シアロズガマネ
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久しく成人済／左門くんはサモナー 超巡！超条先輩　ほか沼駿作品いろいろ／ マシュマロくれるのか？→ https://marshmallow-qa.com/aszrugmna ／ BOOTH覗いてくれるのか？→ https://shiarozugamane.booth.pm/
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珍宿歴の長い人ならだいたい知ってる、珍宿の地下に広がる謎の巨大空間・通称"地底"について当たり前のように言及して、珍宿歴の浅い恵那院と真噛を怖がらせる超ポン（3/3）
「それは……そうかもしれませんが」 「警視が日本を離れている以上、この事件を解決するのは俺達の役割だ。そのための助言を乞いにきているという立場を忘れるな」 「しかし……では、今の二人の回答は何なんですか？　警部補の質問に、何も答えていないも同然ですよ！」 　痺れを切らしたかのように、真噛の靴が床を叩く。 「何なんですか地底って！」 　真噛の問いに、二人はキョトンと顔を見合わせたあと―― 「地底は地底だぞ」 「そうですね、地底ですよ」 　――そう、口を揃えた。 　いい加減にしてください……と、後輩の立場ながらそう言い返しても、許される状況だろう。本来であれば。 　だが、そうはしなかったし、出来なかった。 　何と言うか、それどころじゃない。 　俺だけじゃなく、おそらくは真噛も、同じものを感じているように見える。 　それは――何か根本的にズレたことを、さも当然のように語られた時に立ち現れる、その場で自分だけが宙に浮いてしまったような心許なさ。自分と相手の常識が決定的にズレているらしいと実感した瞬間、突如として襲ってくる浮遊感。 　 「ここには地底があるんだよ、恵那院クン」 「嘘とか適当じゃないんですよ、だって地底はありますから」 　 　そう繰り返す超条巡査長も一本木巡査も――まったく普段通りの顔をしている。 　警視を回収しに来た俺に対して、あいつならさっき出てったぞ、いつも大変ですね、と声をかけてくる時のような。 　脅威的ではあるかもしれないが、脅威ではない……そう評価していたはずの二人に対して、いま俺は初めて、恐怖らしいものを微かに感じている。 　真噛が、寒さを押し殺すように、組んだ腕をわずかに引き締めるのが、視界の端に見えた。 　俺たちは、この街の何を知らないのだろうか？　
November 16, 2025 at 4:44 AM
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珍宿歴の長い人ならだいたい知ってる、珍宿の地下に広がる謎の巨大空間・通称"地底"について当たり前のように言及して、珍宿歴の浅い恵那院と真噛を怖がらせる超ポン（2/3）
るような場所ではない。だが、事実として――地下街に入っていき、内部の監視カメラに捉えられたり、あるいは見かけた人はいるが、それを最後の足取りとして、その後の目撃情報はおろか地下街を出た形跡さえ見つからない、そういう行方不明者がいる。 　この件について、何か手掛かりになりそうな情報はありませんか。 　俺は、そう訊いた。 　それに対する答えとしては――もちろん、およそ的確なところがないと言わざるを得ない。いや、会話が成り立っている部分を探す方が難しいぐらいだ。 「あーあー、なんだってあんなとこ行きたがるんだか、ったくよぉ！」 「近頃、また増えてきましたよね……私が小さい頃は結構問題になってたのが、中学に進んだぐらいの時には、落ち着いてきた感じだったのに」 　二人とも――超条巡査長は元々そういう人間性の持ち主であるからしょうがないとしても、残念ながらいまは一本木巡査までも、会話を軌道修正する気がないようだ。 　さすがに、眉間が強張るのを止められない。 「あー、ポン巡がそれぐらいの歳の時期だったかもな。今どきそんなコテコテの都市伝説くだらねえ、って流れになって、みんな見向きもしなくなったんだよ。テレビの心霊番組とかも一気になくなったんだよな、あの頃は……ったく、そのまま廃れてりゃよかったものを」 「でも何で、今さらまた……うーん、やっぱり、心霊スポットへの潜入とか肝試し生配信とか、ああいうのが流行ってるせいかなあ。そういう人たちのせいで、廃墟への不法侵入の通報がすごく増えてるって、この前の研修でも言ってたじゃないですか」 「知らねえな、研修出てねえし」 「当然のように言わないでください」 「まあ俺に言わせりゃ、あれだな。呪術廻戦だのダンダダンだの、オカルト系の漫画ばっか流行ってんのが悪い。ああいうのがウケてるから、古臭いオカルトネタが注目集めてんだよ」 「いや超能力者がそれ言います？」 　埒が開かない。 「ちょっと待っていただけますか。お二人の会話の意図するところが、自分たちにはわかりかねます」 　たまらず、割って入った。我が事ながら、思ったよりも礼節を保った口調と言葉選びであったことに、内心少し安堵する。 「地底とはどういう意味ですか？　まさか行方不明者は、まだ地下街のどこかにいるということですか？」 「適当言ってるだけなんじゃないですか、この二人……！」 　なにかとこの交番の人間を目の毒――もとい目の敵にしている真噛は、そもそもまともに取り合うつもりがないようだ。 「落ち着け真噛。この二人に相談するように言ってきたのは、警視だ」 「それはそうですが……いえ、私も、犬養警視の能力を疑問視するつもりはありません。しかし！　僭越を承知で言わせて貰えば、警視はこの交番の人員を過大評価するきらいがあります！」 「警視は単に重いだけだ、過大評価はしていない。それに警視の激重が発動するのはあくまで超条巡査長だけだ、一本木巡査はその対象じゃない」
November 16, 2025 at 4:44 AM
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珍宿歴の長い人ならだいたい知ってる、珍宿の地下に広がる謎の巨大空間・通称"地底"について当たり前のように言及して、珍宿歴の浅い恵那院と真噛を怖がらせる超ポン（1/3）
「ポン巡、お前はどう思う？」 　超条巡査長に水を向けられた一本木巡査は、腕を組み、困ったように唸った後、 「……地底でしょ、どう考えても」 　どこか申し訳なさそうに、そう答えた。 「地底しかねえか……」 「地底だと思いますよ」 「やっぱそうだよなぁ～ッ」 　超条巡査長が、観念したかのように呻いた。 　会話の意味がわからない。 　最近、ここ珍宿で度々発生している一連の失踪事件。共通する特徴は、最後に行方不明者が目撃された場所が、いずれも珍宿地下街のどこかであること。全ての出入り口に監視カメラがくまなく設けられているあの地下街で、入ったままいなくなるということは、あり得ない。日本最大級の地下街としてのその広さを指して、俗にダンジョンと表されることもあるが――しかしそれもあくまで誇張だ。所詮、大型ショッピングモールに類する程度の面積。大の大人が何日も迷子にな
November 16, 2025 at 4:44 AM
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劇場版で恵那院くんがポン刀持ったラスボスと夜の京都で一騎討ちするところを見たいんですよのSS
「しかしなぁ。このままじゃ、俺も寝覚めが悪い」 　鬼はそう鼻で笑うと、構えた刀を一旦降ろした。 　その右手が、傍に転がっていた一振りを掴む。 「丸腰の相手を斬るほど、下衆やない」 　殊勝な物言いを、鬼の口が吐く。怒りか高揚か、あるいは悦びか、果たして何がその口角をここまで引き攣らせているのかはもうわからない。少なくとも彼は、いまや鬼であった。先ほどまでその素顔を隠していた顰（しかみ）の面を捨て去ってなお、そこには鬼の笑みが貼り付いている。丸腰の人間を都合五人、我欲のためだけに斬り殺してきた下衆は、ついにこれほどの形相に成り果て、そして自分の犯した所業の記憶すらも曖昧になりつつある。 「持てや」 　無造作に放り投げられた刀が、恵那院の足元に転がった。 　お世辞にも刀剣への敬意を持った扱いではない。玉砂利の上に全くぞんざいに投げ捨てられて横たわるその姿は、哀れですらある。しかしそれでもなお、ないまぜに舞う月光と、篝火の灯りに照らされて、朱漆塗りの鞘は美しく揺らめく。 「これで五分やな。お前も、剣を修めた身やろ」 　鬼が嗤う。その手に握られた太刀が再び、ゆらりと首をもたげ、黒く不吉な輝きを見せつける。 「抜けや」 　飢えである。今、この鬼を鬼たらしめているのは、飢えである。もはや光秀の埋蔵金伝説など、この鬼にとってはさしたる目的ではなく、むしろ手段に成り下がっている。人を斬るための、その行為にある程度は人間らしい口実を後付けするためだけの手段である。 　恵那院は、そう確信し、納得した。 　であれば、もはや躊躇すべき理由はない。 　彼は、眼前に投げ捨てられた哀れな刀を手に取ると、まるで庇うかのごとく、自身の背後へと静かに置いた。 　それっきり、ついにそれを手にすることなく、腰を上げる。 「何のつもりや」 　鬼の声に怒りがこもる。 「丸腰で俺をどうにかできるつもりか。俺がその程度の腕かどうか、わかるぐらいの目鼻は持っとるやろうが」 　震える鬼の目を、恵那院は静かに見据えて―― 「丸腰ではありません」 　――はっきりと答えた。 　その手がホルスターに伸びる。 　しかし、そこから取り出したのは拳銃ではなかった。 「断っておきますが、自分はいま、あなたと剣の優劣を決するためにここにいるのではありません」 　恵那院が自身の胸先から腰元へと振り下ろすと、それは、しゃきりと渇いた音を立ててその身を延ばした。 「一人の警察官として、あなたを確保するために、ここにいるのです」 　延びてなお、その身は頼りなく、短い。しかし恵那院の手によって真っ直ぐと構えられたそれは、鬼の掲げる妖美な太刀に対して、刃の無いその体を、艶のなさを、むしろ誇っているかのようであった。 　これが今の自分である。 　託してそう語るかのごとく、恵那院は、伸縮式警棒を鋭く構えていた。 「ガキがぁ」 「――――」 　鬼の歯が怒りに軋むのと、恵那院がその名を呼ぶのと、同時であった。鬼の耳にそれが届いたかどうか、もはや疑わしい。しかし―― 「殺人の疑いで、あなたを逮捕します」 　――恵那院は少なくとも、警察官としての然るべき手続きを終えた。 　これが、両者にとっての合図となった。 　鬼は太刀を上段から振り翳して挑みかかり、恵那院はそれを静かに迎え打つ。 　ここから先は、戦うのみである。
