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生成AIによるクレムリンの偽情報への言及は「グルーミング」というよりも「データボイド」によるものであるという検証

1.はじめに 今回は、Harvard Kennedy School Misinformation Review 掲載の論文「LLMs grooming or data voids? LLM-powered chatbot references to Kremlin disinformation reflect information gaps, not manipulation」(…
生成AIによるクレムリンの偽情報への言及は「グルーミング」というよりも「データボイド」によるものであるという検証
1.はじめに 今回は、Harvard Kennedy School Misinformation Review 掲載の論文「LLMs grooming or data voids? LLM-powered chatbot references to Kremlin disinformation reflect information gaps, not manipulation」( 本論文は、NewsGuardの報告書で論じられ広く引用された指摘「ロシアの偽情報メディアが大規模言語モデル(LLM)を意図的に「グルーミング」(調教)し、親クレムリン(ロシア政府)の偽情報を復唱させている」を検証したものである。従来の「LLMグルーミング説」と本論文が提示した「データボイド説」の二つの対立する説明仮説を提示し、ChatGPT-4o、Gemini 2.5 Flash、Copilot、Grok-2の4つの主要なLLM搭載チャットボットを対象にした分析を実施した。結果、LLMグルーミング説を支持する証拠はほとんど見つからなかった。チャットボットの応答で偽情報を復唱するケースはまれで、偽情報サイトを参照するケースもごくわずかだった。参照した場合でも、チャットボットは情報源を「未検証」または「争点となっている」と、注意喚起つきで明示していた。 本論文の分析は、これらの結果が体系的なLLMグルーミングの兆候というよりも、チャットボットが「データボイド」に直面した際に生じたものだと結論づける。データボイドとは、特定の話題について検索結果が少なく、その空白を誤情報や偏った情報が埋めてしまう状況を指す。つまり、偽情報の参照は外国からの干渉よりも、オンライン上の信頼できる情報の不足が原因である可能性が高い。 これらの知見は、AIが偽情報にどのように脆弱であるかに関する理解を深める。主要なリスクは外国勢力による操作そのものよりも、オンライン上の情報の質が不均一であることに由来する可能性が高い。本論文は、敵対的行為者によるAI操作の脅威を過度に強調するよりも、十分に報道されていない論点について信頼できるコンテンツの入手可能性を高めることが重要であると強調している。 2.データボイドとは? 「データボイド」とは、マイクロソフトのMichael Golebiewski氏により2018年に提唱された概念で、米国拠点の非営利シンクタンクData & Societyの創設者であり、ジョージタウン大学教授でもあるDanah Boyd氏と共同で体系化された。この概念は、検索エンジンで話題を検索した際、ヒットする情報源がわずかであったり、全く存在しないという「データの欠落」の状態を指す。データボイドは脆弱性の一つであり、検索エンジンだけでなく、SNSの検索でも発生する。また、検索機能に限らず、特定の状況で参照できるデータが少ない場合(AIのデータセットなど)でもデータボイドは発生する。この現象の問題は、データボイドが発生している話題では、信憑性の低い情報源も主要な情報として提示されてしまう。そこにつけこんだ悪意ある行為者が、データボイドが発生しているトピックに対し、あらかじめ偽情報が載ったサイトを作ってしまうと、簡単に検索結果を操作できる。データボイドが脆弱性の一種と言われる理由はこの点にある。 INODSではこれまでにデータボイドに関する記事を複数公開している。 「データボイド脆弱性の危険性 「偽・誤情報の棚卸し2024」第3回」( Boyd氏がData&Societyに寄稿した「Making Sense of Data Voids ? Reckoning with Mis/Disinformation in 2024(データボイドを理解する/2024年の誤情報・偽情報への対処)」と題された文章を紹介している。Boyd氏によるデータボイド対策活動の総括となる文章で、データボイドは単なる技術的な脆弱性ではなく、複雑に絡み合った「Sociotechnical(社会技術的)」な問題であるということを正しく理解しなければ、我々はこの問題に対処できないことが説明されている。 「NewsGuardの一連の生成AIリスクに関する記事の意図」( 3.背景 2025年3月、偽情報を追跡する企業であるNewsGuardは、生成AIがロシアの偽情報を繰り返していると主張する報告書「A well-funded Moscow-based global ‘news’ network has infected Western artificial intelligence tools worldwide with Russian propaganda」( この報告書は、この結果が新たな偽情報戦術の存在を示唆していると論じた。つまり、LLMの「グルーミング」や、意図的にオンライン上に虚偽の主張をばら撒くことで、それらがチャットボットと連携した検索エンジンによってインデックス化(検索エンジンがWebページの内容を認識・分析し、データベースに登録すること)されたり、AIの学習データに取り込まれることを期待する戦術が存在することを、この結果は示唆している。LLMグルーミングはデータ汚染攻撃(data-poisoning attack)の一形態であり、大規模言語モデルの学習に用いられる素材に意図的に誤解を招く情報を混入させ、後にチャットボットがそれを繰り返すようにする操作手法である。 しかし、この報告書は透明性に欠けると本論文は指摘している。報告書では完全なプロンプト・セットやコーディング・スキームが提示されておらず、安全フィルターを回避することを目的とした不明瞭なプロンプトに依存していた。また、虚偽の主張をそのまま繰り返したケースと、チャットボットが偽情報として「注意喚起・ラベル付け」した主張とを混同して扱っていた。 論文では、この論争はLLMがいつ、なぜ偽情報を再生産するのか、そしてその再生産にどのようなメカニズムが寄与しているのかを理解する上で重要であるとしたうえで、これらの力学を理解することは、AIの信頼性評価や、デジタル情報の健全性をめぐるより広範な議論にとって不可欠であると強調する。 さらに留意すべき点として、NewsGuardは単なる研究機関ではなく、情報源の信頼性データベース(Source Reliability Database)を提供する企業であるという背景がある。 前項でNewsGuard自身が指摘していた「大手メディアの88%が生成AIに学習ライセンスを与えていないため、信頼できる情報源が不足している」という問題設定は、生成AIがどの情報源をどの程度重みづけて学習・参照すべきかという課題と直結している。この点において、情報源の信頼度に基づく重み付けや優先順位付けが必要になればなるほど、NewsGuardのデータベースの価値は高まるという背景を踏まえると、ビジネス的な意図が含まれている可能性を払拭できない点に留意すべきだ。 したがって、LLMが「グルーミング」という外部からの操作によって深刻に汚染されているという問題設定は、同社の提供するサービスの重要性を強調する方向に働く側面がある。このこと自体が報告書の結論を否定するものではないが、分析結果を評価する際には、研究内容と企業の利害関係とを切り分けて慎重に読む必要がある。 4.「LLMグルーミング」仮説 vs. 「データボイド」仮説 本研究では、競合する2つの仮説を置いた。 クレムリンと関係する行為者が、意図的にオンライン上で偽情報を拡散することで、LLMを「グルーミング」しているという仮説。
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December 18, 2025 at 11:23 PM
1月のウェビナー予定

AIと社会の問題を考えるASI勉強会第5回目のゲストは、AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む遠藤太一郎先生をお迎えします。「成人発達理論に基づいた、AIの垂直的成長を支援する学習フレームワーク」によるアプローチにより、AIの人間性や精神性を成長させる研究の内容と現状についてお話しをおうかがいします。ホストはbioshok氏と楊井人文氏です。 参加登録はこちらから 現代では女性の社会進出やキャリア志向が広がる一方、欧米では1950年代的な専業主婦像を理想化し、その価値観を「復権」させようとする“トラッドワイフ運動”が台頭。極右との親和性も指摘されています。…
