PM
 アールはゆっくりと馬車を進め、女性のすぐ目の前で停まった。万が一、野盗が飛び出してきてもすぐに戻れる距離だ。
「怪我はないか?」
「足以外は、大丈夫、です……」
 見ればくるぶしに怪我をしている。それでも、野盗が餌として怪我を負わせて道に放置した可能性もあるのだが、ここまで近づいても出てこないあたり、罠ではないのだろう。

「悪いが任務の途中なんでな。目的に向かう途上の村までなら送ってやろう。あとのことは村長なり巡回の兵なりに相談すると良い」
「ありがとう、ございます」
 ようやく安堵の表情を浮かべた少女は、抱えられて狭い荷台へと運び込まれた。
June 22, 2024 at 1:37 PM
「助けは必要か」
 距離を取り、馭者台から降りることなく声をかけると、女性は顔を上げた。
 若い。十代半ばといったところか。土に汚れているが、顔立ちを見る限りは育ちが良いようで、衣服もあちこちが破れていることを除けば仕立ては良い。
 あまり女性の服に詳しくないアールは、彼女が豪商の娘なのか貴族の令嬢なのかまでは区別できなかったが。

「た、助け……て……」
 声が、震えている。
「追われて、いるんです……」
「わかった。ここまで歩けるか?」
「もう、足が……」
June 22, 2024 at 1:37 PM
 ここでアールが旅慣れていなければ急いで助けに駆け付けたかも知れない。しかし、彼は冷静に馬車を停め、しばらくの間状況を観察していた。

 夜盗の中には、こういう『餌』で獲物をおびき寄せて荷物を奪い取るような連中がいる。
 もちろん、本当に遭難者であったならば救助するのはやぶさかではないが、親切心で全てを失う可能性がある以上、慎重にならざるを得ない。
 周囲に誰かが潜んでいる様子がないかを慎重に見据える。場合によっては、馬車で女性を撥ねてでも逃げなければならないのだ。
June 22, 2024 at 1:36 PM
 独り旅も慣れたし、無く自分のペースで進められるのは良い。早く届けたいとは思うが、トラブルさえなければ大きく遅れることはない。
「トラブルさえなければ……」
 視界の悪い森の中の一本道、午前の眩しい光が照らすその先に、一人の人物がぐったりと座り込んでいるのが見えた。見えてしまった。

「やれやれ……」
 アールは嘆息しながら馬車の速度を緩め、背後の手荷物から一振りのサーベルを取り出した。
「死んではいないな」
 息を荒げているのだろう。座り込んでいるのはスカート姿の女性のようだ。
June 22, 2024 at 1:36 PM
 これまで幾度も繰り返してきた荷物の確認作業を終え、再び視線を前に向ける。
「天気は悪くない。このまま進めればあと三日くらいで行けるな」
 アールの目的地は、王国中でも山がちな難所を通過した先にある。距離だけで考えれば大したことはないが、起伏が激しく馬を休ませることを考えると、普通の四倍は時間がかかるだろう。

 それでも、彼は自分の仕事が気楽な旅路だと考えていた。
 商人のように売買を繰り返す必要もなく、傭兵のように活躍の場を欲して渡り歩くわけでもない。
 アールの仕事は、ただ目的地へと届けること。
 路銀はちゃんと王国から出る。
June 22, 2024 at 1:35 PM
 ろくに寝付けず仕舞いで、致し方なしと早暁から出立してきた彼は、大きなあくびをしながら村で暖かい飯を分けてもらえばよかったと思った。

 硬いパンを嚙み千切り、ぬるい水を飲む。
 侘しい食事だが、ひたすら移動をし続ける旅の最中なのだ。選択肢は大して多くない。
「早いとこ、“帰さないと”いけないからな……」
 |馭者《ぎょしゃ》台から荷台を振り返る。
 薄暗い荷台の中には、自分の荷物が少量と、荷台の半分近いスペースを占める細長い木箱が一つ。馬車に合わせてカタカタと揺れていた。
June 22, 2024 at 1:35 PM