October 20, 2025 at 12:49 PM
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October 12, 2025 at 10:44 AM
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【10/19スパークのお品書き】
超ミュ（超巡ミュージカル）の複製台本の幻覚を持っていきます

東4ホール　ソ23b　シアロズガマネ
よろしくお願いします

（サンプルはツリーで）
10月19日コミックシティスパーク 珍宿！巡回日和 のお品書きです。 東4ホール ソ-23b シアロズガマネ 超巡がミュージカルになっていたら……というイメージで書かれた、架空の台本を頒布します B5 124ページ 500円です。
October 12, 2025 at 10:43 AM
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ポンリリが超巡抜きで頑張る回とか見てみたかったよねというSS（8〜10／10P）

ドヤ顔でダウジングキット持って歩くポンちゃんは可愛いだろたぶん
　慌てて立ち上がる。 『とにかく、そいつが指す方向を目指して歩け。針金がパッと開いたら、目標に近づいた証だ。そうなったら辺りを探せ。猫本人とは限らないが、何か手掛かりがあるはずだ』 「わかりましたっ！　ありがとうございます先輩！　これで見つけてみせます！」 『……あと、これは大事なことだけどな』 「えっ？　なんでしょう？」 　唐突に、真剣な声色に変わった先輩の言葉に、思わず身構える。 『そいつのことは、くれぐれも、由基には秘密にしとけ』 　私とリリちゃんは目を合わせて、ああ、と納得した。 　先輩の激重ファンである犬養警視のことだ。先輩お手製の超能力キットがあるなどと知ったら、さぞうるさくなるに違いない。 「……わかりました先輩。この針金の件は内密にします」 『よし、じゃあとっとと行ってこい』 　ありがとうございます、と返すより早く、通話を切られてしまった。 「……いつもはあんなに休憩時間がルーズなくせに、こういう時は融通きかないんだから、もう」 「ま、これを貰えただけ良かったじゃん。超巡の言う通り、早く探しに行こうぜ」 「そうだね……いつ使えなくなるかわからないって言ってたもんね」 　針金を構えたまま、交番から出た。二本とも力強く、交番の裏――珍宿西公園の方を指している。目的の猫は、公園の植え込みの中にでも逃げ込んでいるのだろうか。十分考えられる行き先だ。 「よし、いこうリリちゃん！」 「う、うん」 　はりきった私の声とは対照的に、リリちゃんの返事はやけに遠慮がちだった。 「どうしたの？　リリちゃん」 「いや……なんていうか……遊んでるわけじゃないんだけどさ、おまわりさんがその針金構えて歩いてるの、こう、まあまあな絵面してんなって思っちゃって」 　そう言われて初めて、交番の入り口ドアのガラスにちょうど映り込んでいる、自分の全身像が目に入った。 　Ｌ字型に曲げただけのただの針金を二本、拳銃のように大仰に構えて、それの何がそんなに楽しいのか、妙にワクワクした顔を浮かべながら、颯爽と交番から出かけようとしている警察官――が、そこにいた。 　はっと気がつくと……さっき交番の中を覗いていた人が、車道の向こうから遠巻きにこちらを見ていた。気の毒なものを見るような顔で、恐る恐るこちらの様子を観察していて――まさに私の視線に気付いたのか、さっと踵を返して、早足で離れていってしまった。 　しばらく、何も言えなかった。 「……まあ、早めに終わらそうよ、頑張ってさ」 　リリちゃんのもごもごとした励ましに、 「うん……」 　と、弱々しい返事しかできなかった。
June 12, 2025 at 12:47 PM
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ポンリリが超巡抜きで頑張る回とか見てみたかったよねというSS（5〜7／10P）
『学生に見せられねえ本なんか隠してねえわ！　いいから開けろ、時間がねえんだよ』 　スマホをリリちゃんに持ってもらい、言われるままに彼のロッカーを開ける。 　……これが、ロッカー？ 　開けるなり、さすがに呆れた。 　職場のロッカーにも関わらず、先輩の趣味であるプラモデルの箱がいくつも収納されていた。収納？　いや……そう形容するのも憚られる有様だ。買った側から放り込んでいるだけ。今にもこちらへ崩れてきそうなほど乱雑に無造作に山積みされている。まるでホビーショップ・カドタの一角だ。そして、その隙間を縫うようにして……いつものジャケットや帽子が、かろうじて収納されている。 　予想はしていた光景だったが、予想より酷い。予想より多い。予想より汚い。 「……これも十分、私には見せちゃダメだろ。公務員が職場で何やってんだよ」 　リリちゃんも思わず呻く。 『あー、うるせえな。だから見せたくなかったんだよクソが……まあいい。一本木、針金みたいなのがかかってるハンガーがあるだろ』 「針金？」 　そう言われて確認してみると、確かに、ジャケットがかかっているのとは別に、ハンガーがひとつ下げられている。そこには、服やネクタイではなく、銀色の太い針金が二本引っ掛けてあった。 「それっぽいものはありますが……」 　半信半疑で、それを取り出す。 『そうそう、それだ。そいつを使え』 「使えって、これ、何なんですか？」 　使う使わない以前に、およそ道具には見えない。Ｌ字型をした、本当にただの針金だ。これでは、それこそハンガーにすらならない。 　スマホの向こうで、これだから一〇代はよ、と毒づく声が聞こえた。 『それはな、俺のダウジングキットだ。俺の念力が篭ってるから、一回ぐらいならお前らにも使えるはずだ』 「だうじんぐ」 『やっぱり知らねえのか……そいつを二丁拳銃みたいに構えて、見つけたいもの を念じろ。猫やその痕跡の思念を察知して、勝手にその方向を向くはずだ』 「へえーっ！」 　思わずワクワクしてしまう。 　言われた通りに持って、リリちゃんに見せてもらった写真の猫の姿を思い浮かべてみる。 「……わっ、わっ、ほんとに動いた！」 「うわマジじゃん。どういう仕組みなんだよ」 　針金は早速反応してくれた。私の手の中で、生き物のように身を捩って、グイッと九〇度回転し、交番の裏手の方向を力強く指した。 　釣りの経験はないけど、針に魚が掛かったらこんな感じなんだろうか。何か見えない糸が先端から伸びているかのように、グイグイと引っ張られる感触がある。 「わー、なんかすごい！　私も先輩みたいな超能力者になったみたい！」 『おい、遊んでる暇はねえぞ。使えるのは俺の念力が残ってる間だけだ。いつまで保つかは俺にもわからねえ。最近ろくに使ってなかったからな』 「は、はいっ」
June 12, 2025 at 12:47 PM
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こう、ポンリリが超巡抜きで頑張る回とか見てみたかったよねというSS（1〜4／10P）
あとダウジングしてる超巡見てみたかった
