caesarcola.bsky.social
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友人がプレイしている音ゲーの難易度選択が、ノーマル、ハード……と続いて最高難易度が「SC(スーパークレイジー)」でいいなと思った。「インフェルノ」「ルナティック」「ナイトメア」「ダンテマストダイ」……そういった、表現でユニークさを出すのはゲームの楽しさのひとつだ。私はそういったゲームがあんまり上手じゃないので最高難易度をクリアできた試しはないのだが、ノーマルモードクリア後にちょっとだけプレイして「こりゃあ大変だ!」と苦笑いすること自体は好きだったように思う。皆が好きな最高難易度は何だろうか。今度みんなに聞いてみようっと。
December 12, 2025 at 2:43 AM
格ゲーのキャラカラーで、3番のカラーを使う奴はマジの強者である可能性が高い。
December 7, 2025 at 1:52 AM
風邪気味だ。風邪気味のときはハチミツしょうが湯だ。味はマズイ。味はマズイのだが、風邪というシンプルな問題に対して解決しようと前向きに取り組んでいる実感があるため、これを飲むのがけっこう好きだ。なんならちょっと嬉しいかもしれない。しっかりした風邪はイヤだが、"治せる風邪気味"は楽しいな。風邪の難易度選択をさせてほしいところだ。
November 28, 2025 at 3:33 AM
そろそろ「コーンクリーム」と「コーンポタージュ」の違いを検索する時期だね。
November 25, 2025 at 3:13 AM
これは頭の大きいウサギ、Big Head Rabbit だ。
November 16, 2025 at 10:53 PM
自分は昔から手遊びの中でも「積む」という行為が好きで、サイコロなどの立方体を何個重ねて積み上げられるかということにある程度の時間なら没頭できる性質がある。そして、気づいた。これって……賽の河原での石積みに向いているってことじゃないですか!? 自分の才能を生かす場所は現世には無かったということなのか!? あの世でがちょっと楽しみということは喜ばしいことだ。すごろくで例えると、「2マスすすむ」くらい嬉しいな。
November 12, 2025 at 7:44 PM
VRChatで見つけた(描いた)アートを記録と共にアーカイブしておく。
・世にも珍しい、縦歩きのカニ
・牢屋のワールドで、グラフティ風に治安の悪いことを描く
・友達に似顔絵を描いてもらった!
・景色の綺麗なワールドに、「参上!」と書いて景観を汚しておく活動
November 6, 2025 at 7:15 AM
お米の価格高騰に辟易したが「冷凍のうどん安いし美味しい最強!」ということに気付き無邪気に喜んでいた。しかし友人の「俺の知り合いの香川県民はみんな太ってる」というハードパンチを喰らう。うむ……ぐぬぬ……。運動を……いやしかし寒くなってきたしな…家の中でできることからちょっとづつな……。
October 31, 2025 at 1:38 AM
何かしらの作品やコンテンツを「つまらない」と思った時に「Not For Me」と言い換えるのは容易だが、それによって何を守っているのかわからなくなることがある。確かに、何かを気軽に貶めたりする必要はないし、それが安全な立ち回りだとはわかっている。しかし、例え言葉上でも優劣をつけずに「これは自分向けか否か」とだけの基準で話をしていると、モノとして良いー悪いという評価軸が揺らいで、「何かをつまらないと決める勇気」並びに「何かを面白いと断じる勇気」がヘタってくる気がしている。自分のための日記でも、「(Not)For Me」と使うことが増えてきた。そもそも向きー不向きと優劣は違う軸なはずなのになあ。
October 20, 2025 at 4:46 AM
VRChatでハンドパンという楽器を叩くのが楽しい。何の学習もしていないが、ただ適当なリズムで音を出しているだけで「お、それっぽいか?」みたいな気分になることができる。しかしきっとこれは、いわゆる「ハンドパン奏者」の演奏を全く聞いたことがないからこその楽しみなような気がする。性格的にも環境的にも比較しないということの難易度が高いため、比較できないという状況がありがたい。そもそも、私はにはこのハンドパンのどこを叩いたら何の音が出ているのかもよくわかっていない。ただただ、右側と左側を交互に叩いている。
October 10, 2025 at 4:44 AM
リズムドクターをクリア! 記念にドットを描いた!