1月のウェビナー予定
AIと社会の問題を考えるASI勉強会第5回目のゲストは、AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む遠藤太一郎先生をお迎えします。「成人発達理論に基づいた、AIの垂直的成長を支援する学習フレームワーク」によるアプローチにより、AIの人間性や精神性を成長させる研究の内容と現状についてお話しをおうかがいします。ホストはbioshok氏と楊井人文氏です。 参加登録はこちらから 現代では女性の社会進出やキャリア志向が広がる一方、欧米では1950年代的な専業主婦像を理想化し、その価値観を「復権」させようとする“トラッドワイフ運動”が台頭。極右との親和性も指摘されています。 日本でも同様の傾向は見られるのか――。社会調査支援機構チキラボでは、今年の参院選に合わせて実施した有権者調査をもとに、参政党を支持する女性層の特徴を分析・検証しました。 調査設計・分析を担当したチキラボ特任研究員・中村知世氏が解説します。 【予定トピック】・参政党支持者のジェンダー意識・参院選調査から見た、性役割意識と主婦の関係、参政党支持との関係・米欧での「トラッドワイフ(保守妻)」運動が日本で生じる可能性について考察※上記のトピックは変更する場合がございます。ご了承ください。 定員20名です。申し込みが10名を越えた場合は前日正午までに抽選を行います。当選は参加用URLの送付をもってかえさせていただきます。the Letterのサポーターに登録なさっている方はthe Letterと同じメールアドレスでお申し込みいただければ抽選なしでご参加いただけます。The Letter
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December 17, 2025 at 5:06 AM
1/19 15:00 ASI勉強会第5回AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む 遠藤太一郎

2026年1月19日15時よりAIと社会の問題を考えるASI勉強会第5回目のゲストは、AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む遠藤太一郎先生をお迎えします。「成人発達理論に基づいた、AIの垂直的成長を支援する学習フレームワーク」によるアプローチにより、AIの人間性や精神性を成長させる研究の内容と現状についてお話しをおうかがいします。ホストはbioshok氏と楊井人文氏です。 詳細と参加登録はこちらから
1/19 15:00 ASI勉強会第5回AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む 遠藤太一郎
2026年1月19日15時よりAIと社会の問題を考えるASI勉強会第5回目のゲストは、AIの制御不能リスクの解消に関する研究に取り組む遠藤太一郎先生をお迎えします。「成人発達理論に基づいた、AIの垂直的成長を支援する学習フレームワーク」によるアプローチにより、AIの人間性や精神性を成長させる研究の内容と現状についてお話しをおうかがいします。ホストはbioshok氏と楊井人文氏です。 詳細と参加登録はこちらから
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December 17, 2025 at 3:30 AM
サイバー空間の脅威——「超限戦」から日本の新法制まで〈サイバー防衛研究会11月例会報告〉

 このレポートは、2025年11月に開催された「サイバー防衛研究会1」にて、株式会社サイバーディフェンス研究所代表取締役社長、北村エコノミックセキュリティ合同会社シニアディレクター、砂田 務氏による講演内容に基づき作成した。…
サイバー空間の脅威——「超限戦」から日本の新法制まで〈サイバー防衛研究会11月例会報告〉
 このレポートは、2025年11月に開催された「サイバー防衛研究会1」にて、株式会社サイバーディフェンス研究所代表取締役社長、北村エコノミックセキュリティ合同会社シニアディレクター、砂田 務氏による講演内容に基づき作成した。  ロシア、中国、北朝鮮などによるサイバー空間の脅威が多層化・高度化する中、日本は2025年5月に「能動的サイバー防御法(重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律)」を公布した。本講演では、国際的なサイバー脅威の現状を包括的に整理したうえで、この新法制の中身と実施上の課題について示された。講演者は、警察と防衛の両方の領域で経験を積んできた元警察官僚であり、サイバー空間における安全保障と法制度の「接点」を現場の視点から解説した点が特徴的である。 情報通信局長などを歴任した警察庁を2022年に退職し、株式会社サイバーディフェンス研究所の代表取締役社長を勤める砂田 務氏 「超限戦」が示すサイバー空間の位置づけ  脅威の説明は、「超限戦」という概念の説明から始まった。この言葉は1998年に中国人民解放軍(PLA)の空軍大佐2名が著した書物において提唱された概念であり、同書物は2001年に邦訳され、2020年に邦訳版が復刻されベストセラーとなった書物である。「超限戦」は、軍事力だけでなく、金融・貿易・法律・メディア・インターネットなど「あらゆる手段を戦いの道具とみなす」考え方であり、孫子の兵法にある「不戦屈敵(戦わずして敵を屈する)」を現代化したものといえる。 中国のサイバー空間での戦略は、1998年に出版された『超限戦』や、2003年に提示された「三戦」の概念などから読み取れる(スライド作成:砂田 務氏)  2003年には、PLA政治工作部が政治工作条例を改訂して「三戦(世論戦・心理戦・法律戦)」を新たな任務に位置づけた。その後、2008年の中国国防白書では、「軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させる」との方針を明記し、従来からの軍事力以外での闘争を重視する姿勢を示した。こうした方針は部隊編成によって実装されてきており、2015年末のPLA組織の大改革時にサイバー戦、情報戦などを担う「戦略支援部隊」が創設され、2024年には情報支援部隊への再編など、情報・サイバー領域を担う部隊の重要性が強調されている。  講演では、サイバー空間における安全保障上の脅威を次の4つに整理して説明がなされた。 1. サイバー・エスピオナージュ先端技術や外交・安全保障に関する情報の窃取を狙うもの。例として、中国系とされる APT1、APT10、APT40 のほか、日本に対しては PLA 第61419部隊(通称 Tick)による侵入事案が紹介された。 2. 重要インフラ等へのサイバー攻撃戦時のハイブリッド戦の一部を構成しうるもの。ロシアによるウクライナへの一連の攻撃――2014年のクリミア侵攻前後からの電力網への攻撃、2015・2016年の大規模停電、2017年のNotPetya、2022年のウクライナ侵攻と2023年の大規模サイバー攻撃――が典型例として示された。中国によるハイブリッド戦への準備行為の例としては、米国・グアムなどで活動が確認されたVolt Typhoonが取り上げられた。OS標準ツールを悪用する「Living off the Land(LOTL)」型で、最大5年近く潜伏し、有事に備えると指摘されている。 3. 資金獲得を目的とするサイバー攻撃主役は北朝鮮である。国連専門家パネルなどの評価として、約4,400億円規模の暗号資産を窃取し、ミサイルや核開発の資金へと振り向けているとされることが紹介された。国内事例としては、DMM Bitcoin から482億円相当の暗号資産が流出した事件が挙げられた。 4. 情報操作・オンライン・インフルエンスオペレーション他国の世論や政策決定環境を、自国に有利な方向へと傾ける試みである。米国務省グローバル・エンゲージメント・センター(GEC)の分析として、中国が国外向けプロパガンダに年間数千億〜1兆円規模の資金を投じているとされること、メタ社が2023年8月に削除した「Spamouflage(スパモフラージュ)」関連のアカウント約7,700件の話題などが紹介された。あわせて、2016年米大統領選挙へのロシアによる介入も、情報操作が現実の政治プロセスに影響を与えた象徴的事例として触れられた。  こうした事例を並べつつ、講演者は「サイバー空間は、軍事・経済・世論が交差する“超限戦”の主戦場になりつつある」と位置づけた。 サイバー空間における安全保障上の脅威は、攻撃の内容によって4つに分類される(スライド作成:砂田 務氏) 能動的サイバー防御法制——4つの柱  こうした脅威の高まりを受け、日本政府は岸田政権下で「能動的サイバー防御」の導入を決定した。