ゆい
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hotarururu.bsky.social
ゆい
@hotarururu.bsky.social
本を読んだり書いたり
少女漫画・あつ森・メタル音楽が好きです
それのせいで明らかに日常が困難なら、個性で片付けられる範疇ではないだろう。これは私自身のことなのであまりはっきり言えないが、精神疾患はドミノ倒し的なところがある。HSPに出てくるような特徴に悩まされて「才能だから」「特別な証拠だから」と自分を騙し騙し過ごすのははっきり危険だと思う。そして個人の苦しみにつけ込んでそこへと誘導するHSPビジネスは優しくもなければ倫理もない。ただの悪質。
October 20, 2025 at 3:06 PM
「あなた、繊細さんなんかじゃなくて普通に社交不安障害ですよ」なんてことが起きる。劣勢を長所の裏返しとして美しい物語を作り上げ、症状を「才能」とか「天才ゆえの困難」とか言って偉人や著名人や成功者の名を挙げながら「あなたは特別な存在なんですよ」と誘導する。適切なケアをせずに、「生きづらさ=才能」の物語性に引き摺り込む。医者とは違って自分を全肯定してくれるしとても共感してくれるから、患者はそっちを「本当の私をわかってくれる人」と信頼してしまう。
October 20, 2025 at 2:56 PM
「ここでは、死者の自己決定から、人間の『本性』による生まれつきの自己決定への転換が主張されていたのである。この考え方の前提には人間の身体は(とりあえず死後には)人々が利用可能ないわば公共財だという考え方があるはずだ。この立場からすれば、臓器移植については、医師の判断で移植を可能にする方式、つまり、オプトアウト方式が望ましいことになる。」

『命は誰のものか 増補改訂版/香川知晶』
March 30, 2025 at 5:12 PM
報告書の主張の一部
『しかし我々が、およそ人間は、身も知らない他人に対しても善意を示す資質を持っている存在であることを前提にするなら、次のようにいうことになろう。─たとえ死後に臓器を提供する意思を現実に表示していなくとも、我々はそのように行動する本性を有している存在である。もちろん、反対の意思を表示することによって、自分は自分の身体をそのようなものとは考えないとしていたときには、その意思は尊重されなければならない。しかしそのような反対の意思が表示されていない以上、臓器を摘出することは本人の自己決定に沿うものである。いいかえるならば、我々は、死後の臓器提供へと自己決定している存在なのである』
March 30, 2025 at 5:06 PM
ペンネームを適当に決めちゃったことだけちょっと後悔…
March 23, 2025 at 1:54 PM
たしかこれプレ値つくようになった
January 25, 2025 at 1:03 PM
変えました!
しばらくはクルタ族ですね⛓
January 25, 2025 at 11:32 AM