September 17, 2025 at 11:27 PM
「親切ってなんで『親を切る』って漢字を書くんだろうか」という話題を切り出したとき、居合わせた人に「なにそれ。なんでそんな話をするの?」と言われ……現象としては面子にそぐわない話を出した私が悪いと思うので軽く謝罪して事なきを得たのだが、「なんでそんな話をするの?」というのは全ての会話における究極の問いなのではないか? と考え込んでしまった。その問いに答えるならば「この話を展開させてあなたたちと盛り上がったり仲良くなったり友愛を育んたりしたいからです。愛です」としかいいようがない。
普段自分のどうでもいい会話に付き合ってくれる友人達に感謝すると共に、そのとき「愛」と言えば良かったという小さな後悔
September 15, 2025 at 7:46 PM
格ゲーやTCGやポーカーなど、対戦ゲームばかりやってきたけれど、いくつになっても「やんのか?」と煽られたら「やったるわ!」と挑戦してしまう。それは別に誰か個人に言われたわけでもなく、ゲーム自体にランクマッチ、大会、トーナメント……「競技性」がある限りずっと挑戦してしまうのだ。しかし、これっていつ引退するのだろうか。というか、引退って、どうやってすればいいんだ? 「俺はもういいよ」なんて言うのが悔しすぎて、死ぬまで何もやめれそうにない。このまま生きて、どうなってしまうんだろうなぁ。
September 14, 2025 at 8:31 PM
工程の4コマです。
September 3, 2025 at 4:17 AM
そういえば、もう10年以上「体育座り」をしていないと思い、部屋の中でおもむろにやってみた。すると、記憶の中のより若干"苦しい"。これは……腹に贅肉がついてしまったことが原因なようだ。
やるか……ダイエット。
August 15, 2025 at 1:52 PM
「あ い う え お」 よりも
「あ い え う お」
の方が口の動きがスムーズなんじゃないかということに気付き、「あいえうお🎵」「かきけくこ♪」「さしせすそーにたっちってっつと!」と口ずさみながら近所を散歩していたら背後に人が居た事に気付かず、この狂った五十音ソングを聞かれてしまった。恥という気持ちが9割だが、これをきっかけに彼も『あいえうお派』の合理性に気付き、この日本語革命の発端になる可能性にも1割だけ思いを馳せた。
今後私が自然に「あいえうお」やら「まみめむも」などと言っていたらもう手遅れだと思ってください。
July 24, 2025 at 10:32 AM
自分の笑い声というものに納得がいってるかというとかなり怪しい。なんというか自分は、洞窟の奥に住む怪物のような、ガ行の音で表現されるような笑い方をしているときがある気がしている。しかし、笑い声っていつ決定されるのだろうか? 「笑い」というある種の反射のような現象に付随して出る声というものに個人差があるのは不思議な気もする。また、それが先天的なものでないのなら変化させることはできるのだろうか? 笑い声矯正セミナーがあったら行ってみたいものだが、そこでは自然な笑いを引き出すための爆笑コンテンツも同時に展開しなければならないので大変そうだなあと思った。
July 7, 2025 at 11:52 PM
1位のプレイヤーが指定したキャラクターのファンアートを4位のプレイヤーが描くことになる「描け麻雀」という闇のギャンブルに参加。勝利してこの世にストッキング(パンティ&ストッキングwithガーターベルト)のイラストを増やすことに成功したが……どうせ勝つのならもっともっとマイナーなキャラクターを指定しておけば良かったと後悔。
そして、勝ってしまうと勝ってしまうで「やっぱり自分もなんか描きたかったな…」という一抹の思いもよぎる。なんともいえない気持ちだ。
June 21, 2025 at 10:33 AM
何かについて書こうと思ったとき、やはり300文字でも全然少ない。書きたいことを書くと概ね400文字を超えてしまうので、それを毎回削る作業が発生している。これは手法を変えようと思った。
きっかけ→主題の提示→説明→(反証→)結論……などとやっているとすぐに制限文字数に達してしまうので、必要なのは圧縮だ。今後はきっかけと結論だけを書くのでよいのかもしれない。思考のzipファイルを投下するイメージだ。最近の.zipは以下。
・クリスピークリームドーナツには、補正切りが必要だ。
・音痴にも価値を見出したい。
・悪人が居ない世界ならば、絶望すら愛せる。
うーん……やはり解凍ソフトが無いと読めないな。
June 17, 2025 at 1:58 AM