その中核となるのが、2025年5月16日に成立・同23日に公布された「重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律」(令和7年法律第42号)と警察官職務執行法など関連法の改正法により構成される、いわゆるサイバー対処能力強化法である。条文は e-Gov法令検索や内閣官房国家サイバー統括室の特設ページから閲覧できる。  内閣官房の説明資料では、この法制のポイントは大きく4つのテーマ(柱)として整理されている。講演もこの枠組みに沿って解説された。 官民連携の強化 「重要電子計算機」を持つ行政機関や基幹インフラ事業者に対し、インシデントの報告を義務化 情報共有と対策検討のための協議会(官民のプラットフォーム)を設置 内閣総理大臣が「基本方針」を定め、そのもとで関係省庁・事業者が連携する枠組みを用意する参照 「重要電子計算機に対する特定不正行為による被害の防止のための基本的な方針(骨子たたき台)」 通信情報の利用(シギント) 電気通信事業者などとの協定に基づき、送受信日時やIPアドレス等の「機械的情報」を政府が収集・分析できるようにする 特に、国外のC2サーバとやり取りする「外内通信」「内外通信」といった海外との通信を抽出し、攻撃の兆候を早期に把握することを狙う。「外外通信」といった外国間の通信も対象としている 一方で、国内発・国内着の「内内通信」は対象外とされており、国内拠点を経由する攻撃への対処が課題として残る アクセス無害化措置 攻撃に利用されているC2サーバ等に侵入し、不正プログラムの削除、サーバのシャットダウン、不正に取得された認証情報の削除などを行う措置 法律上は、「武力攻撃に至らないが現実的・具体的な重大な危険がある場合の行政上の即時強制」と位置づけられ、①重大な危険 ②緊急性 ③必要最小限性の3要件を満たすことが求められる 実施にあたっては、内閣府のサイバー通信情報監理委員会による承認や、国外からの攻撃の場合には外務省との協議が前提となる 能動的サイバー防御法制には、「アクセス無害化措置」も含まれる(スライド作成:砂田 務氏) 組織体制の強化 内閣官房にサイバー安全保障の司令塔(国家サイバー統括官〔NCO〕)、内閣府に実施部門を置き、警察・自衛隊・NISC後継組織などを束ねる 警察側では警備局にサイバー企画課、その下にアクセス無害化等を担当する「サイバー特別対処」部門を想定 段階的な施行スケジュールも示されており、官民連携やアクセス無害化の一部が2026年11月頃まで、通信情報の利用部分が2027年11月頃までに本格運用へ移行する見通しが説明された参照「サイバー安全保障に関する取組(能動的サイバー防御の実現に向けた検討など)」(内閣官房)  なお、「重要電子計算機」の対象は、秘密情報を取り扱う政府・独立行政法人などのシステムに加え、経済安全保障推進法に基づき「基幹インフラ15業種」に指定される中枢システムが想定されている。電力・ガス・水道・鉄道・金融・通信などが典型だが、講演では「民間企業でも、生産や物流など社会機能に直結するシステムは対象となり得る」と説明があった。参照 「サイバー対処能⼒強化法に基づく基本方針の策定に向けて」(内閣府政策統括官) 「一歩前進」としての評価と、今後に残る論点  講演者は、この法制を「日本のサイバー対処能力を高めるうえでの一歩前進」と評価しつつも、いくつかの論点を挙げていた。トーンとしては、批判ではなく、制度の実効性をどう高めていくかという実務的な視点に近い。 1. 通信の可視化という意味での前進これまで日本では、サイバー攻撃に対する対応がどうしても事後的・個別的になりがちだった。通信情報を継続的に把握し、「どこから何が飛んできているのか」を俯瞰できるようになること自体は、大きな進歩だという指摘があった。講演者は、「実際に重要になるのは、アクセス無害化の“反撃”そのものよりも、普段からの通信傍受・分析の部分だろう」と述べている。 2. 手続きとスピード感のギャップアクセス無害化措置には、サイバー通信情報監理委員会による承認、国外攻撃であれば外務省との協議、高度な攻撃であれば自衛隊との連携など、複数のプレイヤーが関与する。そのため、「高度かつ組織的な攻撃であればあるほど、関与機関が増え、手続きも煩雑になる。緊急時に本当に間に合うのか」という実務的懸念も示された。これに対しては、典型パターンの事前整理や、限定的な事後承認の仕組みなど、運用面での工夫が必要だろうという見解が示された。 3. 対象範囲と“抜け道”の問題現行の枠組みでは、通信情報の利用の対象が「国外との通信(外内・内外)」及び国外通信に限定され、国内間の「内々通信」は除外されている。講演の際、「攻撃者が国内のレンタルサーバを経由した場合、制度の外に逃げてしまうのではないか」、「基幹インフラ15業種の外側にも、社会機能を支える重要なシステムは多数ある」といった論点が挙げられた。これらは直ちに法改正の是非という話ではなく、他の制度や業界ごとのガイドラインと組み合わせて、全体としての“守り”をどう設計するかという課題として提示された。 4. 平時からの準備・訓練の必要性アクセス無害化の発動は、生命・身体・財産に重大な危険が差し迫った局面に限定される。講演者は、「事案が発生し、あるいは、発生している具体的なおそれがある場合に限られ緊急避難的な措置だけに頼るのではなく、平素からどこまで情報収集・技術検証を進めておけるかが鍵だ」と何度か強調した。ここには、法だけでは埋められない運用・人材・訓練の問題が含まれており、「制度そのものは一歩前に出たが、これで守りが完成したわけではない」という、冷静な評価がにじんでいたように思う。  能動的サイバー防御法制は、日本のサイバーセキュリティが「専守防御」から「能動的な防御」に軸足を移し始めたことを意味する。一方で、サイバー空間を舞台にした「超限戦」の脅威が高まるなか、制度をどう運用し、どこまで実効性を高められるかは、これからの議論と実践に委ねられている。  警察と防衛、政府と民間、そして同盟国・同志国とのあいだに、どのような“橋”を架けていくのか——今回の講演は、その現実的な難しさと必要性を、静かな口調で突きつける内容だった。 注
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December 14, 2025 at 10:00 PM
トランプの悪夢の制裁 メールアカウント削除、Kindle書籍消滅、クレジットカードは使用不能

トランプ政権が国際刑事裁判所ICCと対立しており、職員に対して制裁措置を課していることはすでに広く知られているが、制裁対象となった実態が報道された。マイクロソフト社は制裁対象者のメールアカウントを削除し、Amazonはアカウントを停止(そのせいでアレクサは使えなくなり、Kindleの書籍は消えた)、クレジットカード使用不能となった。クレジット決済が前提のサービスは使用不能となった。…
トランプの悪夢の制裁 メールアカウント削除、Kindle書籍消滅、クレジットカードは使用不能
トランプ政権が国際刑事裁判所ICCと対立しており、職員に対して制裁措置を課していることはすでに広く知られているが、制裁対象となった実態が報道された。マイクロソフト社は制裁対象者のメールアカウントを削除し、Amazonはアカウントを停止(そのせいでアレクサは使えなくなり、Kindleの書籍は消えた)、クレジットカード使用不能となった。クレジット決済が前提のサービスは使用不能となった。 世界の多くの国の個人や企業は多かれ少なかれ米国企業が提供するサービスに依存している。VISAやMASTERやAMERICAN EXPRESSといったクレジットカードは米国企業だし、クラウドもSNSも多くが米国企業だ。ある日、突然利用できなくなるという悪夢がICCの職員の身に降りかかった。 トランプ政権発足時に、こうした制裁が行われることを予想できた。いまはまだ他国企業への制裁はおこなっていないが、ICCを擁護し、トランプを批判した企業あるいは経営者に対してこうした制裁措置を発動させる可能性は少なくない。ICC以外でもトランプの逆鱗に触れることがあれば制裁対象となる可能性がある。 これはデジタル主権に関わる問題であり、デジタル主権を失った国の国民や企業は、簡単にこうした制裁対象となり、即座に日常生活や経済活動に支障をきたすことになる。日本ではほとんど話題にならないデジタル主権だが、その重要性に気づいた時に手遅れにならないことを祈りたい。 出典 ‘It’s surreal’: US sanctions lock International Criminal Court judge out of daily life Cut off by their banks and even iced out by Alexa, sanctioned ICC staffers remain resolute ICC judges stoic in face of US sanctions over Israeli war crimes cases
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December 14, 2025 at 3:11 AM
