よろしくお願いいたします。
抹茶を水に溶かしてかき混ぜた。
蝉がせわしなく声を立てている。
夏の風物詩?よしてくれ。
あの声、暑苦しい。
ふと、冷蔵庫の中に水を冷やしていたのを思い出した。
本当に暑い時はこれに限るな。冷たい水は黄金色に発砲していた。この清涼感は何ものにも代え難い。
椅子を引いて部屋を立ち去ろうとして、抹茶のことを思い出した。
水に溶かした抹茶は時間を経て、葉と水に分離していた。
水にはお茶の成分がほんのり溶け出し、薄く輝いていた。それがなんとも愛おしく、上澄みだけを飲んだ。
「あまい」
思わず口から漏れた。
蝉が夏の色を奏でていた。
私は流れる涙を止めることができなかった。
抹茶を水に溶かしてかき混ぜた。
蝉がせわしなく声を立てている。
夏の風物詩?よしてくれ。
あの声、暑苦しい。
ふと、冷蔵庫の中に水を冷やしていたのを思い出した。
本当に暑い時はこれに限るな。冷たい水は黄金色に発砲していた。この清涼感は何ものにも代え難い。
椅子を引いて部屋を立ち去ろうとして、抹茶のことを思い出した。
水に溶かした抹茶は時間を経て、葉と水に分離していた。
水にはお茶の成分がほんのり溶け出し、薄く輝いていた。それがなんとも愛おしく、上澄みだけを飲んだ。
「あまい」
思わず口から漏れた。
蝉が夏の色を奏でていた。
私は流れる涙を止めることができなかった。
お風呂から上がると、妻が蹲ってペディキュアを塗っていた。
「ちょっと来て」
そう言われて髪をタオルで拭きながら近づいた。
「なんだ?」
「爪、よーく見て」
そう言われても特に変わった所はない。大体妻の足の爪をしっかり見た記憶がない。
小指の爪などはひしゃげて原形を留めていない。人は靴を履くようにはできていないということだ。
「もういい」
妻は不貞腐れて、またペディキュアを塗り始めた。
ある時、また妻の足を見る機会があった。左足の中指の爪だけが素のままだ。
「その中指に何かあるっていうのか?」
「見てみる?」
私が中指を覗くと、その小さな爪の奥の方に綺麗な虹がかかっていた。
お風呂から上がると、妻が蹲ってペディキュアを塗っていた。
「ちょっと来て」
そう言われて髪をタオルで拭きながら近づいた。
「なんだ?」
「爪、よーく見て」
そう言われても特に変わった所はない。大体妻の足の爪をしっかり見た記憶がない。
小指の爪などはひしゃげて原形を留めていない。人は靴を履くようにはできていないということだ。
「もういい」
妻は不貞腐れて、またペディキュアを塗り始めた。
ある時、また妻の足を見る機会があった。左足の中指の爪だけが素のままだ。
「その中指に何かあるっていうのか?」
「見てみる?」
私が中指を覗くと、その小さな爪の奥の方に綺麗な虹がかかっていた。
夜、窓を開けると風が入ってきた。なんだか暇を持て余しているらしく、くるくる周回したり壁にぶつかったりしてひとしきり遊んでゆっくりと出て行った。
翌日はカナブンを連れてきた。カナブンは風に乗って楽しそうに旋回や宙返りを何度も決めた。
一週間ほど寝苦しい夜が続いた。あれ以来、風の音沙汰がない。どこかに旅に出てしまったのかもしれない。
そんなことも忘れた頃、風は一片の花びらと一緒にやってきた。どこに行ってたんだ?と訊ねても、風は何も答えなかった。花は月のような美しさを湛えて風の傍で微笑んでいた。
風は出て行く時こちらを振り返った。「彼女と一緒に暮らすことにした」と穏やかな声で言った。
夜、窓を開けると風が入ってきた。なんだか暇を持て余しているらしく、くるくる周回したり壁にぶつかったりしてひとしきり遊んでゆっくりと出て行った。