「なので、その……超能力以外で、猫を見つけるコツとかあったら教えていただきたいんです」 　そう話し終わると、スマホの向こうから、はぁ～っというため息が響いてきた。スピーカーフォンにしていたから、珍宿西交番の中にもしっかり響いた。本人が目の前にいないというのに、そのうんざりとした表情がありありと浮かぶ、嫌な音色だった。 『……つまりこういうことか？　その家族は明日には関西に引っ越しちまうから、どうしても今日中にその迷い猫を見つける必要があって、それをお前は見つけられる当てもないのに安請け合いした、と』 「うっ」 　改めて言葉にされると、我ながら確かに向こうみずが過ぎる。 　一瞬、返事に詰まったけど、 「で、でも可哀想じゃないですか！　難しくても、出来る限り探してあげないと」 　何とかそう返した。 『そりゃ結構な心意気だがな、てめえの尻ぐらいてめえで拭けよ』 「も、もちろん、先輩に私の尻拭いをさせるつもりじゃないですよ！　ないですが、少しだけでいいので、ご助言をいただきたいんです」 『それが尻拭いだっつってんだろ、結局は俺にちょっと拭かせてんじゃねえか』 「ちょっとじゃないですか！　ちょっとなら拭いてくれていいじゃないですか！　先輩は先輩で、私は後輩ですよ？　先輩なら先輩らしく後輩の尻拭いの手伝いくらいしてくれてもいいじゃないですか！」 「あのさ、二人とも、尻尻言うの一旦やめない？　スピーカーフォン最大になってっから。交番の前まで響き渡ってるから」 　隣でリリちゃんが呻いた。 　ハッとして目線を上げると、入り口からこちらを覗き込んでいた通行人の顔が、ふっと引っ込んでいったのがかろうじて見えた。ほんの一瞬しか見えなかったが、眉間に皺を寄せた怪訝そうな表情をしていたのは、はっきりわかった。 　流石に少し恥ずかしくて固まってしまったところへ―― 「超巡、ぐだぐだ言ってないでさ、さっさと探してくれよ。別に非番じゃねえんだろ今日」 　――リリちゃんがさっさと話を再開する。 『ああそうだよ、研修だ研修。俺にしちゃ珍しく真面目に勉強してんだよ』 「何で真面目に勉強してんだよ！」 『サボれっつってんのか働けっつってんのかどっちなんだテメェ』 　あっ、まずい、また話が脱線する。 　慌てて、リリちゃんを宥める。すぐには落ち着いてくれず、何で今日に限ってきちんと研修なんか受けてんだよ、いつもは仕事サボりっぱなしのくせに、などと二言三言ボヤいていて、そのあたりは正直、私としても同意するところではあったけど、それはそれとしてなんとか一旦飲み込んでもらった。 「……ともかく、こういうわけなんです先輩。休憩中にお電話して申し訳ないんですが、出来る限り教えてもらえませんでしょうか？」 『休憩あと五分もねえぞ。いま口頭で教えたって、付け焼き刃にもならねえよ』 「それはわかっていますが、その上でなんとか」 「つうかさ」 　リリちゃんがまたしても割って入る。 「あんたなら、千里眼とか遠隔透視とかでパッと見つけられるんじゃねえの？」 　痺れを切らしていることがはっきりわかる、とてもそわそわとした声色。猫探しの依頼をこの交番に繋げた張本人として、また、飼い猫がいなくなる不安と悲しみをよく知っている身として、どうにも大人しくしていられないみたいだ。 『あのな……そういうのは、本庁やＦＢＩとかで超能力捜査官やるような連中だけが出来る芸当なんだよ。超能力者なら誰でも千里眼持ってると思うなよ』 「別にアメリカから透視しろなんて言ってないじゃん。いま府中だろ、あんた」 『距離の問題じゃねえわ。府中～珍宿間ならかろうじて俺にも出来るとかそういうことじゃねえんだわ。大体そんなことができたら、お前のとこのクロスケだってもっと楽に見つけてただろうが』 「あっ……それもそうか」 　その瞬間、先輩の背後でアナウンスが鳴り響くのが聞こえた。間も無く休憩が終わるから、研修参加者は所定の会場に入るように、という案内だった。 『チッ。しょうがねえ。一本木、俺のロッカーを開けろ』 「えっ、いいんですか？　リリちゃんもいるんですけど」
June 12, 2025 at 12:47 PM
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巡→直の殉職ネタ（12/12P）
⚠️死ネタ⚠️
⚠️カプ要素ほぼなし⚠️
　アスファルトの上に、一本木が横たわっている。 　真っ赤な血溜まりの上で。 　同じ色に染まった制服を着て。 　恐怖と痛みに消耗し切った顔で。 　瞼を力無く閉じたまま。 「一本木！」 　抱え起こそうとして――手が、その体をすり抜けた。 　そして、一本木は、あっけなく、ふっと消えた。 　いや。いや、違う、そういうことじゃない。 　元からここにはいない。 　いない。 　もういない。 　あいつは、もういない。 　今のはただの追憶だ。あいつの残留思念が、それを読み取った俺の脳の中で像を結んだだけの、幻だ。 　本物の一本木が、ここであの恐怖を味わって、血溜まりの中で死んでいったのは――もう半年も前になる。 「一本木」 　わかっていても、また呼びかけてしまう。 　もう何も見えない。 　土埃と泥と苔とカビに覆われているだけの、なんの変哲もないアスファルト。さっきと違うのは、すっかり日も沈んで、頭上の古びた街灯が照らすだけになって、寂しげな雰囲気が一層増していることぐらいだ。 「一本木、一本木」 　それでも、呼びかけずにはいられない。 「お前、何やってんだよ」 　なんで俺を呼ばなかったんだ。 　なんで一人で取り押さえようとしたんだ。 　なんで。 　いや――わかる。お前はそういう奴だ。あそこで躊躇していたら、犯人は近く の公園や駅まで侵入していたかもしれない。応援を呼ぶ時間はなかった。警察官として、お前は自分に課した使命を果たした。逃げ出したくなるような恐怖と痛みに立ち向かって、あいつを取り押さえたんだ。 　正しい。警察官として、それは正しかった。 　お前の行いを、馬鹿な真似だったとは絶対に言えない。言いたくない。 　それでも―― 「逃げりゃよかっただろ、馬鹿」 　――そう喚いてしまうのを止められない。 　あの時、他に選択肢などなかったのかもしれないが、それでも。 　例えばそれで犯人を取り逃したとしても。 　そのせいで、どこか別の場所で別の誰かが犠牲になったとしても。 　そのために、お前が、お前自身を許せなくなったとしても。 　それでも、俺は――俺だけは、何も言わずにいたはずだ。何も言わないで、そばにいたはずだ。 　だってお前は、俺の相棒だったんだから。 「一本木、なんでだ」 　また視界が歪む。今度は、俺自身のそれが。瞼ではなく、涙に阻まれて。 　溢れた涙が、アスファルトに落ちて――小さな沁みを作る。 「一本木……」 　膝をついて、涙を落とす。ポタポタと、次々と、人目も憚らず、落とす。 　せめてこうしているうちは、ここが、この場所が、ただの道路に戻ってしまうのを止められそうな気がする。 　ローボやハセガワさんには、もうやめろ、自分を傷つけるだけだと何度も止められているが――そんなつもりはない。そんな気には、全くなれない。 　あいつの最期の想いを、恐怖を、俺だけは共有してやりたい。 　いつか、もっと雨が降れば、もっと人が歩いて過ぎれば、残留思念すらも薄れて無くなってしまう。 　その日は、決して遠くはない。 　せめてその日まで、あいつの記憶を、余すことなく、ぼやけることなく、記憶していたい。それが出来るのは、俺だけなんだ。
June 8, 2025 at 12:57 PM
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巡→直の殉職ネタ（8/12P）
⚠️死ネタ⚠️
⚠️カプ要素ほぼなし⚠️
　記憶の持ち主と、自分の口が、同時に悲鳴を漏らす。 　だが俺とは違って、持ち主は――あいつは、怯まない。 　歯を食いしばり、孔をふたつも空けられたばかりの腹に満身の力を入れ、相手の体を引きずりこむ。 　捻り上げ、体ごとその懐へ飛び込む。 　そして、腰を思い切り回し――相手の体を、背中から、アスファルト目掛けて全力で叩きつけた。 「うげえ！？」 　これは、相手の方の悲鳴だ。背中をしたたかに打ち据えられて漏れた、潰れたような声。そしてそれっきり、うめき声しか出せなくなった。 　受け身を取らずに、アスファルト目掛けて一本背負いをまともに喰らわされればどうなるか。背中を強く打つと、横隔膜が痙攣を起こす。肺がうまく膨らんでくれず、息ができない錯覚に陥る。その混乱の中、全身を襲った衝撃による痛みと痺れが遅れてやってくる。 　俺にも柔道の経験があるからわかる。あれは、相当な苦しみだ。二度と経験し たくない。そのために皆、必死で受け身の練習をこなすようになる。本当の実力者に容赦なく投げられた時のダメージは、そういうものだ。 　案の定、刃物男は、ぜえぜえと弱々しい息をしながら、路上で悶えるだけとなった。 　本来なら――絶対に、そんな投げ方はしない奴だった。俺にどんなに怒っていたとしても、きちんと受け身を取れるよう、綺麗に投げてきた。 「そういうつらい思いを相手にさせるような柔道はするなと、おじいちゃんにきつく教えられましたから！」 　いつだったか、そう語っていた。 　そんな奴が、こうも手痛い投げ方をしたのだ。必死だったんだろう。深傷を負ってしまった自分が、目の前の凶悪犯を、一人で制圧しなければならない。そのためにどうすべきか、あいつなりに考えた末、この手に出たんだろう。 　だが――その代償は大きかった。大きすぎた。 　記憶の持ち主の視界には、もう青空しか映っていなかった。投げた勢いそのまま、仰向けに倒れ込んだきり、もう動く力が残っていない。 　その体が、急激に冷えていく。一本背負いのための全力を込めた腹からは、大量の血がどくどくと流れ落ちて、容赦なく失われていく。その血の暖かさが、腹のあたりの皮膚に妙に生々しく感じられる。 　息が荒い。浅い。必死に酸素を取り入れようとしているが、脳からの指令に肺が追いついてくれない。 　いや――肺だけじゃない。 　自身の生存よりも、相手を制圧することに全ての力を使い果たしてしまった代償。指の一本さえ、もう思い通りには動いてくれない。 「はあ、はあ、はあ」 　耳を塞ぎたくなるような、弱々しい呼吸を繰り返す。 　――もういい。じっとしてろ。無理するな。 　そう、言ってやりたい。そばに行って、声をかけてやりたい。でも、出来ない。 「はあ、はあ……お、おじいちゃん……」 　か細い声が、不安そうに呼びかける。 　視界が霞んでいく。いや違う、瞼が勝手に落ちてくる。 　開けていようとしても――重すぎて、言うことを聞いてくれない。 　眠い。寒い。 　眠ったらやばいということは、本人もうっすらとわかっている。だが――この冷たい眠気に、どうしても抗えない。 「は、は、はあ、はあ」 　息がさらに浅くなる。 　短くなる。 　弱くなる。 　だが、そのわずかな息を、かき集めるように溜めて―― 「せん、ぱい」 　――最期に、そう呼びかけた。 　 「一本木」 　俺の声が、そう応える。 　いや――そう応えて、やりたかった。でも、出来なかった。