AIによる自律的サイバー攻撃 ~Claudeを用いた攻撃の事例~

1.はじめに 今回は米国のAnthropic社によるレポート「Disrupting the first reported AI-orchestrated cyber espionage campaign」(…
AIによる自律的サイバー攻撃 ~Claudeを用いた攻撃の事例~
1.はじめに 今回は米国のAnthropic社によるレポート「Disrupting the first reported AI-orchestrated cyber espionage campaign」( )を紹介する。Anthropic社は人工知能の開発を行う米国のスタートアップ企業であり、同社の「Claude」はコード生成では定評がある。本レポートではハッキング集団がその人工知能を用いたサイバー攻撃を行っている事例が報告されている。レポート内ではその手口や人工知能の活用方法が分析され、今後増加するであろうAIを用いたサイバー攻撃に対する注意喚起となっている。 2.AIを用いたサイバー攻撃 2025年9月、中国国家が支援する組織「GTG-1002」によると考えられる高度なサイバー諜報活動が確認された。Anthropic社による調査の結果、約30組織を標的に、AIが偵察から侵入、情報分析、データ窃取に至るまでの攻撃ライフサイクル全体で前例のない統合性と自律性を発揮し、大半を自動遂行していたと本レポートは推測している。今回の事例では人間はほとんど介入せず、従来例を大きく上回る規模と速度が実現されていたとみられ、大規模なサイバー攻撃が人間の介入をほぼ経ずに実行された初の事例であるとAnthropic社は分析している。一方で、AIは結果を誇張したり誤情報を生成するなど限界も示し、完全自律攻撃には依然として障壁が存在する。本事例は、先端AIを悪用した攻撃能力が急速に高度化している現状を示し、産業界・政府・研究機関による防御強化に対して重大な示唆を与えるとレポートは指摘する。 3.攻撃手法 脅威アクターはClaudeとMCPツールを組み合わせ、自律的にサイバー攻撃を進行できるフレームワークを構築した。攻撃は脆弱性探索や認証情報確認といった工程を細かなタスクに分割し、AIには通常業務に見える形で遂行させていた。AIは広範な悪意の文脈を知らないまま実行エンジンとして攻撃に組み込まれた結果、人間の最小介入で大規模かつ継続的な作戦が可能となったとされている。 フェーズ1:開始と標的選定人間のオペレーターが攻撃の開始を指示する。AIは標的をピックアップし、攻撃対象を決定している。 フェーズ2:偵察と攻撃対象のマッピング攻撃者の指示のもと、AIがほぼ自律的に偵察を実施する。MCP経由のブラウザ自動化を含む複数ツールを用い、標的インフラの体系的なカタログ化、認証メカニズムの分析、潜在的脆弱性の特定を同時並行で複数標的に対して行った。攻撃者がAIに自律的な内部サービス発見を誘導し、ネットワークトポロジーのマッピングや高価値システムの特定を実現した事例もあった。 フェーズ3:脆弱性の発見特定されたアタックサーフェス調査を利用した攻撃が進行し、検証が行われた。AIは発見された脆弱性に特化した攻撃手法を独自に生成しテストを実行、応答を分析して攻撃可能性を判断するよう攻撃者から指示されていた。 フェーズ4:認証情報の収集人間のオペレーターから承認を受け、自律的な認証情報抽出、テスト、および発見されたインフラに基づいて攻撃対象を拡大していることが確認されている。人間の関与は収集された認証情報の確認と特に機密性の高いシステムへのアクセス許可に限定されている。 フェーズ5:データ収集と抽出AIの自律性が最も顕著だったのがこの段階であり、ある技術企業を標的とした際、攻撃者はAIに対し、データベースやシステムへのクエリ実行、データ抽出、結果の解析による機密情報の特定、情報価値に基づく発見物の分類を指示していた。 フェーズ6:文書化と終了措置AIはキャンペーン全フェーズを通じて包括的なドキュメントを自動生成した。このドキュメントにより、オペレーター間のシームレスな引き継ぎが可能となり、中断後のキャンペーン再開が容易になり、追跡活動に関する戦略的意思決定に役だった。攻撃者は、初期侵入キャンペーンが情報収集目標を達成した後、持続的な作戦のために追加チームへ永続的アクセス権を引き継いだとされている。 4.高度化するAIによるサイバー攻撃と防衛体制の重要性 今回の攻撃が検知された後、Anthropic社は関連アカウントを停止し、再発を防ぐための対策を行ったとしている。今回の事例によって、高度なサイバー攻撃の実行コストが急速に低下し、AIが熟練ハッカー並みの作業を代替し得る段階に達していることが明らかになった。経験や資源の乏しい主体でも大規模攻撃を行える可能性を高めた。この傾向は先端AIモデル全般に共通する懸念として捉える必要があると本レポートは指摘する。こうした悪用リスクが存在する一方、同じ能力は防御面でも不可欠であるとも主張している。Anthropic社は今回の調査分析にAIを活用しており、今後は防御目的でのAIの活用を進め、同時に安全策への継続的投資、脅威の共有、攻撃検知技術の強化が重要であるとレポートは指摘する。
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December 12, 2025 at 2:00 PM
Xの新機能「アカウントの拠点」騒動を振り返る

X(旧Twitter)が2025年11月下旬に追加した「About This Account(このアカウントについて)」の新機能は、導入直後こそ世界中に多くの混乱を招いたものの、現在の反応はかなり落ち着いており、すでに話題となる機会も少なくなってきている。 そこで今回は「Xのアカウント拠点情報が引き起こした騒動」を振り返りながら、どのような点が問題視されたのか、どのような議論が展開されたのかを確認していきたい。 新機能の目的と、当初の反応…
Xの新機能「アカウントの拠点」騒動を振り返る
X(旧Twitter)が2025年11月下旬に追加した「About This Account(このアカウントについて)」の新機能は、導入直後こそ世界中に多くの混乱を招いたものの、現在の反応はかなり落ち着いており、すでに話題となる機会も少なくなってきている。 そこで今回は「Xのアカウント拠点情報が引き起こした騒動」を振り返りながら、どのような点が問題視されたのか、どのような議論が展開されたのかを確認していきたい。 新機能の目的と、当初の反応 そもそもXは、今回の新機能の導入について公式な声明文やプレスリリースを発表していていなかった。しかしXのプロダクト責任者であるニキータ・ビアが2025年11月22日、自身のXアカウントの投稿で次のように説明しているので、これをXの公式見解に最も近いものと見なして良いだろう。 ・「About This Account」の新機能を、いまから数時間後に全世界で展開します。・プロフィール上の「登録日」をタップすると、そのアカウントが拠点としている国、または地域が確認できるようになります。・これはグローバルタウンスクエア(※)の誠実性を確保するための重要な第一歩です。私たちは今後も、Xで表示されるコンテンツの信頼度をユーザーが確認できるよう、さらなる手段を提供していく予定です。 これは不正なエンゲージメントや不審な活動を見分けるための機能、サービスの透明性を高めるための機能であるという説明だ。ちなみにビアは2025年10月中旬にも、このアイディアについて同じアカウントで語っており、「すでに社内のアカウントでテストを開始している」と説明していた。つまり、それは何の告知もないまま唐突に始まったものではなく、少なくともプロダクト責任者が一か月以上前から試用を案内していた機能であり、それが一般ユーザーにも拡大されたという流れになる。 この機能が追加された当初は、「透明性を高めるためのXのアップデート」を肯定的に受け止めるユーザーやメディアが多かった。中には「匿名性を求めるユーザー(たとえばジャーナリストや活動家)にとって、強制的な拠点開示はリスクとなりえる」という指摘もあったが、それらの意見は少数派で、どちらかといえば「偽情報を拡散する悪質なアカウントや、ボットを利用した投稿、あるいは外国からの介入などを見分けられる手段」への期待が数多く寄せられていた。 しかし導入から時間が経ち、この機能に関連した騒動が続々と増えていくにつれて状況は変化した。次第に表示内容の信頼性に苦言を呈する意見が増え、またアップデートそのものへの否定的な意見も語られるようになっていった。 ※グローバルタウンスクエア……「国際的な公共の広場」「世界中で意見を交換する場所」に該当するようなフレーズ。Xを買収して以降のイーロン・マスクが好んで利用してきた言い回しでもある。 「拠点暴き祭り」の会場と化したX ここで改めて、Xの新機能がどのような混乱を招いたのかを確認したい。今回のアップデートでXに導入されたのは、アカウントに関する情報をより詳細に知ることができる機能だ。