ボードゲームの楽しさとは。結論は「それが真実か否かに関わらず、勝利が"自分の選択"に基づいたものだと思わせてくれる体験が楽しい」というもの。何かを選択するとき、「こっちの方が良いと思うんだよね」という思考が入り、その答え合わせをするというゲーム体験。詳しい奴が存在しなければ「運が良かっただけ」という真実には気づかないで済む。極論、確率論が存在する前ならばじゃんけんだってエキサイティングだっただろう。
これはつまり……数学者をぶっ飛ばせということなのか? "科学"などという無粋極まりないものを世界から追い出して楽しいめるものを減らさないのが良いことなのか? 思考がすぐに乱暴になってしまうなあ。
June 17, 2025 at 1:37 AM
・ここ1週間ほど、日記を書く手が止まっていた。理由は明白で、空き時間をほぼ全てストリートファイター6で波動拳を撃つことに充てていたからだ。しかし、それで得られたものは疲労が9割だ。気を取り直して、文章を書くことは自分にとって癒しなのだと思い出すことにする。
・最近聞いて良かった言葉「正しく絶望しよう」。イメージや暫定の気持ちだけで「お先真っ暗だ~」的に悲しむのではなく、きちんと事実・データに基づいて現状を評価し、その将来性を現実的に予測して「…ガチでヤバイ。いや本当にまずい」と認識しようという話。そして、そうするためには頑張りエネルギーが必要なのでまずはそのエネルギー確保から始めようという……
June 12, 2025 at 10:11 AM
何も嫌っていないのは何も好いていないのと同じなのだろうか。相対的にはその通りだと言える。何かを激しく嫌いつつも何かを狂おしいほど好きになるスタイルと、なにもが平坦で激情に駆られることのないスタイル、どちらが幸福に近いのか。そして、今の自分はどちらなのか。どちらに適性があるのか。
嫌いやヘイトを表明することは基本的にリスクでしかないので、基本的にはしないことが推奨される。しかしその分、自己の「嫌い」について考えることも少なくなってしまった気がする。それは周りに回って、好きについての考えも浅くなってしまうような……そんな感覚がある。杞憂である確率は……60%くらいかな。激辛味の食べ物が嫌いです。
June 8, 2025 at 7:21 AM
基本的にはポジティブisGoodの精神で生きているが、「全部いいよね! 十人十色! 適材適所! 何にでも長所はあるから、それを見つけよう!」みたいな過度なポジティブには反感があった。なのでその「平気なポジティブ」と「過度な」の境界を考えていたのだが、それは「現状を肯定するか、未来や成長を肯定するか」の違いだと思った。
自分が成長信者なためか、ポジティブ姿勢で現状を肯定するのは好みではない。まだ決まっていないものに対して楽観的になるのは、落差でダメージを受ける可能性があるため防御力は低いとは思うが良いことだと思う。低い防御力は、最大体力の多さでカバーしたい。ポケモンでいうなら指をふるラッキー。
June 2, 2025 at 11:14 AM
学生の頃の夢を見る。次の講義の科目はわかるのだが講義室がどこかわからない。6号館のどこかだということはわかるのだが……その建物は20階くらいある。そしてなにより、こういったときに「次どこだっけ」と聞ける友人がいないという悲しさ。学部では友人がつくれず、不便が多かったというか……優秀でなければ孤独は向いていないということをわからされた生活だった。
スマホの小さい画面で学生用のページから次の講義の情報を探すが、なかなか見つけられず苛立ちと諦めが募っていく。もう面倒になりサボってしまおうかという「自分から堕落する」選択肢が頭に思いつくあの感覚が蘇った。
目が覚めて安堵しつつ、すこし胸に嫌気が差す。
June 2, 2025 at 8:45 AM
ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』、言わずと知れたSF小説の傑作である。16歳のときに高校の図書館で読んで……はっきりいって私に洋SFは難しくてあまり内容は覚えていないのだが、「俺はSF小説を読み切った」という達成感を強く感じさせてくれた作品だ。そしてなにより、表紙(ハヤカワ文庫SF版)が良い。ネコの背中越しに扉の間から眩しい光があふれ出ている構図……これがとても好きだ。久しぶりにこれが見たくなって画像検索すると……本作品が2021年に実写映画化されていたことを知ってしまった。山﨑賢人氏主演『夏への扉 -キミのいる未来へ-』……くっ、ここに感じる抵抗。「わかりやすくされた」という嫉妬。
May 31, 2025 at 9:31 AM