悔しい。口惜しい。奏人が告げたことは全て正解で、兵士はそのことへ改めて歯噛みした。
「いつか必ず殺してやる……っ」
そう呟いた瞬間。首に温かい感触が走った。目の前が赤い。これはなんだろうと考えると同時に、視界が大きく傾いた。
銀色。銀色が見える。
何故、ここに律王がいるのだろう。いや、それよりも世界が逆さまに見えるのはどういうわけなのか。
疑問は黒塗り。
永遠の、黒塗り。
悔しい。口惜しい。奏人が告げたことは全て正解で、兵士はそのことへ改めて歯噛みした。
「いつか必ず殺してやる……っ」
そう呟いた瞬間。首に温かい感触が走った。目の前が赤い。これはなんだろうと考えると同時に、視界が大きく傾いた。
銀色。銀色が見える。
何故、ここに律王がいるのだろう。いや、それよりも世界が逆さまに見えるのはどういうわけなのか。
疑問は黒塗り。
永遠の、黒塗り。
「あ……」
背後から届く、凛とした声。慌てて振り返ると、そこに用を済ませて戻ってきたシンの姿があった。
柔和な笑顔と優しい人柄。屈強な姿からは想像もつかない、温厚な治癒師。その肩からかけられている金糸のショールは、今や侍従や兵士たちの最高位を示す。
「なんでもないよ、シン。ちょっと話していただけだ」
「ですが、カナトさん」
シン、と奏人が否を告げる。仕方なさそうに嘆息すると、仕方なさそうにシンは兵士へ持ち場に戻るよう命じた。
深々と一礼して踵を返す兵士の背中に突き刺ささる、シンの冷たい視線。
自分は今、人間に庇われたのかと拳を握る。
「あ……」
背後から届く、凛とした声。慌てて振り返ると、そこに用を済ませて戻ってきたシンの姿があった。
柔和な笑顔と優しい人柄。屈強な姿からは想像もつかない、温厚な治癒師。その肩からかけられている金糸のショールは、今や侍従や兵士たちの最高位を示す。
「なんでもないよ、シン。ちょっと話していただけだ」
「ですが、カナトさん」
シン、と奏人が否を告げる。仕方なさそうに嘆息すると、仕方なさそうにシンは兵士へ持ち場に戻るよう命じた。
深々と一礼して踵を返す兵士の背中に突き刺ささる、シンの冷たい視線。
自分は今、人間に庇われたのかと拳を握る。
「あ、すみません。中断させて。どうぞ、続けてください」
無害そうな顔を先を促す奏人にペザンテが兵士を見遣り、フン、と鼻を鳴らした。
妖獣にまで馬鹿にされ帯刀している件を抜こうと手をかける。
「ガル、ガルル?(その手を、どうするつもりだ?)」
ヒヤリ、その場に漆黒の冷気が立ち込める。それは兵士の律力を圧倒するもので、それなりの自負を抱いていた兵士は額から溢れる汗に唇を噛んだ。
「あ、すみません。中断させて。どうぞ、続けてください」
無害そうな顔を先を促す奏人にペザンテが兵士を見遣り、フン、と鼻を鳴らした。
妖獣にまで馬鹿にされ帯刀している件を抜こうと手をかける。
「ガル、ガルル?(その手を、どうするつもりだ?)」
ヒヤリ、その場に漆黒の冷気が立ち込める。それは兵士の律力を圧倒するもので、それなりの自負を抱いていた兵士は額から溢れる汗に唇を噛んだ。
「俺は人間なので、ソロが飽きたら捨てられて死ぬだけです」
これにペザンテが待ったをかけようとするが、それより先に兵士が顔を顰めて口を開く。
「分かってるんなら、もっと目立たなくしろ! こんな風に我が物顔で出歩かれると目障りなんだよ!」
「そう、言われても……これは俺の仕事で」
「うるさいッ! 人間が偉そうに仕事を語るなっ!」
ペザンテが唸る。鋭い牙を覗かせて、奏人と兵士の間に立ち塞がった。
「ペザンテ、いいから」
「ガル(駄目だ)」
「大丈夫だって。シンたちがいない時にしか俺に文句言えないんだし、言わせてあげないと」
「な……っ」
「可哀想だろ?」
「俺は人間なので、ソロが飽きたら捨てられて死ぬだけです」
これにペザンテが待ったをかけようとするが、それより先に兵士が顔を顰めて口を開く。
「分かってるんなら、もっと目立たなくしろ! こんな風に我が物顔で出歩かれると目障りなんだよ!」
「そう、言われても……これは俺の仕事で」
「うるさいッ! 人間が偉そうに仕事を語るなっ!」
ペザンテが唸る。鋭い牙を覗かせて、奏人と兵士の間に立ち塞がった。
「ペザンテ、いいから」
「ガル(駄目だ)」
「大丈夫だって。シンたちがいない時にしか俺に文句言えないんだし、言わせてあげないと」
「な……っ」
「可哀想だろ?」
急に現れたかと思えば、奏人を奏人だと認識した途端の罵倒。ペザンテが強制的に排除しようと動いたのを察して、奏人がそれを止める。不服そうな妖獣の頭を撫でて、奏人自らその兵士に向き合った。