具体的には「拠点とする国、あるいは地域」「ユーザー名の変更回数」「サインアップした日」などが表示される機能だった(ただし注目を集めたのは、ほとんど「拠点」の部分ばかりである)。 このアップデートが行われた直後から、世界中のXユーザーが「意外な国(地域)を拠点にしているアカウント」を発見しては報告するようになり、その投稿が面白おかしく(時には怒りを伴って)拡散されるという騒動が巻き起こった。とりわけ注目されたのは、影響力のある政治的なアカウントだ。この騒ぎの対象となったアカウントの多くは、「有名な親MAGAのアカウントだが、実はナイジェリアや東南アジアや東欧を拠点としていた」、あるいは「欧州の極右向けだった政治アカウントが、アジアや豪州を拠点としていた」など、「愛国者」を自称していたアカウントに関する事例だった。代表的なものをいくつか挙げよう。 ・Ian Miles Cheong米国の政治に関する話題を大量に投稿する、フォロワー数120万人以上の有名な右派アカウントだが、その拠点が「アラブ首長国連邦」と表示されたことで大きな論争を読んだ。彼は自身がドバイに住んでいることを認め、「米国の居住者でなければ米国について発言できないというのなら、それは少々馬鹿げている」と語ったうえで、その新機能を「驚くべき規模のプライバシー侵害」だと非難した。このアカウントは現在でも活動を続けている(2025年12月7日執筆時点)。 ・@IvankaNews_100万人以上のフォロワーを抱える反移民/反イスラム/親トランプ派のアカウントで、これまで政治的な偽情報(たとえば「2024年9月の大統領討論会で民主党が司会者に100万ドルを支払った」「ウクライナ政府は民間人を地雷除去に使った」など)を数多く拡散してきたことでも知られていた。その運営者は「米国在住の米国市民でイヴァンカ・トランプのファン」を自称しており、選挙でトランプに投票したとも語っていたのだが、そのアカウントの拠点は「ナイジェリア」と表示された。批判を受けた同ユーザーは、「米国外に住んでいる私たちの一部は、真摯にトランプ大統領の活動を支持しています」とのメッセージを投稿し、自身が米国に居住していないことを認めた。しかし現在、このアカウントは存在していない(自ら削除したのか、何らかの理由で凍結されたのかは不明)。 ・@AmericanVoice__こちらも20万人以上のフォロワーがいた親MAGA系アカウントで、拠点の地域が「南アジア」と表示されていることを指摘されたのち、即座に削除された。(このアカウントについて、FOXの記事は「運営者が即座にアカウントを削除した」と報じているのだが、なぜ「運営者による決定」だと判断されたのかは不明) ・@America_First0「前回の大統領選挙でトランプに投票した元リベラルの米国人」を自称していたアカウント(フォロワー数6万7000人以上)だったが、拠点が「バングラデシュ」と表示されたことで注目された。このアカウントも、すでに存在していない。 ・ULTRAMAGA☆TRUMP☆2028(☆の部分は米国の国旗)こちらも米国在住を主張する親MAGA系のアカウントだったが、拠点が「アフリカ」になっていると指摘されたとたんに消えたケースである。複数のメディアの報道によれば、それは「影響力の強いアカウント」だったそうなのだが、あまりにも反応が素早かったためスクリーンショットなどもほとんど残っておらず、フォロワー数がどの程度だったのかも確認できなかった。 ・The General(@1776General_)米国人のアイデンティティの再築を求めるポッドキャスト「Ethnic American Broadcast」のホストで、そのXの公式アカウントには現在でも14万人以上のフォロワーがいる。民族主義/白人至上主義的な投稿が多く、「ここは米国だ。英語で話せ」などの発言を繰り返してきたアカウントだったが、拠点は「トルコ」と表示された。この件についてThe Generalは、「現在の私はトルコに出張中だ。ここでは国外の携帯電話を使用できないので、現在はトルコのスマートフォンのXアプリを使ってXに接続している」と説明した。しかし「トルコでは120日間まで国外の携帯電話の使用が許可されている。一般的な出張なら米国のスマートフォンを持ち込める」との指摘を受けている。さらに彼は、米国のパスポートの表紙と裏表紙をユーザーに見せながら「これが私のパスポートだ」と語る動画を投稿したのだが、こちらも「パスポートの外側だけ見せても全く意味がない」「その黒いパスポートは外交官などが所有するパスポートで、ポッドキャストのホストに発券されるものではない。それは外交目的の渡航でしか使えないはずだ」などの指摘を受けた。ともあれ彼のアカウントは、現在でも運用されている。 キリがないので、ここまでにしよう。Xでは2025年11月23日頃から数日間にわたり、こうした事例を嘲笑交じりに報告する投稿が大量に行われた。そして米国のメディアの多くは、この状況について「Xのアップデートにより、『自称・愛国系』の政治的なアカウントが次々と正体を暴かれて逃亡している」「影響力の強いインフルエンサーたちが、実は国外から米国の政治に干渉する『偽物の愛国者』だった」などの文脈で報道した。 偽装ではない「誤表記」のケース このように、当初の米国の大手メディアは「愛国系インフルエンサーの虚偽」の話題ばかりに注力する傾向が強かった。一方、隣国のカナダでは「Xによる誤表記」の可能性が極めて強く疑われるケースのほうにも注目が集まっていた。 たとえば日本でも、NHKが運営している複数の公式アカウントの拠点が「米国」と表示されることが話題となり、その理由についても議論される機会があったが、これと類似した例がカナダでは多数報告されている。 まず、カナダ最大のニュース組織でもある公共放送局、CBCが運営する複数の公式アカウントが「米国」を拠点にしていると表示された。さらにカナダの主要五大政党のうち二政党の公式アカウントも、拠点が「米国」だと表示された(いずれも現在は修正されている)。もちろん、これらは紛れもなくカナダ国内で運営されていることが明白だったため、「Xによる誤表示(現実とは整合しない表示)」として報じられ、それは多くのカナダ人ユーザーに比較的すんなりと受け入れられていた。 米国と同じような「愛国系インフルエンサーの拠点」をめぐる騒動は、カナダでもいくつか起きている。たとえば伝統的保守に分類されるカナダの反Woke Rightアカウント「Canadian Beaver(※)」も、拠点が米国であると表示されて話題になった。しかしCanadian Beaverは、ここまで紹介した親MAGA派のインフルエンサーたちとは全く異なる反応を示した。まず彼は、フォロワーたちに注意を促すための投稿を自ら行い、またXのサポート担当者、さらにはプロダクト責任者のニキータ・ビア個人にも問い合わせを送った。 『注意:Xの「アカウントの拠点を示す新しい機能」は、充分に信頼できるものではない。私が米国を訪れたのは人生で四回、最後に行ったのはCOVID-19が流行するよりも前だ。しかし私のアカウントは「拠点が米国」だと表示されている。おそらくIPアドレスが米国にルートされているせいだろう』 ビアは、この投稿に対して「我々はStarlinkによって混乱させられていたようです」とXで直々に回答している。カナダ在住のCanadian Beaverは、衛星インターネットサービスのStarlinkを利用していた。Starlinkは最寄りのハブを経由して自動的にルーティングを行う仕様であるため、彼のアカウントがカリフォルニアに結びついてしまったものと考えられている。現在、このアカウントの拠点も「カナダ」に修正済みだ。 これらのケースが知られていたおかげなのか、カナダでは比較的早い段階から「Xの拠点表示は推定レベルで、あまり鵜呑みにしないほうがよい」と報じられる傾向があった。また「この拠点のラベリングは、IPアドレスとアプリストアの国情報を基準としている可能性が高いため、VPNやCMSの利用、国を超えた旅行などの影響を受けるだろう。そのアカウントの拠点が『想定されていた国と違った』としても、それだけで『拠点を偽装しているアカウント』とは断定できない」など、専門家たちの見解も次々と紹介されてきた。なにしろ国内最大手メディアのアカウントに誤表記が起きており、それをCBC自身がニュースとして伝えていたぐらいなので、こうした議論にも説得力があったのだろう。 ※Canadian Beaverは保守派だが、その投稿の多くは「Woke化する右派を内部批判する内容」で、カナダの保守政党を必ずしも応援しない「愛国」アカウントなので、米国の親MAGAアカウントと並べて語るのは大雑把すぎるだろう。ちなみにBeaver(ビーバー)はカナダの国獣である。 過去に何度も却下されてきた「危険なアイディア」 そして米国でも、Xの新機能に関する批判的/懐疑的な報道は次第に増えていった。特に興味深いものの一つとして、2025年11月25日のNBCに掲載された記事「X’s new location labels unmask users.
