秋村
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秋村
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雑多垢。
 書庫を出て、持ち場へと戻る足が重い。

 悔しい。口惜しい。奏人が告げたことは全て正解で、兵士はそのことへ改めて歯噛みした。

「いつか必ず殺してやる……っ」

 そう呟いた瞬間。首に温かい感触が走った。目の前が赤い。これはなんだろうと考えると同時に、視界が大きく傾いた。

 銀色。銀色が見える。

 何故、ここに律王がいるのだろう。いや、それよりも世界が逆さまに見えるのはどういうわけなのか。

 疑問は黒塗り。

 永遠の、黒塗り。
April 9, 2024 at 2:20 AM
「君、そこで何をしているの?」
「あ……」

 背後から届く、凛とした声。慌てて振り返ると、そこに用を済ませて戻ってきたシンの姿があった。

 柔和な笑顔と優しい人柄。屈強な姿からは想像もつかない、温厚な治癒師。その肩からかけられている金糸のショールは、今や侍従や兵士たちの最高位を示す。

「なんでもないよ、シン。ちょっと話していただけだ」

「ですが、カナトさん」

 シン、と奏人が否を告げる。仕方なさそうに嘆息すると、仕方なさそうにシンは兵士へ持ち場に戻るよう命じた。

 深々と一礼して踵を返す兵士の背中に突き刺ささる、シンの冷たい視線。

 自分は今、人間に庇われたのかと拳を握る。
April 9, 2024 at 2:09 AM
 可哀想。そう言われた兵士は顔を真っ赤にして、体を震わせる。実際、金糸の二人がいないから奏人に近寄った。いつものように金糸の侍従たちがいたなら、面と向かってこんなことは言えなかっただろう。

「あ、すみません。中断させて。どうぞ、続けてください」

 無害そうな顔を先を促す奏人にペザンテが兵士を見遣り、フン、と鼻を鳴らした。

 妖獣にまで馬鹿にされ帯刀している件を抜こうと手をかける。

「ガル、ガルル?(その手を、どうするつもりだ?)」

 ヒヤリ、その場に漆黒の冷気が立ち込める。それは兵士の律力を圧倒するもので、それなりの自負を抱いていた兵士は額から溢れる汗に唇を噛んだ。
April 9, 2024 at 1:59 AM

「俺は人間なので、ソロが飽きたら捨てられて死ぬだけです」

 これにペザンテが待ったをかけようとするが、それより先に兵士が顔を顰めて口を開く。

「分かってるんなら、もっと目立たなくしろ! こんな風に我が物顔で出歩かれると目障りなんだよ!」

「そう、言われても……これは俺の仕事で」

「うるさいッ! 人間が偉そうに仕事を語るなっ!」

 ペザンテが唸る。鋭い牙を覗かせて、奏人と兵士の間に立ち塞がった。

「ペザンテ、いいから」
「ガル(駄目だ)」

「大丈夫だって。シンたちがいない時にしか俺に文句言えないんだし、言わせてあげないと」

「な……っ」

「可哀想だろ?」
April 9, 2024 at 1:52 AM
「聞いてんのかよ!」

 急に現れたかと思えば、奏人を奏人だと認識した途端の罵倒。ペザンテが強制的に排除しようと動いたのを察して、奏人がそれを止める。不服そうな妖獣の頭を撫でて、奏人自らその兵士に向き合った。

 彼は書庫を担当する護衛の兵士。何度か顔を見たことがある。亜麻色の髪に紺色の瞳。兵士だけあって上背がある。

「えっと、ちゃんと分かっているので大丈夫です」

 というか、そんな当たり前のことを何故今更口にするのかが分からない。ソロが奏人を大切にしてくれているから、周囲も奏人を大切にしてくれる。そんなことは、百も承知だ。むしろ、そうでなくては良くして貰う理由がない。

April 9, 2024 at 1:44 AM


 御意、とフォニックが答えて次の仕事をソロに差し出す。
 銀糸の侍従たちは流石は侍従統括だと、目をキラキラさせて感激していた。

 この程度こなせねば金糸の侍従は名乗れない。

 今日も今日とてソロに仕事をさせるため、フォニックはあの手この手を使って奮闘していた。

fin
March 7, 2024 at 11:12 AM
 ③

 その通りだと言わんばかりにソロが頷く。そうだろう、そうだろうと満足そうだ。

 唸り始めていた空が再び晴れ、ソロは笑顔を取り戻して奏人に視線を戻した。

「愛らしいことだ。この姿を眺めているだけで幸せになる」
「カナトさんの存在は、まさに至高でございますから」

 フ、とソロが笑う。完全に機嫌を直した主の姿を確認したフォニックが、すかさず言葉を添えた。

「カナトさんも、我が君の執務中のお姿が大好きだと常々仰っておられます。今この時も、きっと夢の中で我が君の凛々しいお姿を見ておられるはずです」

 ソロが押し黙る。葛藤しているのがよく分かる顔だった。

「……次の案件を持て」

March 7, 2024 at 11:11 AM


 空が曇り始める。ゴロゴロと唸りを上げる曇天に、フォニックが慌てたように執務室へ飛び込んで来た。

「我が君! 何かございましたかっ?」

「……フォニックか。お前はカナトのこの姿を見て、どう思う」

 どう、と言われてフォニックはソロが眺めていた水晶球を覗いた。涎を垂らして眠る奏人だ。爆睡中である。

 嗚呼……なるほど。一人腹の底で納得して、こっそり嘆息した。困惑しきった表情の部下たちを背に、フォニックは口を開く。

「愛くるしいことこの上ないかと。流石はカナトさんでいらっしゃいます。我が君のご寵愛の深さが水晶を通しても滲んでおられます。愛らしさに底が知れません」

March 7, 2024 at 11:03 AM