June 8, 2025 at 12:51 PM
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巡→直の殉職ネタ（4/12P）
⚠️死ネタ⚠️
⚠️カプ要素ほぼなし⚠️

苦手な方はマジでご注意ください
痛い描写もあるのでご注意ください
　さすがにもう、跡は見えなくなっていた。 　公園から流れてきた土埃と泥。その上に生えた苔。カビ。そういうものだけで覆われた、全くありきたりな、珍宿の一角の歩道。 　そこはもう、そういう場所に戻っていた。 　特別な場所ではなくなっていた。 　諦めきれず、目を凝らして探してみる。 　何もない。ちぎれた吸い殻だの、干からびたミミズの破片だのがたまに見当たるだけ。 　血の跡など、どこにも残っていない。 「……まあ、あれから何度か雨も降ったしな」 　自分に言い聞かせるように呟く。我ながら妙な独り言だが――どうせ他に、聞いてる奴なんかいない。ただでさえ人通りの少ない、公園脇の細い道。夕刻ともなれば、いよいよ誰も近寄らなくなる。 　仕方ない。いつまでも、こんなことを言ってはいられない。 　顔を上げ、交番に戻ろうと足を踏み出そうとする、が――動けない。 　動かない。 　――残っているはずだ。目に見える跡は、物理的に認識できる痕跡は残っていなくとも、思念は残っているはずだ。 　そのことを、俺はよく知っている。 「馬鹿か、やめとけ」 　今度は、言い聞かせるというより、自分を叱る。なじる。 　もう何度同じことをやった？ 　何度繰り返すつもりだ？ 　ひどい有様になることは目に見えている。これはただの自傷行為だ。あいつだって、そんなことは望んでない。 「お前は何をしてえんだよ」 　愚かな自分を止めるべく、理性的な自分を精一杯鼓舞して、叱咤の言葉を吐き捨てる。そのつもりだったが――実際に出てきた声は、とても弱々しかった。 　何がしたい？ 　そんなもの、とっくに決まっている。知っている。止めるつもりもない。 　眉間に指を当て、精神を集中する。瞼を閉じ、可視光線で構成される視界を遮断して、思念だけの世界で、再び目を開ける。 　あった。 　まだ、かろうじて残っている。 　足下の歩道、薄汚れたアスファルトの隅に、ぼんやりとその澱みは漂っていた。 　しゃがみ込み、手を伸ばして、触れる――。 　 「痛ッ……！？」 　 　火箸を突っ込まれたような鋭い熱が、右脇腹の奥深くまで、突如、達する。 　悍ましいほどの激痛。 　現実ではないとわかっていても、他の誰かの思念を辿る単なる追体験だとわかっていても、恐怖と絶望が湧き上がって、全身が硬直する。 　痛い。 　怖い。 　体が、縮こまっていく。こわばって、震えて、指一つさえ動かせなくなる。 　ただ――それはあくまで、俺の体の話だ。単なる追憶だけで、心から震え上がってしまう、臆病な奴の場合だ。 「行かせない……っ！」 　この記憶の持ち主は、違った。 　痛みを堪え、恐怖を抑え込み、動こうとしない体を強引に突き動かしながら、目の前の相手に追い縋る。 　乱雑に振り回される出刃包丁を、ものともしない。 　相手の首元――興奮と緊張に引き攣る異様な顔の下、ガラ空きになっている襟を、一点見つめて、突き進む。 　腕を伸ばす。 　手を伸ばす。 　そしてとうとう――右手が襟を掴む。 　同時に、今度は左の下腹部で、激痛が爆ぜる。 「うぐっ」
June 8, 2025 at 12:49 PM
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巡の部屋で宅飲みしてたけどみんな潰れて二人だけ残っちゃったハセガワさん+巡の二次会（6/6P）

ハセガワさんは流石にポンちゃんにも慣れた
という設定
「まだあまり眠くないんだよね。ていうか、酔いも回ってないし」 　と微笑んだ。 「だろうと思ってましたけどね。相変わらず酒強いっすね」 　超条の方は、苦笑いだ。傾奇町という、酒とは切っても切れない関係にある大繁華街に暮らして長いが、そんな生活の中でも、この上司ほどの酒豪を他に見たことがなかった。体質的に酒が強いという域を遥かに超えている。もはや酒に酔わないための訓練を受けたプロなのではないか？　とさえ超条は疑っている。それが何のプロなのかと言われれば困るが。 （まあ、最強くノ一の一族の末裔だとかなんだとか言われてる人だしな） 　酔いの回りかけた頭で勝手に納得しながら、超条は冷蔵庫を開け――やはり缶ビールが切れていることを再確認した。 　数秒ほど考えた後、彼はテレキネシスでシンク上の棚を開けた。奥から、艶のある厚紙製の白い小箱が、ひとりでに顔を覗かせたかと思うと、ふよふよと降りてくる。 「ウイスキーでもいいっスか、ハセガワさん」 「全然飲むよ。だけど、こんな高そうなお酒、開けちゃっていいの？」 　箱を受け取ったハセガワは、少し戸惑った様子を見せる。 「別に大したもんじゃないですよ。こないだのゴルフコンペの景品でもらった奴なんで」 「……署長と一緒だったっていう、あのコンペ？」 「それです。炭酸もありますけど」 「勘弁してよ超条くん。あの時は久しぶりに私も、署長からかなりチクチク言われたんだから……あっ、氷だけでいいよ」 「だから、こうやってハセガワさんと一緒に味わうんじゃないですか。お詫びですよお詫び」 　超条がヘラヘラと笑いながら指を振る、その先で、ロックアイスを収めたグラスがまたひとりでに宙を漂って、ハセガワの手元へと舞い降りる。 　同時に、彼女の傍に置かれた箱が開き、琥珀色にゆらめく水滴型の小洒落た酒瓶が、すっと立ち上がるように姿を現したかと思うと、その削ぎ口から包装が剥がれて、キャップがひとりでにくるくると回り出す。 「ここから先は、二次会ってことで」 　悪戯っぽく笑う超条に、ハセガワも、呆れたように笑い返す。 「そうだね。ここ最近、こうして君とゆっくり話すこともなかったからね」 「いろいろ言いたいことはあるんじゃないですか」 「それはもう。君だってそうじゃない？」 　ちゃぶ台のそばで、非有児がぐうぐうと眠っている。 　寝室のドアからは何も聞こえて来ず、酒に潰れてさえ行儀良く眠る犬養の寝姿が思い描かれる。 　そして、自分の膝の上では、一本木がすやすやと寝息を立てている。 　それらをゆっくり、どこか満足げに見渡した後、ハセガワは超条に視線を戻して、くすくすと笑った。 「西交番（うち）も最近、騒がしくなったからね」
May 18, 2025 at 1:07 PM
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巡の部屋で宅飲みしてたけどみんな潰れて二人だけ残っちゃったハセガワさん+巡の二次会（3/6P）

メンツは巡由基ヒュージハセガワポン
巡の部屋は1LDK
という設定
当然ながらハセガワさんの口調は一から十まで捏造です
　しずしずと戻ってきた超条は、リビングの様子を見るなり、 「ああ？」 　と思わず顔を顰めた後、すぐに声を顰めて 「……なんだよヒュージも閉店かよ」 　と続けた。 　ほんの三分ほど前、寝入ってしまった犬養を隣の寝室まで運んで行く彼の背中目掛けて『なんやねんキャリア組のくせに根性ないのぉ』と偉そうに言っていたはずの獅子原非有児が、一升瓶を脇に構えたまま横になっていた。 「どいつもこいつも、人ん部屋に宅飲みに来ておいて日付変わる前に寝るってどういうことだよ。これなら店でよかったじゃねえか」 　ヒソヒソ声で毒づく超条に、 「しょうがないよ。みんな毎日頑張ってるんだから。ゆっくり寝かせてあげればいいじゃない」 　と、一段下のひそやかなウィスパーボイスで返す者がいる。 「俺は頑張ってないみたいな言い方やめてくださいよ」 　超条がそう小声で笑うと、 「毎日毎日デスクでプラモ作りしておいて、よく言うよ」 　と、こちらも静かに笑う。 「ポン巡は？」 　この質問に対してはすぐに返事をせず、膝の上ですやすやと寝息を立てている一本木直の様子を慎重に伺った上で、 「大丈夫、よく寝てるよ」 　と、一際小さな声で返答した。 「ったく、慣れねえくせに焼酎なんか飲んだりするからだよ……危なっかしくて酒飲ませられねえなこいつ」 「まあ、だからこそ、こういう場所で慣れていけばいいじゃないかな？　まだ初心者なんだから」 　ウィスパーボイスの持ち主がそう言って、手をひらひらと振りながらまた笑う。 「自分のキャパもわかんねえまま警察みてえな体育会系に来られちゃ、ろくなことにならないっスよ。実際、二十歳になるまで酒を飲んだことがないってのも、 考えもんじゃないですかね」 「その発言は、警察官としては見過ごせないよ？」 「じゃあオフレコでお願いします……あっ」 　仕切り直そうと超条が手に取った缶には、もう殆ど中身が残っていなかった。 「んだよシラけるな……ビールまだ残っていたっけな。ヒュージのバカがバカみてえに飲んでたからな」 　慎重な足取りで冷蔵庫の方へと向かう超条の背中へ、 「あっ、超条くん。私も何か取ってもらっていい？」 　と、少しだけ大きめになったささやき声が飛んでいく。 「何にします？」 「適当でいいよ」 「つうか、もう俺たちだけだし、ハセガワさんも寝ますか？　こっち女子部屋にして、俺はヒュージ運んで奥の部屋で寝るんで」 　提案を受けた、ウィスパーボイスの持ち主――もといハセガワ巡査部長は、うーん、とわざとらしく考え込んだ後、