彼は書庫を担当する護衛の兵士。何度か顔を見たことがある。亜麻色の髪に紺色の瞳。兵士だけあって上背がある。
「えっと、ちゃんと分かっているので大丈夫です」
というか、そんな当たり前のことを何故今更口にするのかが分からない。ソロが奏人を大切にしてくれているから、周囲も奏人を大切にしてくれる。そんなことは、百も承知だ。むしろ、そうでなくては良くして貰う理由がない。
▶
急に現れたかと思えば、奏人を奏人だと認識した途端の罵倒。ペザンテが強制的に排除しようと動いたのを察して、奏人がそれを止める。不服そうな妖獣の頭を撫でて、奏人自らその兵士に向き合った。
彼は書庫を担当する護衛の兵士。何度か顔を見たことがある。亜麻色の髪に紺色の瞳。兵士だけあって上背がある。
「えっと、ちゃんと分かっているので大丈夫です」
というか、そんな当たり前のことを何故今更口にするのかが分からない。ソロが奏人を大切にしてくれているから、周囲も奏人を大切にしてくれる。そんなことは、百も承知だ。むしろ、そうでなくては良くして貰う理由がない。
▶
御意、とフォニックが答えて次の仕事をソロに差し出す。
銀糸の侍従たちは流石は侍従統括だと、目をキラキラさせて感激していた。
この程度こなせねば金糸の侍従は名乗れない。
今日も今日とてソロに仕事をさせるため、フォニックはあの手この手を使って奮闘していた。
fin
御意、とフォニックが答えて次の仕事をソロに差し出す。
銀糸の侍従たちは流石は侍従統括だと、目をキラキラさせて感激していた。
この程度こなせねば金糸の侍従は名乗れない。
今日も今日とてソロに仕事をさせるため、フォニックはあの手この手を使って奮闘していた。
fin
その通りだと言わんばかりにソロが頷く。そうだろう、そうだろうと満足そうだ。
唸り始めていた空が再び晴れ、ソロは笑顔を取り戻して奏人に視線を戻した。
「愛らしいことだ。この姿を眺めているだけで幸せになる」
「カナトさんの存在は、まさに至高でございますから」
フ、とソロが笑う。完全に機嫌を直した主の姿を確認したフォニックが、すかさず言葉を添えた。
「カナトさんも、我が君の執務中のお姿が大好きだと常々仰っておられます。今この時も、きっと夢の中で我が君の凛々しいお姿を見ておられるはずです」
ソロが押し黙る。葛藤しているのがよく分かる顔だった。
「……次の案件を持て」
④
その通りだと言わんばかりにソロが頷く。そうだろう、そうだろうと満足そうだ。
唸り始めていた空が再び晴れ、ソロは笑顔を取り戻して奏人に視線を戻した。
「愛らしいことだ。この姿を眺めているだけで幸せになる」
「カナトさんの存在は、まさに至高でございますから」
フ、とソロが笑う。完全に機嫌を直した主の姿を確認したフォニックが、すかさず言葉を添えた。
「カナトさんも、我が君の執務中のお姿が大好きだと常々仰っておられます。今この時も、きっと夢の中で我が君の凛々しいお姿を見ておられるはずです」
ソロが押し黙る。葛藤しているのがよく分かる顔だった。
「……次の案件を持て」
④
空が曇り始める。ゴロゴロと唸りを上げる曇天に、フォニックが慌てたように執務室へ飛び込んで来た。
「我が君! 何かございましたかっ?」
「……フォニックか。お前はカナトのこの姿を見て、どう思う」
どう、と言われてフォニックはソロが眺めていた水晶球を覗いた。涎を垂らして眠る奏人だ。爆睡中である。
嗚呼……なるほど。一人腹の底で納得して、こっそり嘆息した。困惑しきった表情の部下たちを背に、フォニックは口を開く。
「愛くるしいことこの上ないかと。流石はカナトさんでいらっしゃいます。我が君のご寵愛の深さが水晶を通しても滲んでおられます。愛らしさに底が知れません」
③
空が曇り始める。ゴロゴロと唸りを上げる曇天に、フォニックが慌てたように執務室へ飛び込んで来た。
「我が君! 何かございましたかっ?」
「……フォニックか。お前はカナトのこの姿を見て、どう思う」
どう、と言われてフォニックはソロが眺めていた水晶球を覗いた。涎を垂らして眠る奏人だ。爆睡中である。
嗚呼……なるほど。一人腹の底で納得して、こっそり嘆息した。困惑しきった表情の部下たちを背に、フォニックは口を開く。
「愛くるしいことこの上ないかと。流石はカナトさんでいらっしゃいます。我が君のご寵愛の深さが水晶を通しても滲んでおられます。愛らしさに底が知れません」
③