翌日はカナブンを連れてきた。カナブンは風に乗って楽しそうに旋回や宙返りを何度も決めた。
一週間ほど寝苦しい夜が続いた。あれ以来、風の音沙汰がない。どこかに旅に出てしまったのかもしれない。
そんなことも忘れた頃、風は一片の花びらと一緒にやってきた。どこに行ってたんだ?と訊ねても、風は何も答えなかった。花は月のような美しさを湛えて風の傍で微笑んでいた。
風は出て行く時こちらを振り返った。「彼女と一緒に暮らすことにした」と穏やかな声で言った。
道は目の前で分かれている。どっちが正解なのか。
私は右の道を行く。
白爪草の咲く畑を見ながら足取りは軽い。
やがてほぼ漆黒と言っていい木立に入った。ほとんど視界のない道を手探りで進む。
私は光る何かを見つけ、緑を湛えた湖に出た。空を懐かしく感じた。私はもうそこから一歩も動けなくなってしまった。
左手の道を行けば海岸線に出た。
生ぬるい潮風が体を舐めていく。延々と続く海岸線の先に灯台を見つけたが、行けども行けどもそこにはたどり着くことができなかった。
すっかり干からびた私は砂浜に横になった。
私は振り返る。どこかで道を間違えていはしないか。しかしそこにはもはや道さえ見当たらない。
道は目の前で分かれている。どっちが正解なのか。
私は右の道を行く。
白爪草の咲く畑を見ながら足取りは軽い。
やがてほぼ漆黒と言っていい木立に入った。ほとんど視界のない道を手探りで進む。
私は光る何かを見つけ、緑を湛えた湖に出た。空を懐かしく感じた。私はもうそこから一歩も動けなくなってしまった。
左手の道を行けば海岸線に出た。
生ぬるい潮風が体を舐めていく。延々と続く海岸線の先に灯台を見つけたが、行けども行けどもそこにはたどり着くことができなかった。
すっかり干からびた私は砂浜に横になった。
私は振り返る。どこかで道を間違えていはしないか。しかしそこにはもはや道さえ見当たらない。
お風呂を覗くと、立ちのぼる湯気の中でカピバラが鼻歌を歌っていた。カピバラはこちらをチラッと見ただけでまた鼻歌を歌い始めた。
声をかけてもいいものだろうか、ほっといた方が・・・
今日、水族館に行った。そこにカピバラはいた。ラッコじゃあるまいし水族館にカピバラ?その巨体が水に濡れて体毛がツンツンと立っていた。
私はクラゲが好きだ。その水槽の前で運命に身を任せる様子を時を忘れて眺めた。
しかし、どうしてカピバラがうちに?勇気を出してカピバラに話しかけた。
「どうしてここにいるんですか?」
「今日は気にかけてくれてありがとう」
それだけ言うと、カピバラはまた鼻歌を歌い始めた。
お風呂を覗くと、立ちのぼる湯気の中でカピバラが鼻歌を歌っていた。カピバラはこちらをチラッと見ただけでまた鼻歌を歌い始めた。
声をかけてもいいものだろうか、ほっといた方が・・・
今日、水族館に行った。そこにカピバラはいた。ラッコじゃあるまいし水族館にカピバラ?その巨体が水に濡れて体毛がツンツンと立っていた。
私はクラゲが好きだ。その水槽の前で運命に身を任せる様子を時を忘れて眺めた。
しかし、どうしてカピバラがうちに?勇気を出してカピバラに話しかけた。
「どうしてここにいるんですか?」
「今日は気にかけてくれてありがとう」
それだけ言うと、カピバラはまた鼻歌を歌い始めた。
広いバルコニーに続く山際の重いサッシを開けると、湿気た空気が大量に部屋に入ってきた。
どうやら未明にかけて雨が降ったようで、爽やかな朝とは程遠い。
これだけ湿度の高い環境にあると何でも痛みが早く、外に出しっ放しにしている道具類などはすぐに錆びついてしまう。