May 18, 2025 at 12:56 PM
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言うても元有能刑事なところを見せる巡と、言うても新人なポンちゃんと、そんなポンちゃんを容赦なく鍛える巡を見たくて書いたSS（10/10P）

由基も由基でエグい事件に慣れすぎてて一般人の感覚からはとっくに剥離してるとかだと好き
「街灯？　でも、にしては位置が低いし小さいですよね。懐中電灯とか？」 「そんなレベルの光源じゃねえだろうな。もっと強い」 「あっ、誰かがこちらへ向けて焚いたフラッシュでしょうか？」 「にしちゃ、色がおかしい。フラッシュは普通、白色光だからな」 「だとすると、何なんでしょう？　かなり強い光みたいですけど」 　光源から十字型に伸びる光条の太さと濃さが、その眩さを物語っている。 「この写真を撮影した直後に、背後で突然、火の手が上がった。彼らはそう証言している」 　犬養の言葉に、一本木が目を丸くした。 　超条の方は、眉一つ動かさない。 「逆光でわかりづらいが、この光点の下をよく見てくれ。人の体が見えるだろう」 　言われてみれば、と一本木は気づいた。 　光条の中に、男性らしきスーツ姿の人影がうっすら見える。カメラから見て奥方向へと歩いていく途中だろうか。その顔は――全く見えない。顔のあたりに、ちょうどあの光が重なってしまっているのだ。 「この男性の頭部が、突然激しいオレンジ色の光に包まれ、そして発火。瞬く間に全身が炎に包まれた……他の目撃者達の証言も、概ねそう一致している」 　つまりこの人影こそ、あの焼死体の生前の姿らしい。 　そう理解するや否や――一本木は手でバッと口元を抑えると、再び洗面所へツカツカと歩き去って行った。 　乱暴にドアを閉めて鍵をかける音が響いたかと思うと、ついさっき聞こえたのと全く同じ、汚い呻き声が、再び漏れ漂ってきた。 「……お前もあまり他人のことは言えねえな、由基」 　超条が資料から目を離さぬまま、冷ややかにそう言い、 「これ以上どう言えば良かったんだ」 　由基は、やってしまったとばかりに指で眉間を揉みながら、そう呻いた。
March 19, 2025 at 1:42 PM
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言うても元有能刑事なところを見せる巡と、言うても新人なポンちゃんと、そんなポンちゃんを容赦なく鍛える巡を見たくて書いたSS（8/10P）
「そういうわけだ由基。話を続けてくれ」 「……くれぐれも一本木巡査のケアを怠るなよ。皆が皆、お前のやり方についていけるわけじゃないんだ」 「身に沁みてわかってるよ、んなこたぁ」 「彼女のメンタル面に悪影響が出れば、俺も特務として然るべき対応を取らざるを得ないぞ」 「ああ、そん時ゃどうとでも処分してくれ」 「……わかった、話を続けよう」 　ここまで言われれば、さすがの犬養も諦めねばならない。短くため息をついて、デスクに視線を戻した。 「何分、現場がプレミアム街の路上だったからな。あの道幅の狭さだ、消防隊が入るのにも時間がかかる。ようやく消しとめた時にはこの有様だった」 「ああ、ひどいもんだな」 　傾奇町の東部エリアに位置するプレミアム街は、古い木造長屋が軒を連ね、その中に小規模な飲食店が詰め込まれている特異な一帯である。ほんの二千坪程度 の面積の中に集まった店の総数は実に２００軒以上。その中には、ワゴン車の中の方がよほどゆとりがありそうなレベルの狭小店舗さえ珍しくなく、そしてその合間を、三人も並んで歩けばいっぱいになってしまうような狭い歩道が、縫うように走っている。東洋一の歓楽街・珍宿傾奇町の一画にありながら、そこに溶け込んで共に進化していくことを頑なに拒み、ひたすらに老朽長屋の密集地帯であり続けて数十年。風変わりな佇まいが風変わりな客を呼び寄せ、今ではその物珍しさに惹かれた外国人観光客でごった返しているが――当然ながら、火災が起こった場合のリスクは、依然として大きい。 「……周りの建物に燃え移らなかったのだけが、不幸中の幸いってところだな」 「住民による初期消火が功を奏して、延焼はほとんど防げたらしい」 「あの辺りは……火事のリスクが大きい分、住人の方やお店の防火意識も高いですもんね。定期的な訓練とかもしてますし」 　珍宿で刑事をやっていた超条と犬養にとって、されは目新しい情報ではなかったが、経験が浅いなりに、持っている知識を動員して何とかついていこうとする一本木の努力に、水を差すような二人ではない。 「そこが気になるとこでもあるな。建物ごと焼けたのならともかく、路上で燃えたってんだろ？　人ひとりがこんな有様になるまで、道端のボヤが放っとかれるような町じゃねえはずだ」 　写真の一枚をしげしげと眺めながら、超条が指で顎をかく。 「一体、何が火元になってこんなことになったんだ？」 「問題は、そこだ」 　犬養の声が、一際重くなった。 「ここまでの話を踏まえて、この写真を見てほしい」 　彼が視線で合図をすると、恵那院がすかさず、脇に抱えていた封筒から一枚の写真を新たに取り出した。 「火災発生時の現場の様子を写した映像は、今のところ見つかっていない。あの一帯は本来、死角なく監視カメラが設置されているんだが、当該箇所をカバーするはずのカメラが、火災の前日に故障して修理待ちだったそうだ。目下、火災発生時に近辺で事故の様子を録画していた人間がいないか探ってはいるんだが……今のところ、付近にいた観光客が撮った、この写真が唯一だ」 　犬養が話し終わるのと同時に、その写真はデスクに置かれた。 　それは、見るからに観光客然とした、若い白人のカップルの自撮り写真だった。自分達の笑顔を、プレミアム街の風景とともに写真に収めようとしたらしい。 　とにかく写りが良くない。ひどい逆光だ。彼らが本来収めたかったであろうプレミアム街の町並みは、眩い光の中に溶けてしまってろくに判別できない。二人自身も、背景の夜闇に半ば溶け込んでしまっており、せっかくの笑顔が台無しになっている。 　旅行の思い出を切り取るセルフィーとしては、到底成り立っていない。 「……この、後ろで光っているのは、何なんでしょうか？」 　一本木が指摘したそれこそ、写真がこのような仕上がりになってしまった原因と思われた。 　二人の背後に、一つの小さな光点が灯っている。写真手前から奥へと伸びる路地の突き当たり付近で、その正体は判別できないが、ともかく何かが、オレンジ色に激しく輝いている。スマートフォンのカメラがこの光源に合わせて自動で露出を抑えてしまい、結果、肝心の持ち主たちの顔が真っ暗になったのだろう。
March 19, 2025 at 1:42 PM
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言うても元有能刑事なところを見せる巡と、言うても新人なポンちゃんと、そんなポンちゃんを容赦なく鍛える巡を見たくて書いたSS（4/10P）
⚠️シリアスめ⚠️
⚠️でも脈絡なし⚠️
🚨焼死体🚨
　洗面所から戻ってきた一本木巡査の顔色は、白かった。この珍宿西交番の内壁の古びた白タイルのそれとまったく同じ色味であった。そしてその足取りは、かつて『柔のゴリラ』の異名をとった体幹など見る影もなくヨロヨロしていた。 「おう、意外と早かったな」 　先輩の超条巡査長が、特に思いやるでもない涼しげな口調で、簡潔に出迎える。 　彼の肩越しに、ペットボトルのお茶がひとりでに宙を舞い、一本木の手元へ収まった。超能力巡査長である超条のテレキネシスによるものだ。 　彼女はそれを弱々しく受け取ると、やっとのことでフタを外し、震える唇を付けて、コクリと一口だけ飲んで―― 「あさごはん、ぜんぶもどしちゃいました」 　――呆然と、そう返事をした。 「そうか。まあ昼は奢ってやるからその分食え」 「……はいるきが、しません」 「なら水だけでも飲んどくんだな。脱水起こすと、いよいよ収集つかなくなるぞ」 　その言葉を受けて一本木は、再びペットボトルを口につけると、まるでその中 身が激臭でも放っているかのようにギュッと目を瞑り、ゴクリ、ゴクリと、今度は無理やりに二口分飲み込んだ。 「巡、これはお前の元相棒じゃなく〝特務〟としての発言だが」 　犬養警視が、超条相手に珍しく、険しい表情を浮かべる。 「一本木巡査はまだ新人だ。こういう資料をいきなり見せるのは、指導として行きすぎじゃないか？」 　こういう資料とはつまり、彼と、その部下である恵那院、そして超条が囲むデスクの上に何枚も広げられている大判の写真のことである。 「予告はしたぜ。その上で『見る』っつったのはこいつだ」 　それらは全て、一つの被写体を、さまざまな角度と距離から執拗に写し取っている。