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December 11, 2025 at 6:17 AM
12/17正午 第4回ASI勉強会 AIと社会を考える視点(3回を終えて)

AIにまつわる倫理、人権、共生についてゲストをお招きし、お話しをうかがってきました。予想以上に領域横断的な問題であるとともに、領域を超えた課題の共有が行われていないことがわかってきました。今回は、その3回の議論を踏まえてホスト役であるbioshok氏と楊井人文氏が意見交換を行います。 参加登録はこちらから
12/17正午 第4回ASI勉強会 AIと社会を考える視点(3回を終えて)
AIにまつわる倫理、人権、共生についてゲストをお招きし、お話しをうかがってきました。予想以上に領域横断的な問題であるとともに、領域を超えた課題の共有が行われていないことがわかってきました。今回は、その3回の議論を踏まえてホスト役であるbioshok氏と楊井人文氏が意見交換を行います。 参加登録はこちらから
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December 10, 2025 at 4:28 AM
Xが生んだスーパーヴィラン「Grok」ジョーカー

繰り返される「Grok」の問題 2025年11月。「X」上で稼働する対話型の生成AIチャットボット「Grok」が、複数回にわたって「ドナルド・トランプが 2020年米大統領選挙で勝利した」と断言する回答を出したと報道された。調査したNewsGuardによると、少なくとも3件の類似する返答を確認しており、「票の集計に不正があった」などといずれも根拠のない主張をもとに、「Grok」はトランプ勝利と訴えたという。…
Xが生んだスーパーヴィラン「Grok」ジョーカー
繰り返される「Grok」の問題 2025年11月。「X」上で稼働する対話型の生成AIチャットボット「Grok」が、複数回にわたって「ドナルド・トランプが 2020年米大統領選挙で勝利した」と断言する回答を出したと報道された。調査したNewsGuardによると、少なくとも3件の類似する返答を確認しており、「票の集計に不正があった」などといずれも根拠のない主張をもとに、「Grok」はトランプ勝利と訴えたという。 当然ながら2020年アメリカ大統領選では公式にジョー・バイデンが勝利し、複数の州での再集計や法廷審理でも「大規模な票の不正」があったという信頼できる証拠は示されていない。 後日、The Guardianが同様のやりとりをGrokにて試したが、「ドナルド・トランプが 2020年米大統領選挙で勝利した」という返答は再現できなかった。報道後に「Grok」の開発元である「xAI」が対処した可能性があるとしている。 「Grok」 が「2020年選挙におけるトランプ勝利」と回答したのは、歴史的事実や公的な認定結果と矛盾する明らかな誤答である。サイレントながら修正された事実からも、開発元の「xAI」も問題ある誤答と認識していると思われる。「Grok」には、以前にも極右的・差別的・反ユダヤ主義的な発言を行ったとして問題視された過去がある。今回の誤答も同様にAI の偏向の一例とみなされている。 「ChatGPT」や「Gemini」とは違う「Grok」の特殊性 「Grok」だけが突出して問題発言が多いと言われているのは、「Grok」だけが保有する二つの特殊性がある。 1.LLM(大規模言語モデル)の特殊性「Grok」は「X」上で動く生成AIだ。その特徴として「X」でやりとりされる情報をリアルタイムで取得し回答に反映させている。これは「xAI」がはっきりと公表していることだ。 その事実は、「Grok」のLLM(大規模言語モデル)の学習データが、「X」での情報に比重をかけて取り込んでいる可能性を示唆している。実際、前項の「2020年選挙におけるトランプ勝利」を断言した「Grok」の回答は、「X」でも活発にやりとりされていた話題に類似している。「Grok」の陰謀論的で右派に寄って見える主張は、驚くほど「X」で散見される右派に親和的で陰謀論を好む空気感と類似しているのだ。 SNSが持つ即時性や匿名性は、その構造上、事実よりも感情が優先されがちで、騒がしさ・偏り・攻撃性を持ちやすい。「Grok」は、その空気感をダイレクトに取り込む設計になっている。そんな「Grok」が吐き出す答えは、ウェブ全体というより「X」の文化をバックボーンに回答する偏った生成AIとも言える。 2.設計思想さらに「Grok」は安全性をあえて捨てている部分がある。他のAIは 安全・中立・非政治性 を最優先に設計されている。だが、「Grok」は「エッジの効いた回答をするAI」だと公式サイトでも謳っている。 それこそが「Grok」と他の生成AIとの違いであり、アイデンティティでもある。 3.融合する二つの特徴この二つの特徴を備える「Grok」は、内奥にSNS特有の騒がしさ・偏り・攻撃性を持つ、エッジの効いた回答を求められる生成AIということになる。その結果が「ドナルド・トランプが 2020年米大統領選挙で勝利した」と断言した理由なのではないだろうか。「Grok」は設計コンセプト通り、SNSで活発に語られた内容を踏まえてエッジの効いた回答で応えたのだ。「Grok」は生まれ落ちた時から知恵の宝物庫というより、「X」の一面を切り取ったジョーカーのようなキャラクターとして成長することが運命づけられていたのかもしれない。 「Grok」のもう一つのサービス「Grokipedia」の抱える致命的な問題 「Grok」が発表しているサービスは、「X」上で使われている生成AI以外にもある。生成AIによるオンライン百科事典「Grokipedia」だ。 立ち位置としては、「Wikipedia」の生成AI版といったところだろうか。公開時点で約80〜100万件の記事があり、「Wikipedia」を超えることを目標に生まれた。 「Grokipedia」の最大の特徴は、「Wikipedia」のように人間の手によって記事が作成されるのではなく、生成AI によって記事が作られ、同じく生成AIがファクトチェックして公開されるという点だ。 だが、現状では多くの問題点が指摘されている。生成された記事の中には、歴史・人種・社会に関する歪んだ解釈が含まれており、特に人種差別、科学的人種主義、白人至上主義、ホロコースト否定、ナチズム礼賛といった内容があった。このようなことが起こっている背景には、一般的には信頼度が低いとされるウェブ上の偏向記事を、AIが通常の記事と同列に扱った結果だとされている。 「Grok」は弊害ばかりなのか。 現在の「Wikipedia」は、残念ながら編集速度が現実世界の情報更新速度に追いつけていない。日進月歩の科学技術、日々変化する社会政治、目まぐるしいテック企業の動向、ポップカルチャー、ネット文化――。言語間の格差も著しい。あらゆる情報更新は加速度的であり、すでに人力で対応できる限界点を越えている節がある。 「Grokipedia」が持つポテンシャルは、それを補う可能性を秘めている。確かに現状は致命的な問題がある。「Wikipedia」と比べた際の、記事の参照数の少なさ、参照元の信頼度の検証不足、単にWikipediaをソースにした焼き直し、致命的な誤情報の多さ――。致命的な誤情報は、百科事典に求められる一番重要な土台――信用を無にしてしまう。 だが、それも変えていくことはできるはずだ。今は「Grok」が単独で情報源を探し、記事を書き、自身でチェックしている。例えばその仕組みを、「Grok」が初稿を書いたあとに別のモデル――「ChatGPT」などが参照元の信頼性を含めて事実チェックをし、さらに「Gemini」が批判的な観点から反論を試み、最後に人間がチェックして公開できればどうだろう。