半年前までは妻と暮らしていたが、今は一人暮らし。生活全般に亘ってダラダラのんびりとやっている。
庭の紫陽花の色を赤に変える予定だ。我が家にはカルシウムを溶かした水が大量にある。それで土壌をアルカリ化すれば花は赤くなる。いかにも妻に相応しい色だ。
そして、そろそろこの家を離れようと考えている。
広いバルコニーに続く山際の重いサッシを開けると、湿気た空気が大量に部屋に入ってきた。
どうやら未明にかけて雨が降ったようで、爽やかな朝とは程遠い。
これだけ湿度の高い環境にあると何でも痛みが早く、外に出しっ放しにしている道具類などはすぐに錆びついてしまう。
半年前までは妻と暮らしていたが、今は一人暮らし。生活全般に亘ってダラダラのんびりとやっている。
庭の紫陽花の色を赤に変える予定だ。我が家にはカルシウムを溶かした水が大量にある。それで土壌をアルカリ化すれば花は赤くなる。いかにも妻に相応しい色だ。
そして、そろそろこの家を離れようと考えている。
雷が頭上を駆け、凄まじい怒りと共に青い稲妻を投げつけた。
そこには昨夜からの雨が池の如く溜まっていた。
怒り漲るその青い魔物はしばらくそこにいた。
魔物が去った後、そこから白い布を垂らした少年が立ち上がった。髪から衣の裾から水を滴らせる少年は二度、三度と私に目を向けたが、こちらを気にする風でもなく空を見上げた。
彼は置き去られたのだ。
暴れすぎた故のお仕置きか。
しかし雷は暴れてこそだ。
少年は迎えを待つように動かない。
しかし雷ははるか上空で、虎の喉を鳴らすばかりだった。
やがて強い風に攫われて、少年の姿は見えなくなった。
あれは、あの怒りは私自身だったのかもしれない。
雷が頭上を駆け、凄まじい怒りと共に青い稲妻を投げつけた。
そこには昨夜からの雨が池の如く溜まっていた。
怒り漲るその青い魔物はしばらくそこにいた。
魔物が去った後、そこから白い布を垂らした少年が立ち上がった。髪から衣の裾から水を滴らせる少年は二度、三度と私に目を向けたが、こちらを気にする風でもなく空を見上げた。
彼は置き去られたのだ。
暴れすぎた故のお仕置きか。
しかし雷は暴れてこそだ。
少年は迎えを待つように動かない。
しかし雷ははるか上空で、虎の喉を鳴らすばかりだった。
やがて強い風に攫われて、少年の姿は見えなくなった。
あれは、あの怒りは私自身だったのかもしれない。
君がノートに線を引いた
いさかいが始まった
線を消しては描き、消しては書く
ふたりとも手を休めることはない
線はゆがみ、消えかかる実線はもはや点線
あいまいになった境界線
ゆがんだ陣地
いびつな心
僕はそれを持って出かけた
ショッピングセンターで銃を乱射した
倒れてゆくモノカゲはボーリングのピンに過ぎなかったけれど
薄皮をゆっくり剥がしていくと、何が見えてくるのだろう
その卵をぼくらはスーパーで気軽に買ってしまうのだ
成長につれ、線はたやすく壁となり、その厚さを増していく。そしてもはや壊せないほどの強度を持ってくる
ぼくたちはそんな練習をしてやしないか
君がノートに線を引いた
いさかいが始まった
線を消しては描き、消しては書く
ふたりとも手を休めることはない
線はゆがみ、消えかかる実線はもはや点線
あいまいになった境界線
ゆがんだ陣地
いびつな心
僕はそれを持って出かけた
ショッピングセンターで銃を乱射した
倒れてゆくモノカゲはボーリングのピンに過ぎなかったけれど
薄皮をゆっくり剥がしていくと、何が見えてくるのだろう
その卵をぼくらはスーパーで気軽に買ってしまうのだ
成長につれ、線はたやすく壁となり、その厚さを増していく。そしてもはや壊せないほどの強度を持ってくる
