「なぜあの人物/あの層はああも芯がブレてるのか」と訝しがられる向きは、その気分の原理において実は一貫している。
はなから理の次元ではなく気分の問題なのでいくら論難されても「水を差された」一点で態度はむしろ強化され、当人の実際的な損得勘定すらも無視される。
だからそうした手合いにつけこむ輩のやり口も「それっぽいノリでそれっぽい言葉に踊っていい気分になる・させる」酩酊感に先鋭していくのだ。
「なぜあの人物/あの層はああも芯がブレてるのか」と訝しがられる向きは、その気分の原理において実は一貫している。
はなから理の次元ではなく気分の問題なのでいくら論難されても「水を差された」一点で態度はむしろ強化され、当人の実際的な損得勘定すらも無視される。
だからそうした手合いにつけこむ輩のやり口も「それっぽいノリでそれっぽい言葉に踊っていい気分になる・させる」酩酊感に先鋭していくのだ。