被写体というのは、腐って黒ずんだ倒木の破片のような塊である。 　見る人によっては、くすんだ色の岩とか、あるいは土くれと評することもあるだろう。勘がよければ、少なくとも炭化した何かであるということに気づくかもしれないが、そこ止まりに違いない。金属製の無愛想な作業台の上に置かれたそれは、見る者がそのバックボーンを想像することを一切拒んでいるかのように、 全く茫洋としていて、無機質で、何よりただただ黒い。 　そうと言われない限り、それがかつて人体であったことなど、素人目にはとても判別しようがない程の、徹底的な焼け方だった。 「立場上、見ないとは言えないだろう」 「警察だからな、そりゃ当然だ」 　超条は、つまらない話を続けるなとでも言わんばかりに、その眠たそうな眼差しをかたくなに犬養から逸らして、写真に向け続けている。 「巡……ここは捜査一課じゃない。もっと段階というものがあるんじゃないか」 「交番勤務こそ、エグい死体にゃ割とお目にかかるもんだぜ。まして、この街じゃなおさらだ」 　彼は、数枚を手に取って、そこに映るものを念入りに改めながら―― 「俺の相棒なら、さっさと慣れてもらわなきゃ困る」 　――ひときわ厳しい声で、そう呟いた。 　珍宿西交番を、沈黙が包んだ。犬養も今度ばかりは、反論を飲み込まざるを得ない。 　そして、少しの間を置いた後にそれを破ったのは、他ならぬ一本木巡査が、鋭く息を吐いた音だった。 　ペットボトルに三度その口をつけたかと思うと、今度はほとんど逆さまの角度にまで傾け、ゴクッゴクッと力強く喉を鳴らす。いや、傾けるだけでは勢いがまだ足りないのか、ボトルを握りつぶすベキベキという音が、次第にそこへ混ざってくる。飲んで、飲んで、飲んで……ほどなくして、中身をすっかり失ったペットボトルが、ペキリと、渇いた断末魔を上げた。 「ぷはぁっ！」 　景気の良い息遣いでラッパ飲みを締め括った時には、彼女の手の中のペットボトルは見事な砂時計型になっており、その顔にはわずかばかりの血色が戻っており、そして目には――強引な気迫が燃えていた。 「お時間を、とらせてしまって、申し訳ありません！　私は平気ですので、お話を続けましょう……っ！」 　その無茶な形相を見て、犬養は眉を顰め、恵那院は――彼にしては珍しく――少しだけ目を丸くし、そして超条は、満足げな笑みを薄く浮かべた。
March 19, 2025 at 1:42 PM
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ホレイショ・ケイン
マイアミの太陽よりも熱い男
February 13, 2025 at 1:31 PM
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恵那院に冷たくボコられたいし最後にホレイショみたいな台詞を言ってほしい妄想を書いた（2/2）
「殺人と死体遺棄の容疑については、追って署でお話を伺います」 　男はなおもジタバタとしていたが、恵那院に容赦なくその手を捻り上げられたかと思うと、実にあっさりと手錠をかけられた。 　それが決定打になったらしい。スイッチを切られたかのように脱力し、その場に座り込んでしまった。 　そして、 「……終わりだぁ」 　地を這うような声をこぼした。 「終わりだ、終わりだ……ここまで完璧だったのに。全部完璧だったのに」 「あとは、署で聞きます」 「完璧だったんだ」 「わかりましたから」 「完璧だった！　中学も高校も大学も……勉強だけじゃない、ラグビーだって……ペンシルバニアにもいってＭＢＡを……」 　男の脳内には今、その輝かしい半生が、走馬灯の如く流れているらしい。 「それがこんな、こんなくだらないことで」 　くだらない、という単語を聞いた瞬間、恵那院の目つきがかすかに鋭くなったことに、男は気づかない。それは明らかな変化だったが、しかし、もし恵那院の真正面に立って目を凝らしていたとしても見落としたかもしれない、実にわずかな揺らぎだった。 「あんなショボい女一人のために、あんなくだらない奴のために、全部終わりだなんて。こんなことで、俺が、俺の人生が」 「……確かに、あなたのここまでの経歴は素晴らしいですね」 　より一層冷たさを増した声で、恵那院が答える。 「完璧という自称も、決して過分ではない。私もそれなりに育ちの良い方だと自負していますが、あなたとは比べるべくもない」 「その通りだ！　お前も警察のキャリア組ならわかるだろうが！？　ここまでくるのに、俺がどれだけ、どれだけ努力を」 　してきたと思う！ 　男はそう言いたかったのだが、言えなかった。 　恵那院の手が、実に恐ろしい力で、彼の胸ぐらを掴み上げていた。 　今度こそ、本当に殺される。男は一瞬、そう思った。 　ちょうど今し方、彼の腹を打ち据えた警棒の鈍い金属光によく似た揺らめき。人のものとは到底思えない、まるで魚や爬虫類のように冷えた眼差し。それが今、眼前の相手を刺し殺さんばかりの鋭さを湛えて、男を見下ろしていた。 「……その華々しい経歴に、今度からは『人殺し』と付け加えることですね」 　その言葉は、先程の格闘で負ったどの打撃よりも、いや、それまでの人生で経験したどの痛みよりも深く容赦なく、男の腑に突き刺さった。 　はあ、と淀んだ息を一つ漏らしたっきり、彼は今度こそ全ての抵抗を諦め、ぐったりとその場にへたり込んだ。
February 13, 2025 at 1:31 PM
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恵那院に冷たくボコられたいし最後にホレイショみたいな台詞を言ってほしい妄想を書いた（1/2）
⚠️モブが出ます⚠️
⚠️ちょっと汚いです。失禁とか⚠️
　素人の振りかざす刃物にいちいち怯む男ではない。 　目の前の警官が――恵那院肇が、そういう水準にいる人間であると見抜けなかった時点で、彼の命運はすでに決していた。 　学生時代からラグビーで鍛え続けてきた腕力は、握り込んだサバイバルナイフに、それなりの勢いを与えはした。だが、恵那院が懐からノーモーションで振り抜いた警棒のそれに比べれば、止まっているも同然だった。 　警棒の鈍い光が尾を引いた。 　同時に、男の手が、勝手にナイフを離してしまった。 　――なんでだ？？ 　あっけなく足元へと落ちていくナイフのスローモーションを眺めながら、彼は一瞬、混乱した。警官一人にビビって震えるような手を持った覚えはない。 　――何が起こった？ 　心中でもう一度問いかけた瞬間、手が、疑問に応えた。 　激烈な痛みという形で。 「むぎゃあっ！」 　誰かの、汚い悲鳴が聞こえた。すごく近くで。 　――いや違う、俺だ！　俺の喉から漏れたんだ！ 　彼はそう気づいて、さらに狼狽した。こんな情けない悲鳴を漏らすような喉を自分が持っていたなどと、信じられない。 　やはり違う、これは俺じゃない。こんなのは俺じゃない。俺はこんなチンケな犯罪を見抜かれて、警官に追い詰められて、悲鳴をあげるような人間ではない。そうだ、ナイフなど要らない。もともと要らなかったのだ。相手は多少鍛えているとはいえ、明らかに一八〇ｃｍもないチビだ。こんな奴、現役時代には三～四人まとめて跳ね飛ばしてきた。強引に突っ込めば簡単に押し倒せる。地面に倒してマウントポジションを取ってしまえば、もうどうということはない。 　折れかけた自信を瞬時に――現実時間においてほんの一秒足らずのうちに取り戻し、男が下半身を沈め、タックルの体勢に入る。 　両足で強引に地面を踏み締め、そして腹筋に力を入れた瞬間。 　何か、熱く薄いものが、その中を通り抜けた。 　間違いない。何かが土手っ腹を通り抜けた。無遠慮に。 　皮膚も内臓も骨もまとめて、右から左へと。 　斬られた。 　斬られた！ 　俺はいま、腹を切り裂かれた！ 「ぎぃやぁっ！？」 　反射的に両手で胴を支えながら、彼は地面に転がった。 　逃走も反撃も二の次だ、今はとにかく、この手を離したら終わりだ。そう、心底信じた。腹の皮膚を、むしりとらんばかりに握りしめて、その中から臓物がどろりと溢れ出てくるのを必死に抑えこんだ。 　人の腹を、腑に達するまで裂いたらどうなるか。 　腸が溢れるほどの深傷を負った人間がどう死んでいくのか。 　つい先日、彼はその目でしっかりと確かめて、知っている。その光景が再び思い出され、視界に蘇った瞬間、その口から今度は、ひゃああという裏返った悲鳴が流れた。目からは涙が溢れた。鼻からは鼻水が垂れた。失禁もした。 「し、死ぬぅ！　殺されるぅ！」 　のたうちまわりながらそう喚く男に、 「腹を打たれたぐらいで、大袈裟ですよ」 　恵那院は冷たく吐き捨て、同時に、手にした日本刀にべっとりとついている男の返り血を、一振りのうちに払った。 　……否、それは、彼の鋭利極まる剣筋が見せた錯覚であった。 　その手に握られているのは、警察庁の定める規格の範囲に全く収まった、刃物としての切れ味など欠片も持たされていない、ただの特殊警棒である。 　男がそれに気づいたのは――一通りの情けない悲鳴を撒き散らした上、股間を濡らした尿が幾分冷め始めて、ようやくのことだった。 　斬られてなどいない。自分がそう勘違いしただけだ。 　そう気づいたとき、今度は、怒り混じりの聞き苦しい泣き声を漏らし始めた。消えてしまいたいとばかりに身を捩り、拳で地面を乱雑に叩きつける。 「取り急ぎ、公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕します」 　男の醜態にも眉ひとつ動かさず、警棒を畳んでショルダーホルスターに収めながら、恵那院が淡々と述べる。