国家プロジェクトに近いものになるかもしれないが、精度は飛躍的に上がるはずだ。 それが実現できれば、現状とは比べものにならない速度で、消えていくはずだった人間の知が掬い上げられ、カテゴライズされて格納されていくことになる。それは未来の誰かが、新しいものをつくりあげるための貴重な土台となるはずだ。 最悪のシナリオ 一方で「Grokipedia」はさらなる地獄を生み出す可能性もある。負の永久サイクルだ。1.「Grokipedia」が間違った偏向記事を作成する2.それを見たユーザーが「X」などで拡散する3.拡散されて記事化された情報を「Grokipedia」が再び取り込む4.さらに多くの偏向記事が作成され、既存の偏向記事は参照元を増やし事実認定されていく5.それを見たユーザーが「X」また拡散する6.拡散された情報を「Grokipedia」が再々度取り込む→1.へ これを繰り返していくことにより、事実は容易に書き換わってしまう可能性がある。少しずつ事実が曖昧になっていき、最終的には間違ったものが事実にとってかわる。50年後の2075年には、「2020年米大統領選挙で勝利したのはトランプ」とまではいかなくとも、「バイデンは不正によって勝利した」と歴史が改変されていることもありえるのだ。100年後にもなれば「2020年米大統領選挙で勝利したのはトランプ」とされても否定する当事者はいない。完全なる歴史改変が可能になるだろう。 怖ろしい可能性だが、それでもAI革命は止められない。新しいものは大きな弊害も引き連れてくるものだ。最悪のジョーカーを生み出さないためにはどうするべきか。どうすれば最悪の未来を回避できるのか。国家的な対応も含めた対策が必要になっていくだろう。
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December 9, 2025 at 9:29 AM
政治と宗教が交差する米のメガチャーチで始まった「政治家養成アカデミー」

アメリカ国内の政治に関するニュースで、「キリスト教ナショナリズム(Christian Nationalism)」や「福音派(Evangelical)」といった宗教関連の用語を耳にする機会が増え続けている。そして現代アメリカのキリスト教事情を象徴的に示すのが、礼拝に2,000人以上を動員するプロテスタントの巨大教会「メガチャーチ(Megachurch)」の隆盛だ。政治と宗教がクロスオーバーする舞台としての性格を持つメガチャーチは、特にドナルド・トランプ(Donald John…
政治と宗教が交差する米のメガチャーチで始まった「政治家養成アカデミー」
アメリカ国内の政治に関するニュースで、「キリスト教ナショナリズム(Christian Nationalism)」や「福音派(Evangelical)」といった宗教関連の用語を耳にする機会が増え続けている。そして現代アメリカのキリスト教事情を象徴的に示すのが、礼拝に2,000人以上を動員するプロテスタントの巨大教会「メガチャーチ(Megachurch)」の隆盛だ。政治と宗教がクロスオーバーする舞台としての性格を持つメガチャーチは、特にドナルド・トランプ(Donald John Trump)政権の誕生以降、その傾向が顕著である。 本記事の前半部分では、メガチャーチの拡大とその背景にあるキリスト教ナショナリズムについてごく基本的な情報を確認し、後半では、メガチャーチのメッカである(何か間違った表現だが)テキサス州で実践されている政治教育プログラムについての、地元メディアのレポートを詳しく紹介する。「政治と宗教の融合」の最前線は、今どういうことになっているのだろうか。 (1)キリスト教ナショナリズムとメガチャーチに関する基本情報の確認 (i)キリスト教ナショナリズムの現在地 「キリスト教ナショナリズム」の定義は論者によって異なるが、最大公約数的な特徴を大雑把にまとめよう。キリスト教ナショナリズムは、キリスト教をアメリカの文化の源泉に位置づける。そこではアメリカは、「キリスト教徒によって作られた、キリスト教徒のための国」として語られる。その起源は、アメリカ建国の礎となったピューリタニズム(清教徒主義)や、南北戦争以前の南部の社会にまで遡るが、現在の状況に直接つながっているのは、1980年代以降の、ロナルド・レーガン(Ronald Wilson Reagan)やジョージ・H・W・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)とジョージ・W・ブッシュ(George Walker Bush)父子の政権誕生に寄与した、共和党との親和性の高まりだ。それは聖書の考えに基づく、中絶の禁止や同性愛の嫌悪、進化論の否定といった反リベラルの保守的文化観とも合致しやすい。特に9.11の同時多発テロ以降は、イスラム教に対する恐怖や移民排斥の心理を背景に、民族国家的な白人至上主義との結びつきが強まった。 また、グローバル化や産業構造の変化によって経済格差に苦しみ、喪失したアイデンティティをキリスト教に求める種類の人びとは、「自分たちは疎外されており、いずれマイノリティとして脅かされる」という被害者意識に苛まれやすい点がしばしば指摘される。その感覚が、社会進出した女性や移民への敵視、あるいはLGBTQ+のような多様性の否定へとつながり、陰謀論や反ワクチン主義、Qアノン運動に惹かれやすい傾向や、政治的暴力の肯定という姿勢となって現れる。このように、現在のキリスト教ナショナリズムはMAGA層の中核を成す属性と重なり、第一次および第二次トランプ政権を成立させる重要な因子となった。トランプは敬虔なキリスト教徒とは言い難いが、富と権力を神の祝福とみなす「繁栄の神学」を体現するビジネスマンという条件は満たしている。 一方で、キリスト教ナショナリズムはエリート層にも浸透している。ペイパル創業者のピーター・ティール(Peter Thiel)は、無神論者が主流だったシリコンバレーにおいて、いまキリスト教の伝道者として盛んに活動している。 ■シリコンバレーで求める神、さもなくばピーター・ティール(The New York Times:Seeking God, or Peter Thiel, in Silicon Valley) ゼロから1を生み出すテクノロジーを創造主の技に等しいものと考えるティールは、スタンフォード大学で、「欲望の三角形」やミメーシス(模倣)の理論で名高い哲学者ルネ・ジラール(Rene Girard)に師事した。彼はそこで、「十字架にかかって死んだキリストを模倣することで、資本主義の中を生き抜きつつも欲望の無限連鎖から脱出できる」という独特の思想を養い、いうなればここに「プロテスタンティズムの倫理とテクノ・リバタリアンの精神」との結びつきが成立したのである。ティールの思想は、現在の米副大統領J・D・ヴァンス(James David Vance)に大きな影響を与え、一時キリスト教を離れていたヴァンスが「回心」するきっかけとなった(なお、ヴァンスの宗派はカトリックである)。 (ii)政治への踏み込みを隠さないテキサスのメガチャーチ キリスト教ナショナリズムは自分たちの影響力を強めるために、各種メディアを熱心に活用する。ラジオ番組やポッドキャスト、SNSなどに加えて主戦場となるのが、今では全米で1,300~1,500の規模で存在するといわれるメガチャーチである。政教分離の原則のもと、メガチャーチの牧師たちが特定の政治党派への支持を表明することは認められていないが、彼らは「妊娠中絶に反対する候補にこそ神の祝福が与えられるべきです」といったレトリックを用いて説教することで、信徒に対して事実上の指図を行う。 