ぼくたちはそんな練習をしてやしないか
喫茶ベルメの隅で、いつものようにアキラの話に二人が頷いているのが見えた。
「だから大学院だと思って、あと五年だけバンド続けてみようや。死ぬつもりで」
二人は相槌を打つ。
生ぬるい救急車の音が通り過ぎた。
「僕に異存はない」アキラの隣で僕が言う。
三人の視線が僕を素通りしていく。
アキラは怪訝な目で二人の顔を見た。
「おまえら今、何か言ったか?」
二人は同時に首を横に振った。
喫茶ベルメの隅で、いつものようにアキラの話に二人が頷いているのが見えた。
「だから大学院だと思って、あと五年だけバンド続けてみようや。死ぬつもりで」
二人は相槌を打つ。
生ぬるい救急車の音が通り過ぎた。
「僕に異存はない」アキラの隣で僕が言う。
三人の視線が僕を素通りしていく。
アキラは怪訝な目で二人の顔を見た。
「おまえら今、何か言ったか?」
二人は同時に首を横に振った。
中華のお店に来ている。
棒棒鶏も黒酢豚もとってもおいしい。ちょっと暗めの店内だけど、隅々まで行き届いているのがわかる。
彼とはまだ付き合い始めたばかり。すべてプランを決めてくれる。
今日は焼き鳥屋さんに行く予定だったけど、行ったらお店のシャッターが下りてた。
彼は貼り紙に目を凝らしてから「ごめんな。これ、読んでみて」と嬉しそうに言った。
―今日は妻の誕生日です。その妻に何が欲しいかと尋ねたところ、お休みが欲しいと
ということで本日は勝手ながら臨時休業させていただきます
たいへんご迷惑を・・・—
で、来たのがここ。
もう彼でいいんじゃないかと思う。
あ、贅沢なこと言っちゃった。
中華のお店に来ている。
棒棒鶏も黒酢豚もとってもおいしい。ちょっと暗めの店内だけど、隅々まで行き届いているのがわかる。
彼とはまだ付き合い始めたばかり。すべてプランを決めてくれる。
今日は焼き鳥屋さんに行く予定だったけど、行ったらお店のシャッターが下りてた。
彼は貼り紙に目を凝らしてから「ごめんな。これ、読んでみて」と嬉しそうに言った。
―今日は妻の誕生日です。その妻に何が欲しいかと尋ねたところ、お休みが欲しいと
ということで本日は勝手ながら臨時休業させていただきます
たいへんご迷惑を・・・—
で、来たのがここ。
もう彼でいいんじゃないかと思う。
あ、贅沢なこと言っちゃった。
椅子を引く音が図書館中にくまなく響いた。
リサは多くの視線をよそに大股で動物の書架へ、地図へ。そして大きなため息をついた。
戻ってきた彼女は僕のシャツの肩を摘まむ。
「なに?」と息を吐くと、「山椒魚探してんの」と息を漏らした。
思わずいかがわしい、という目を向ける。
「バーカ、本物じゃないよ。本物だけど」と少し粗い息を吐いた。
ーwhy?ーとノートの端に書く。
「あのヌルヌルがアトピーにいいんだって」
僕は指を唇に当ててから眉をなぞった。
リサはサッとペンを取ると
ー明日、京都行く。おまえも恋ーと、ノートの真ん中に大きく書いた。
彼女の弟が酷いアトピーなのは知っている。
椅子を引く音が図書館中にくまなく響いた。
リサは多くの視線をよそに大股で動物の書架へ、地図へ。そして大きなため息をついた。
戻ってきた彼女は僕のシャツの肩を摘まむ。
「なに?」と息を吐くと、「山椒魚探してんの」と息を漏らした。
思わずいかがわしい、という目を向ける。
「バーカ、本物じゃないよ。本物だけど」と少し粗い息を吐いた。
ーwhy?ーとノートの端に書く。
「あのヌルヌルがアトピーにいいんだって」
僕は指を唇に当ててから眉をなぞった。
リサはサッとペンを取ると