February 13, 2025 at 1:29 PM
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ポンちゃんのピンチに焦る巡を悪巡が誘惑してくるSS（7〜9/9P）
　声を絞り出す。 「そんな使い方だけは絶対にしない。昔の俺とは違う。そう決めたんだ。絶対にダメだ」 『ああ、ダメだよな』 　鏡の中からまとわりつく声は、優しく、温かい。 『俺だって、これが正しいとは思ってないさ。ポンちゃんを助けてやるだけだ』 　一本木。 　相棒の名前が、巡の脳内にこだまする。 　他の人質たちと共に、暗い部屋に閉じ込められて不安そうにしている彼女の姿を、今また彼は想起した。 　その傍には、もはや残り少なくなったカウントを、静かに、無慈悲に刻み続ける爆薬が置かれている。 　――違う。 　どれもこれも、他愛もない想像だ。 　巡はかぶりを振って、幻影をかき消そうとする。 『だけど、おおむね事実だぜ』 　葦のような細指に眉間を指されて、巡は我に帰った。 　否――夢想と錯乱のさらに奥深くに堕ちたのかもしれない。そう思った。 　もう一人の自分が、今度こそ鏡から抜け出して、眼前に立っていた。 『ポンちゃんを助けたいんだろ？　俺ならそれが出来る。お前の代わりにやってやるよ』 　葦のような細指が、眉間から離れたかと思うと、喉元をかすかに突く。 　そのままうっすらと皮膚の表面をなぞりながら、喉仏から顎先へと、ゆっくり撫でていく。 　妖しく柔らかな感触に、力を吸い取られるような感覚がした。 『ほんのちょっとだけ寝てるだけで良い。目を覚ました時には全部終わってるさ。ずいぶんと疲れただろ？』 　ふと気がつくと、巡は鏡の中にいた。 　立ち位置が入れ替わっていたらしい。いやそれとも、世界そのものが入れ替わったのか？ 　ともかく、いまや鏡の外に立っているのは巡ではなく、もう一人の巡の方だった。いや――この際、もう一人の巡であるのは、自分の方かもしれない。 　主従が入れ替わったその異様を、巡はぼんやりと、どこか他人事のように見つめていた。 　ひどく心地が良く、安らかだった。 『何も心配せずに寝てな。俺に任せておけばいい』 　甘い声が、遠くから響いた。
December 17, 2024 at 1:12 PM
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ポンちゃんのピンチに焦る巡を悪巡が誘惑してくるSS（4〜6/9P）

精神防壁ってのはほらアレだよ
わかるだろ
もう一人の巡。 　ここにいるが、ここにはいない巡。 　彼は、巡に従う素振りなど一切見せず――髪色さえ漆黒に変えた傍若無人な佇まいで、全く自由に嗤っていた。 「ハッ、忘れてねえよ。自分の顔とガチ恋距離で話すのが気持ち悪くて仕方ねえだけだ」 『自分相手なのに、つれないな』 「お前は俺じゃねえ」 『俺はお前だよ』 　鏡の中の自分が口角を吊り上げるのを、巡は見た。 　――俺もいま、こんな顔をしてんのか？ 『ごまかしたって無駄だぜ。俺の考えはお前の考え、お前の感情は俺の感情だ。これはお前の頭が捻り出そうとしてる結論。他ならぬ、お前が選ぼうとしてる答えだ。だって俺は――』 「――お前は俺の一部だから、だろ」 　おー、というわざとらしい驚きの声と共に、鏡の中の巡が手を叩く。 「んなこと、最初からわかってんだよ」 『それなら話は早いよな』 「勘違いすんな。お前はあくまで俺の一部であって全部じゃねえ。思いついたってやらねえんだよ、そんなこと」 『お前はそうだろうな。で、大事な大事なポンちゃんを、このままみすみす死なせるってわけだ』 　ほとんど反射的に、巡の拳が鏡に叩きつけられ、一面にヒビを走らせた。 『だってそうだろ』 　ヒビの向こうで、黒髪の巡は、全く動じずにせせら笑い続けている。 『他に有効な手立てがあるか？　あいつの精神防壁（インプラント）は強力だ。俺たちの読心能力じゃ人質の居場所は百年かかったって読み取れない。ところがタイムリミットまでは、あとたったの数時間と来てる』 「わかってるよ」 『最後まで聞けよ。精神防壁（インプラント）をかけられるのは結局、記憶のわずかな領域だけだ ……今回の犯罪計画についてはきちんと処置したようだが、奴個人の記憶に関しては全くノーガードだ。例えば、ただ一人残した肉親のこと、とかな』 　黒髪の巡が、蜘蛛の巣状のヒビの上で、妖しく目を細める。 『戸籍やら何やらの外的な記録は念入りに消し去っていても、奴自身の記憶は消せない。小さいうちだけの話だったとはいえ男手ひとつで育てた大事な大事な娘だ、当たり前だよな。名前と歳さえわかれば後は簡単に見つかる。なんたって俺たちは警察なんだ』 　妖しい微笑みが、影を纏って、じっとりと迫ってくる。 　違う、自分が鏡に近づいてしまっているのだ。 『テレパシーで話しかければバレやしない。ポンちゃんの監禁場所を教えてもらうだけだ。別に、娘に本当に危害を加えることはないし……後からあいつの記憶をそっくり消しちまえば、違法尋問が問題になることもない、だろ？』 　蜘蛛の巣の中から、黒い手袋を纏った細い指が伸びて、顎先に触れた。 　少なくとも、巡にはそう感じられた。その瞬間、彼の全身が硬直した。 「絶対にやらない」
December 17, 2024 at 1:12 PM
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素敵な巡巡イラストに当てられて思わず書いた、ポンちゃんのピンチに焦る巡を悪巡が誘惑してくるSS（1〜3/9P）

こっちにも投稿
オリ設定盛り盛りなのでご注意ください
　カランの取っ手を、一番左まで回してから引き下げ、キンキンに冷えきった真冬の水道水を流す。水栓による制御をほぼ完全に失ったそれは、ほとんど氷柱のような澱みない姿で、シンクへと勢いよく突き立つ。 　その奔流を両手で受け止め、顔に叩きつける。 　二度。 　三度。 　洗面台が水飛沫まみれになるのも構わず。 　四度目でようやく、その冷たさが、わずかながら皮膚の下へと染み入ったような気がした。 　念のため、さらに二回ほど顔を洗ってから、手探りで水を止める。 　そのままシンクに両手をつき、しばらく待った。まだ凍らずに液体を保っているのが不思議なほどに冷たい水滴が、顔の熱をさらに奪いながらポタポタと滴っていく。その感触だけに集中した。 　――落ち着け。 　心の中で、自分に言って聞かせる。 ――冷静になれ、巡。考えろ。 　ひたすらそう唱えた。 　甚だ心許ないが、効果が全くないわけではなさそうだ。少なくともついさっきまでは、心の中で別の言葉を唱える余裕さえなかったのだ。 　深呼吸を鋭く、三回繰り返す。 　これぐらいでいいだろうか？　本当に自分は冷静さを取り戻しただろうか？ 　もはやわからない。わからないが、かといって、虚心平気の境地、無我の静寂にこの心が到達するまでずっとこうしているわけにもいかない。 　手探りでタオルを取り、乱暴に水滴を拭き取ると、いま一度鋭く息を吐きながら顔を上げた。 　ついさっきまで焦燥に歪んでいた視界が、今は随分とはっきりしていた。明かりをつけないままの洗面室は、そのまま夕闇にどっぷりと沈んで、もう随分と薄暗い。鏡の中の自分の顔にも、随分と影が差して―― 「くそっ」 　――巡は、鏡を見つめながら、そう毒づいた。 『随分な挨拶だな』 　巡が嗤う。 「……歳はとりたくねえな。昔なら二徹ぐらいでお前が視えたりしなかった」 『俺は思ったより早く会えて嬉しいぜ、巡ちゃん』 「なんだその呼び方、気色悪ぃ」 　否、巡であって、巡ではない。 『そう言うなって。ちゃん付けブームが来てんだよ、俺らの中で』 「お前の中でだろうが」 『ってことはつまり、お前の中ってことでもあるだろ？　最近、随分と楽しそうにポンちゃんポンちゃんって呼んでるじゃないか』 「チッ」 『おっと、目を逸らしても無駄だぜ。こうなると俺はどこにだって現れる。窓ガラスにだって、スマホの画面にだってな。知ってるだろ？』 　鏡の中で、巡が、楽しげに嗤った。 　虚像であることを捨て去り、鏡の前に立つ巡の動きからすっかり解き放たれた、
December 17, 2024 at 1:12 PM
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超巡がハセガワさんを怒らせて天井裏に連れてかれるお話（5〜8/8P）

パワーバランス、ハセガワさん>>>>>>超条パイセンだと俺が嬉しい
しかしそうなると超巡ほんと交番内のヒエラルキー低くなるな……
