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けれど───
「……それでも、私は。
この“誤差”を、見逃したくはありません」
ぽつりと、けれど真っ直ぐに零れた。
部屋の窓の向こうには、まだ夜が居座っていた。
未明の帳の中、答えの出ないままの問いだけが、静かに空気に溶けていた。
【終わり】
けれど───
「……それでも、私は。
この“誤差”を、見逃したくはありません」
ぽつりと、けれど真っ直ぐに零れた。
部屋の窓の向こうには、まだ夜が居座っていた。
未明の帳の中、答えの出ないままの問いだけが、静かに空気に溶けていた。
【終わり】
その言葉は、マハトの常識からすれば、非合理でしかなかった。
けれど、不思議とその言葉は心の稜線をささやかに撫でた。
それが“罪悪感”かどうか、まだ判別できない。
その言葉は、マハトの常識からすれば、非合理でしかなかった。
けれど、不思議とその言葉は心の稜線をささやかに撫でた。
それが“罪悪感”かどうか、まだ判別できない。
「君は、まだわからなくていい。……魔族なのだから」
「……」
「焦らなくていい。
私という、取るに足らぬ誤差を、君の永い永い時間の中に、そっと沈めていけばいい」
「……誤差、とは」
「君は、まだわからなくていい。……魔族なのだから」
「……」
「焦らなくていい。
私という、取るに足らぬ誤差を、君の永い永い時間の中に、そっと沈めていけばいい」
「……誤差、とは」
「ただ……」
マハトは、静かにグリュックの手を取った。
その手は骨ばって、ひどく冷たかった。
「これ以上、貴方が壊れてしまわれたら……」
意図せず、抑えきれないものが言葉をにじませた。
グリュックが目を閉じ、眠気に半ば沈みながら、ぽつりと口を開いた。
「ただ……」
マハトは、静かにグリュックの手を取った。
その手は骨ばって、ひどく冷たかった。
「これ以上、貴方が壊れてしまわれたら……」
意図せず、抑えきれないものが言葉をにじませた。
グリュックが目を閉じ、眠気に半ば沈みながら、ぽつりと口を開いた。
「……わかりません」
それが“貴方”という存在への心配なのか、
それとも“契約の対価を得られぬ恐れ”なのか、
己にも判断がつかない。
「……わかりません」
それが“貴方”という存在への心配なのか、
それとも“契約の対価を得られぬ恐れ”なのか、
己にも判断がつかない。
「そうだろうな……十年じゃ、足りなかったかもしれない」
「ならば、二十年でも三十年でも。……それが必要であれば、私は待ちます」
「君の中で、私は……まだ“観察対象”なのか?」
マハトは、言葉を選ぶように目を伏せた。
「そうだろうな……十年じゃ、足りなかったかもしれない」
「ならば、二十年でも三十年でも。……それが必要であれば、私は待ちます」
「君の中で、私は……まだ“観察対象”なのか?」
マハトは、言葉を選ぶように目を伏せた。
「しかし私は、いまだ“罪悪感”の罪の字すらも認識できておりません。どれだけ貴方のために手を汚しても、どれだけ敵を葬っても……胸の奥には、何も……残らないのです」
しばしの沈黙。
やがて、グリュックはかすかに微笑んだ。
苦味の滲む笑みだった。
「しかし私は、いまだ“罪悪感”の罪の字すらも認識できておりません。どれだけ貴方のために手を汚しても、どれだけ敵を葬っても……胸の奥には、何も……残らないのです」
しばしの沈黙。
やがて、グリュックはかすかに微笑んだ。
苦味の滲む笑みだった。
それでも、何一つ……理解できていない。
「……貴方は仰いました。“私なら、お前の知らない感情を教えられる”と」
「ああ。……言ったな」
それでも、何一つ……理解できていない。
「……貴方は仰いました。“私なら、お前の知らない感情を教えられる”と」
「ああ。……言ったな」
ようやく、グリュックがかすかに目を開いた。
「時間が……足りないと思っただけだよ」
「何の、時間が、ですか?」
「君に……何かを教えるにはね」
マハトの眉がわずかに動いた。
この十年、自身は数えきれない死を見届けてきた。
血に塗れた道を、貴方のために歩いた。
ようやく、グリュックがかすかに目を開いた。
「時間が……足りないと思っただけだよ」
「何の、時間が、ですか?」
「君に……何かを教えるにはね」