ー明日、京都行く。おまえも恋ーと、ノートの真ん中に大きく書いた。
彼女の弟が酷いアトピーなのは知っている。
やわらかな靴音だけが聞こえてくる館内。
ジッと見つめている娘を残して、背後のベンチへ腰を下ろした。改めて娘の視線の先を見るが、滲む「素敵」の理由はついにわからなかった。
図録を買って外に出ると、もう東の空に見慣れた月があった。
娘と手を繋いで、いつもの食堂のドアを開く。
「どうだった?」
「うん、楽しかった。青いぐるぐるで回ったんだよ」
「そう、回ったの」
「でもね、でもね、耳のないおじさんが来ちゃダメって言うの。だから2つだけ」
湯気の上がるアマトリチャーナが渦を巻いている。娘はあの星月夜に何を見たのだろう。
やわらかな靴音だけが聞こえてくる館内。
ジッと見つめている娘を残して、背後のベンチへ腰を下ろした。改めて娘の視線の先を見るが、滲む「素敵」の理由はついにわからなかった。
図録を買って外に出ると、もう東の空に見慣れた月があった。
娘と手を繋いで、いつもの食堂のドアを開く。
「どうだった?」
「うん、楽しかった。青いぐるぐるで回ったんだよ」
「そう、回ったの」
「でもね、でもね、耳のないおじさんが来ちゃダメって言うの。だから2つだけ」
湯気の上がるアマトリチャーナが渦を巻いている。娘はあの星月夜に何を見たのだろう。
ウチの猫くんが猫視眈々と狙っているのは鳩に違いない。
外を眺めては日課のように唸ってはいるが、いくらこの町の鳩が人なつっこいからと言って、猫なつっこいはずもなく、翼をもつ鳩にそうそう敵うはずもない。
ところがある日ついに実践に出た。
鳩が集まる広場の段差に潜むこと十数分。好機を見て飛び出したが、ほんの僅か届かなかった。
それ以来、興味を失ったようだ。
彼の僅かな額には勲章のように傷痕がある。
ウチの猫くんが猫視眈々と狙っているのは鳩に違いない。
外を眺めては日課のように唸ってはいるが、いくらこの町の鳩が人なつっこいからと言って、猫なつっこいはずもなく、翼をもつ鳩にそうそう敵うはずもない。
ところがある日ついに実践に出た。
鳩が集まる広場の段差に潜むこと十数分。好機を見て飛び出したが、ほんの僅か届かなかった。
それ以来、興味を失ったようだ。
彼の僅かな額には勲章のように傷痕がある。
「どうしてって・・・僕にもわかりません」
「理由なき殺人ってことか?そんなんじゃ通らないんだよ、この世の中」
「僕は彼女を愛していました。今でも」
「じゃ逃げられそうになったのか?」
「彼女も愛してくれていました。それを疑う理由はありません」
「それじゃますますわからんじゃないか」
「だから僕にも・・・。でもこれから先トラブルになるのがイヤだったんです」
「男女の関係ってのはいい時ばかりじゃない。そういうもんだろ?」
「いい時だけで終止符を打ちたかったのかもしれません。完璧な彼女はもうずーっと僕のものです」
「僕のものって、彼女はもういないんだぞ」
「思い出は再生可能ですから」
「どうしてって・・・僕にもわかりません」
「理由なき殺人ってことか?そんなんじゃ通らないんだよ、この世の中」
「僕は彼女を愛していました。今でも」
「じゃ逃げられそうになったのか?」
「彼女も愛してくれていました。それを疑う理由はありません」
「それじゃますますわからんじゃないか」
「だから僕にも・・・。でもこれから先トラブルになるのがイヤだったんです」
「男女の関係ってのはいい時ばかりじゃない。そういうもんだろ?」
「いい時だけで終止符を打ちたかったのかもしれません。完璧な彼女はもうずーっと僕のものです」
「僕のものって、彼女はもういないんだぞ」