こう、言葉を発する前に、ハセガワさんの手が俺の顔を問答無用で掴んできて。 　あっやばい、って思った瞬間、そのままものすげー力で引きずり上げられて。 　 　……気がついたらこのデスクにいて、報告書を書いてたんだよ。 　 　いや、わかんねーよ。 　でも報告書は何枚かすでに仕上がってんだよ。それに、ネカフェに入ったのが昼過ぎだったのに、その時には交番の外が真っ暗になってたからな。結構な時間が経ってたとは思うな。 　俺、何してたんだっけ？　ネカフェでハセガワさんに捕まって、その後どうなったんだっけ？　つうかあれは本当にハセガワさんだったのか？　よく考えなくてもただの夢じゃねえの？　って必死に記憶を辿ったんだけど、思い出せなくてな。 　混乱してたら……誰かが手元に暖かいコーヒーを置いてくれてな。 　振り向いたら、ハセガワさんだったよ。 　ニコニコしてたわ。 　でも、何も言わなかったな。 　困ったような笑顔で、ニコニコしてるだけ。 　 　わかるか？　 　あれ以来、俺はハセガワさんには逆らわないって決めてんだ。 　もちろん、俺らがあちこち行ってる間の留守をカバーしてくれてるってのが大前提にあるけどな。 　……いや、ハセガワさんはそうじゃねえし、仮に超能力者でもさすがに瞬間移動はできねえよ。 だから、わかんねえんだよ。 　変な話だけどな、もしかして世の中の〝天井裏〟ってどこかで全て繋がってんじゃねえのかな。モンスターズインクのドアみてーに。 　だってそうでもなきゃ説明できねえだろ……？　だから怖えんだよ。 　まあ、これでわかったろ、ポン巡。 　あの人はいい人だけど、マジで得体が知れねえからな。 　今後は気をつけろ。 　特に、あの人の抹茶アイスを食べてしまうような真似だけは絶対にするな。さもなくばお前も天井裏に引き摺り込まれんぞ。 　……伽倻子じゃないんだからって、いや、やってること実際ほぼ伽倻子だろうが。 　あっ、そうだ、あとな。 　これはもっと大事なことだ。 　この話……お前には聞かせるなって言われてるから、俺から聞いたってことはくれぐれも内緒にしとけよ。 　さあな。新人に怖がられたりするのが嫌なんじゃねえの？ 　話してよかったのかって……別にいいだろ、バレなけりゃ。 　あの人の恐ろしさを後輩に教えてやるのも、先輩の務めだからな。 　はあ？ 　……オイオイオイオイ。 　オイオイオイオイオイオイオイ。 　ポン巡、ポン巡、ポンちゃんよぉ。 　新米とはいえ子供じゃねえんだから……そんなベタなオチで今どき誰がビビんだよ？ お前、怪談話のセンスはねえな。二丁目のあたりに怪談バーってあるの知ってるか？　一度行って勉強してこいよ、バッティングセンターの裏あたりだ。 　しつけーぞ、ポン巡。 　あのな、そうやって必死に話せば話すほど怖く無くなるもんなんだよ、こーゆーのは。 　………………マジで言ってんのか？ 　いやいやいや。 　いやいやいやいや、バカお前。 　そういうのは良くねーぞ。 　これでもし本当にハセガワさんがいたら、もう終わりだぞ俺。 　この話をお前に聞かせたなんて知ったら、怒るに決まってんだからなあの人。 　バッカ、バッカお前……。 　あのな、そういうフカシは超能力者の俺には通用しねえんだよ、まだわからねえか。 　見てろ、心を読めばこんなもん……？ 　 　いや……は？ 　マジじゃねえか。 　えっ、いま俺の後ろにいんの？ 　天井からぶら下がってる？ 　えーっと、ちなみに顔は？　怒ってる？ 　見えない。俺の頭で隠れてちょうど見えない。なるほどな……。 　 　……ハセガワさん、いや、これにはですね、俺なりの深いわけというか考えがあってですね。 　こないだのようにこの新米がハセガワさんに舐めた真似をしないように、きちんと教えておくの も俺の務めかと判断しまして……。 　あっ！？ 　ちょっ、ちょっと待っ、掴まないでください！ 　首がもげ……恐ろしい力だ！！ 　いや、ちょ、天井裏だけはご勘弁を！ 　ポン巡！　ポン巡！　ポンちゃん！！ 　頼む、この人説得してくれ！　あ、ちょ、待ってくれ、行くな！ 　無理無理無理怖い怖い怖い、俺どうなんの！？　待った、ハセガワさん！　ごめんなさいハセガワさん！！　ハセガワさん！！
July 24, 2024 at 11:00 AM
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超巡がハセガワさんを怒らせて天井裏に連れてかれるお話（1〜4/8P）

登場間際の今しか書けないハセガワさん捏造SS
ポン巡、ポン巡、ポン巡よぉ。 　お前まだ、いまいちわかってねえな。 　いまハセガワさん居ねえみたいだから、こっそり教えとくけどな……あの人、怒ったらめちゃくちゃ怖えんだぞ？ 　怒られたこと？ 　あるからこんなこと言ってんだろうが。 　まあ俺もよ、この交番に赴任してきたばかりの頃は、それまでにいろいろあったから、ひねくれてたし不真面目だったんだよ。 　ああ？　まるで今はそうじゃないみたいな言い方するな？ 　どこがだよ。珍宿の平和のために、後ろ指刺されながらも日々頑張ってんだろうが、ったく。 　話を戻すぞ。 　で、まあ……来て何日もしない頃に、結構なレベルのミスをやらかしたんだよ。 　ミスっていうか、超能力をちょっと派手に使いすぎたんだよな。そうだ、お前んとこの道場に押しかけたヤー公を追っ払った時あっただろ、ちょうどあんな感じだよ。あれよりもう少し派手だったっけな。 　あの後お前、そりゃもうすげー枚数の報告書を書いただろ？　大変だったよな？ 　当時の俺は、それがめんどくさかったわけだ。 　……ちっげぇよポン巡、あの時はあくまで新米のお前に報告書の書き方を覚えてもらおうという俺なりの指導をだな。 　ああ？ 　あー、俺あの時「めんどくせえ」って自分で言ってたっけ？ 　ああ、悪かった悪かった。 あっ！？　よしちょっと待て、マジで悪かった、待て待て待てわかったから襟を掴むな！　あの件は俺が悪かったって！　ちょ、助けてハセガワさ――あっ、いないんだった痛（ツ）ァ！！ 　 　クソ……柔道なんか適当にこなしてたのに、お前がここに来てから受け身が上手くなっちまった。 　ああ？　話の続きだぁ？ 　お前、今さっき床に叩きつけたばかりの相手によくそんなこと言えんな……。 　 　どこまで話したっけな。ああそうそう、報告書を山ほど書かなきゃいけなくなったんだ。 　でもめんどくさかったから俺はバックれたわけよ。シンプルだろ。 　ん？　シンプルに最低？ 　まあ、さすがにそこは俺も反論しねえよ。 　で、交番に戻ったら報告書を書かないわけにいかねえだろ？　だから戻らねーことにしたわけだ。 　それとなく傾奇町から逆方向へ進んで、ぷらぷら歩いて、わざわざ南口のあたりまで行ってネカフェに入ってな。個室取って、ひたすらビーダマンとかベイブレードとか読んでたんだよ……そういや、あそこコロコロの単行本まであって品揃え良かったんだけどなぁ。もう再開発で潰れちまったのが残念だ。 　まあそれで、二時間ぐらい経った頃だったな。 　漫画読んでたら、ふと、こう……首筋に変な感触がしたんだよ。 　虫でも止まったみてーな感じだな。もしくは、襟のあたりでほつれた糸が肌に触ってるみてーな感じか。 二度三度、手で払ったんだけど、取れなくてよ。 　気になって、振り向いて確かめたんだけど、何もねえんだよな。襟も調べたけど、糸屑みたいなものも出てねえ。 　まあ気のせいかと思って、机の方にまた向き直ったら……またすぐにその感覚がするんだよ。 　いい加減、俺もイライラしてな、今度はバッと振り向いて、首のあたりをまさぐった。 　そうしたらな、髪の毛がついてた。 　すげー長い髪の毛。下手したら一ｍはあったんじゃねえかな。 　もちろん俺のじゃねえよ。 　どこでこんなもん付けられたんだと思って、イライラしながら机の方に向き直ったら……。 　ポン巡、その時の俺の気持ちが想像つくか？ 　髪だよ。 　人の髪。 　髪の毛じゃなくて、髪そのものな。束でだよ。 　ばさっと、目の前にぶら下がってんの。すげー長さと量の髪が。 　なんだこんなとこにあるのかわからねーけど、ともかく髪だとはすぐわかったな。人の髪って似てるものが他にあまりねえから、あんなとこにいきなりぶら下がってきても、うわ髪の毛だ、ってわかっちまうんだよな。 　俺もさすがに声が出たわ。意味わからなすぎて。 　肝試しの仕掛けみたいに、誰かがカツラでいたずらしてんのかとも一瞬思ったんだが……尋常じゃねー毛量なんだよ。カツラの毛量じゃねーんだよ。クセも独特で。 　でな……その量も長さもクセも、よく考えてみると俺には見覚えがあったんだよ。 ビビりながらも、ついさっきどこかで見た気がすんなーって気づいてな。 　つい数時間前、署でお偉方にしこたま怒られた時、横に立ってた人の髪にそっくりだったよ。 　いやでもまさか、そんなことあるか？　ってまだ半信半疑だったんだが、実際人の髪の毛がこうして降ってきてる時点で、もう十分〝まさか〟だからな。 　一応、一応確認だけはしとこうと思って、そーっと上を見たら……。 　いや、わかるぞ。嘘だと思うよな？ 　でもマジなんだよ。 　ハセガワさんがいたんだよ、そこに。 　あの人の顔が、こっちを見下ろしてたんだよ、天井からぶら下がって。あのすげーボリュームの髪をどっさりと垂らしながら。 　さすがにビビったわ。 　俺はそもそも超能力者だし、曲がりなりにも珍宿で何年か警察官やってきたから、大概のことにはビビらねえ自信があったんだけど……あの時だけはマジでビビったな。 　お前、天井からぶら下がった人間に見下ろされたことあるか？　すげーインパクトだぞ。 　そんなわけねーんだけど、髪が首に絡みついてくるような気さえしたわ。 　でまた、顔が怖えんだよ……ネカフェだから暗くてはっきりとは見えないんだけど、じーっと俺のことを見てるだけはわかったんだよ。 　だらっと下がった髪の奥で、目だけがゆらゆら光って見えてな。 　やばい、さすがに謝ろう、って俺も思ったんだけどよ……。
July 24, 2024 at 10:58 AM