マハトの眉がわずかに動いた。
この十年、自身は数えきれない死を見届けてきた。
血に塗れた道を、貴方のために歩いた。
返事はない。
枕元の水差しに手を伸ばすことすら困難なほど、発熱に蝕まれたた体。
今の姿は、かつて夜会で誰よりも毅然としていた男の影を微かに留めるだけだった。
「……何をそんなに急がれるのですか」
返事はない。
枕元の水差しに手を伸ばすことすら困難なほど、発熱に蝕まれたた体。
今の姿は、かつて夜会で誰よりも毅然としていた男の影を微かに留めるだけだった。
「……何をそんなに急がれるのですか」
出会ってから、十年。
契約を交わしてから、ちょうど十年の時が過ぎていた。
「……貴族の敵はもうおりません。領主の座も盤石です。
貴方が無理をなさる理由は、もう、どこにも存在しないはずですが」
出会ってから、十年。
契約を交わしてから、ちょうど十年の時が過ぎていた。
「……貴族の敵はもうおりません。領主の座も盤石です。
貴方が無理をなさる理由は、もう、どこにも存在しないはずですが」
そしてマハトは思う。
赦しなど、最初から求めてなどいなかったのだと。
ただ───
もう一度だけ、あなたに「名前を呼ばれたい」と、それだけを望んでいたのだと。
【終わり】
そしてマハトは思う。
赦しなど、最初から求めてなどいなかったのだと。
ただ───
もう一度だけ、あなたに「名前を呼ばれたい」と、それだけを望んでいたのだと。
【終わり】
マハトは静かに、像の手を取った。
冷たい。だが、熱く感じた。
「……教えてください。あなたを壊した私を、あなたは赦してくださいますか?」
返事はない。
ただ、柔らかな笑みをたたえたまま、グリュックはそこに在った。
マハトは静かに、像の手を取った。
冷たい。だが、熱く感じた。
「……教えてください。あなたを壊した私を、あなたは赦してくださいますか?」
返事はない。
ただ、柔らかな笑みをたたえたまま、グリュックはそこに在った。
金の像は、黙して語らない。
けれどマハトは、そこに声を聞いているようだった。
「あなたはもう、何も言わない。何も返してはくれない。
それでも私は、今夜もここに来てしまうのです。
あなたがいないこの国で、私は、罪を知らないまま生き延びています」
金の像は、黙して語らない。
けれどマハトは、そこに声を聞いているようだった。
「あなたはもう、何も言わない。何も返してはくれない。
それでも私は、今夜もここに来てしまうのです。
あなたがいないこの国で、私は、罪を知らないまま生き延びています」
掌が震える。感情ではなく、魔力の残滓が揺らめいているだけ。
「それでも、どうして私は、夜ごとあなたの夢を見るのでしょう。
……夢に出るたび、あなたは私の頬を撫でて、“眠れ”と仰る。
私は魔族です。眠らずとも平気だというのに、あなたはいつも、私を労わる」
掌が震える。感情ではなく、魔力の残滓が揺らめいているだけ。
「それでも、どうして私は、夜ごとあなたの夢を見るのでしょう。
……夢に出るたび、あなたは私の頬を撫でて、“眠れ”と仰る。
私は魔族です。眠らずとも平気だというのに、あなたはいつも、私を労わる」
マハトは立ち上がる。
足元を見下ろせば、金に変わった石畳に、かつての自分たちの足跡が重なって見える気がした。
「……あなたを壊せば、私は罪悪感を知ると思っていました。
人間のような痛み、後悔、そして苦悩に、触れられると思った。
でも……何も起きなかった」
マハトは立ち上がる。
足元を見下ろせば、金に変わった石畳に、かつての自分たちの足跡が重なって見える気がした。
「……あなたを壊せば、私は罪悪感を知ると思っていました。
人間のような痛み、後悔、そして苦悩に、触れられると思った。
でも……何も起きなかった」
「私は、あなたに“親しみ”を覚えました。
三十年かけて、あなたの言葉の癖を、嘘のつき方を、怒り方を、寝息のリズムを、覚えました。
あなたが呼吸するたび、私はそれを“観察”と呼びましたが……本当は、ただ、心地よかっただけなのです」
「私は、あなたに“親しみ”を覚えました。
三十年かけて、あなたの言葉の癖を、嘘のつき方を、怒り方を、寝息のリズムを、覚えました。
あなたが呼吸するたび、私はそれを“観察”と呼びましたが……本当は、ただ、心地よかっただけなのです」