「思い出は再生可能ですから」
あんまり退屈なので、ちょっと外に出てみた。
床が冷たくて、小走りになる。暗くてよくは見えないけど、だいたいの位置はわかっているから。
冷蔵庫を開けてみた。特にほしいものなんてないんだよ。ちょっと中の様子を覗いてみたかっただけ。
犬が騒いでる。誰か来たのかな?こんな夜中に。怖いのかどうか知らないけど、やたら吠えてるよね。
私は応接室からここに移ってきて間もないのだけれど、ここの方が好き。人の出入りは多いし、話も聞こえるし、賑やかなのが好きだから。
そろそろ帰ることにする。裸だから寒いのよ。私の額縁はピカピカ、コピーなのに。
私、ボッティチェリのビーナスよ。
あんまり退屈なので、ちょっと外に出てみた。
床が冷たくて、小走りになる。暗くてよくは見えないけど、だいたいの位置はわかっているから。
冷蔵庫を開けてみた。特にほしいものなんてないんだよ。ちょっと中の様子を覗いてみたかっただけ。
犬が騒いでる。誰か来たのかな?こんな夜中に。怖いのかどうか知らないけど、やたら吠えてるよね。
私は応接室からここに移ってきて間もないのだけれど、ここの方が好き。人の出入りは多いし、話も聞こえるし、賑やかなのが好きだから。
そろそろ帰ることにする。裸だから寒いのよ。私の額縁はピカピカ、コピーなのに。
私、ボッティチェリのビーナスよ。
目を覚ますと、目の前に赤い糸がぶら下がっていた。
それは天井を貫いていた。
隣の和室とベランダをくまなく見ても、そんなものは飛び出していない。
この先に誰が?何が?
それが気になって朝食を忘れてしまった。
和室の押し入れの天板を外して覗き込んだが、目を凝らしても何も見えない。
寝室に戻ると赤い糸が風もなく揺れていた。それが僕には意志を持っているように感じられた。
引っ張るとシューという音をさせながら、赤い糸は足元にトグロを巻いていく。
やがてもう埒が明かないと思った頃、糸は自然に床に落ちていくようになった。
足元に目を落とすと、もう僕の膝から下は完全にほぐれてしまっていた。
目を覚ますと、目の前に赤い糸がぶら下がっていた。
それは天井を貫いていた。
隣の和室とベランダをくまなく見ても、そんなものは飛び出していない。
この先に誰が?何が?
それが気になって朝食を忘れてしまった。
和室の押し入れの天板を外して覗き込んだが、目を凝らしても何も見えない。
寝室に戻ると赤い糸が風もなく揺れていた。それが僕には意志を持っているように感じられた。
引っ張るとシューという音をさせながら、赤い糸は足元にトグロを巻いていく。
やがてもう埒が明かないと思った頃、糸は自然に床に落ちていくようになった。
足元に目を落とすと、もう僕の膝から下は完全にほぐれてしまっていた。
「その鼻歌、なんとかなんない?」
従姉妹のユミが鼻白んで言った。
「だって。この曲、悪くはないと思うんだけど」
自分の鼻歌に気づかなかった。
「鼻歌ってのが良くない」とユミは背中を向けた。
母はその生来の明るさからか、私以外には慕われていたようだ。
精密検査の結果、耳にも脳にも異常はなかった。
母の遺骨を拾って以来、
ショパンの葬送曲が私の中で繰り返し流れている。
「その鼻歌、なんとかなんない?」
従姉妹のユミが鼻白んで言った。
「だって。この曲、悪くはないと思うんだけど」
自分の鼻歌に気づかなかった。
「鼻歌ってのが良くない」とユミは背中を向けた。
母はその生来の明るさからか、私以外には慕われていたようだ。
精密検査の結果、耳にも脳にも異常はなかった。
母の遺骨を拾って以来、
ショパンの葬送曲が私の中で繰り返し流れている。