まあよく考えれば塾の講師のほうが賢いのはその通りだと思うのだが、塾の講師の賢さは全体に敷衍して語る能力で、自分の目指す賢さは専門的な知の体系であり、前提の賢さの認識が違ってて、もう高校にいる限りこの世界観から逃れられない感じがして気持ちが萎えてきた。
(塾の講師の方が賢いという指摘はその通りなのだが、塾の講師みたいな存在を批判し、自分の方が賢いと不遜にも言ってみせることも政治的なアティチュードとして必要なんじゃないか、と思う。)
まあよく考えれば塾の講師のほうが賢いのはその通りだと思うのだが、塾の講師の賢さは全体に敷衍して語る能力で、自分の目指す賢さは専門的な知の体系であり、前提の賢さの認識が違ってて、もう高校にいる限りこの世界観から逃れられない感じがして気持ちが萎えてきた。
(塾の講師の方が賢いという指摘はその通りなのだが、塾の講師みたいな存在を批判し、自分の方が賢いと不遜にも言ってみせることも政治的なアティチュードとして必要なんじゃないか、と思う。)
自分なりの東浩紀『存在論的、郵便的』読解というイメージで書いていたが、書いてくうちに結局郵便からヒュームの経験的なものにズレていき、想定よりねじれた内容で伝わりにくいかもな…って思いつつ、でもこのままでいいか、というマインドが大事かもな。ヒュームにズレこんだのも千葉雅也の「有限化」みたいなものが再び「幽霊」のように再現前したからなのか。そうゆう意味で哲学を読み始めたころに再び戻っている感覚もしなくはない。
自分なりの東浩紀『存在論的、郵便的』読解というイメージで書いていたが、書いてくうちに結局郵便からヒュームの経験的なものにズレていき、想定よりねじれた内容で伝わりにくいかもな…って思いつつ、でもこのままでいいか、というマインドが大事かもな。ヒュームにズレこんだのも千葉雅也の「有限化」みたいなものが再び「幽霊」のように再現前したからなのか。そうゆう意味で哲学を読み始めたころに再び戻っている感覚もしなくはない。
・一緒に勉強という体裁でカラオケ行って歌う。気を遣ってVaudyとか歌うのって有害な男性性だから大森靖子を歌った。
・「なんで音楽詳しいの?」
「rate your musicって知ってます…?」
と返したところ辺りから記憶がない。
ドリンクバーにめちゃくちゃ行った。その子は森田童子が好きだった。
・一緒に勉強という体裁でカラオケ行って歌う。気を遣ってVaudyとか歌うのって有害な男性性だから大森靖子を歌った。
・「なんで音楽詳しいの?」
「rate your musicって知ってます…?」
と返したところ辺りから記憶がない。
ドリンクバーにめちゃくちゃ行った。その子は森田童子が好きだった。