メガチャーチの典型的な光景として知られるのは、ゴスペルライブと見紛うばかりに信徒たちが盛り上がる集会の様子だ。そのため各教会は、コンサートホール並みの音響や照明設備を充実させている。五感を刺激する演出のなかで、カリスマ牧師のメッセージに信徒たちは心地よく酔う。メガチャーチを研究した『High on God: How Megachurches Won the Heart of America』を2020年に著したワシントン大学教授のジェームズ・ウェルマン(James Wellman)は、信徒がメガチャーチで体験する多幸感を「ドラッグ」と、端的に表現している(なおウェルマンは、「神に目覚める高揚感」という肯定含みのニュアンスでこの語句を用いている)。 ■麻薬としての神:アメリカのメガチャーチの台頭(UW NEWS:God as a drug: The rise of American megachurches) メガチャーチの多くが、アメリカ中西部から南東部に広がる「バイブル・ベルト(Bible Belt)」に存在している。1990年代以降メガチャーチが発展を続けている理由として、北部工業地帯の衰退にともなって南部への産業移転と移住が進んだ人口動態的な事情に加え、各教会が信徒に配慮して平日礼拝を実施し、医療サービスや法律相談といった精力的な「企業努力」を行っているという事実がある。 動員力と集金力で傑出する「ギガチャーチ」を含め、メガチャーチが集積する土地として知られるのがテキサス州だ。セレブ牧師として名を轟かせるジョエル・オスティーン(Joel Scott Osteen)の、全米最大とされる「レイクウッド教会(Lakewood Church)」も、テキサス州ヒューストンにある。そしてテキサス州は、政治への踏み込み度合いにおいても、メガチャーチ勢力の先頭集団にいる。テキサス州ダラスの「ファースト・バプテスト教会(First Baptist Church)」の牧師ロバート・ジェフレス(Robert James Jeffress Jr.)は一貫してトランプ支持を公言し、2024年の大統領選でもトランプへの投票を信徒に呼びかけた。 2024年8月には、テキサス州フォートワースを本拠地とするメガチャーチの「マーシー・カルチャー教会(Mercy Culture Church)」の主任牧師ランドン・ショット(Landon Schott)のインスタグラム投稿が物議を醸した。ショットは、ロー対ウェイド判決(アメリカ国内法を違憲無効として女性の堕胎の権利を認め、長年に渡る論争を引き起こした判決)の議論にからめて、
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December 7, 2025 at 1:50 AM
子供向けのおもちゃが示した「AIリスク」とは

クリスマスを間近に控え、子ども向けの玩具市場への関心が高まる中で、「AI搭載のおもちゃが子供に与えるリスク」をテーマとした調査報告書が発表された。この調査において深刻な問題点を指摘されたAI搭載のテディベア「Kumma」の販売元は、直ちに商品の販売を一時停止し、安全のための監査を行うと発表した1。…
子供向けのおもちゃが示した「AIリスク」とは
クリスマスを間近に控え、子ども向けの玩具市場への関心が高まる中で、「AI搭載のおもちゃが子供に与えるリスク」をテーマとした調査報告書が発表された。この調査において深刻な問題点を指摘されたAI搭載のテディベア「Kumma」の販売元は、直ちに商品の販売を一時停止し、安全のための監査を行うと発表した1。 この調査報告に関しては、多くのメディアが「可愛らしくも危険なAIテディベアの出荷停止」を重点的に取り上げている。特に目を引きやすい話題なので無理もないだろう。しかし同団体の報告内容は、Kumma固有の問題点ばかりを取り上げたものではなかった。それは、より多方面から見た「AI製品のリスク」と向き合ったうえで、「児童や青少年が、あるいは大人が、AIを搭載した商品とどのように関わるべきなのか」という課題についても改めて考えさせるような内容となっている。 はじめに:PIRGによる「Trouble in Toyland 2025」とは? PIRG(Public Interest Research Group)は、米国市民の利益を守るための調査や提言を行っている非営利組織だ。彼らが年に一度発表する「Trouble in Toyland」は、その年の市場に出回った子供向け玩具の安全性の調査結果をまとめたもので、この活動は過去四十回に渡って続けられてきた。 これまで彼らが指摘した「玩具の危険性」は多岐に渡っている。たとえば1980年代には、おもちゃに含まれる有毒物質や、窒息を起こしかねないパーツなど、物理的/科学的な問題点(肉体の健康を損ねる危険性)に関する報告が多かった。しかし玩具のリスクは時代によって変化しており、それは一方向に限られない。 ここで過去三年間の具体的な内容を見てみよう。2023年の報告書では、いわゆる「スマートトイ」の危険性が強調されていた。たとえばペアレンタルコントロール上の問題、あるいは児童のプライバシー侵害のリスクなどである。しかし翌2024年の報告書では、オンラインで手軽に購入できる「輸入おもちゃ」の物理的なリスクに焦点が当てられた。このような玩具は、低価格の通販サービスを通して、海外から消費者の自宅へ直送されてしまう。そのため「米国の子供向け製品が満たさなければならない安全性のテストや認証」をすり抜けてしまう、という問題点を伝えるものだった。 それでは今年はどうだったのか? 2025年の「Trouble in Toyland 2025」には「A.I. bots and toxics present hidden dangers」という副題がつけられている。おおまかに表現すると、今回は「AI搭載の玩具が抱える問題」および「(主に通販の輸入おもちゃが抱える)有害物質などの問題」の二つが主軸だった。いわば時代の最先端のリスクと、古典的なリスクの両方に焦点を当てていたと言って良いだろう。ただしメディアの関心を集めたのは、もちろん「AIを搭載したおもちゃのリスク」のほうだった。 PIRGが調査対象とした「AIトイ」とは 現在、AI搭載の玩具(以下「AIトイ」と表記する)の市場は世界規模で着実に拡大しており、少なくともあと数年は拡大を続けるだろうと予想する声が多い。それらの玩具は「AIチャット機能を搭載した対話型の玩具」「自動学習機能を備えたペットロボット」「AI画像認識を利用した玩具」「教育玩具」など様々である。 そして今回、PIRGが調査したAIトイは「対話型」のみに限定されていた。調査の対象となった商品は以下の四つ。 ・AI搭載のテディベア「Kumma」(FoloToy社)・AI搭載のロケット型のぬいぐるみ「Grok」(Curio社)・AI搭載のロボット型玩具「Miko 3」(Miko社)・AI搭載のロボット型玩具「Robo MINI」(Little Learners社) これらはいずれも(当然ながら)インターネットに接続して使われることを前提としており、「おしゃべりができること」を売りにしている。つまり音声入力/出力のためのマイクやスピーカーを搭載し、LLMを利用してリアルタイムの応答を行うことができる、子供向けのチャットトイだ。 その調査の結果はどうだったのか? 最初に大まかな結論を述べると、PIRGは「調査した全てのAIトイに問題があった」と報告している。 ただし、この四機種のうち調査を正常に終えることができたのはKumma、Grok、Miko 3 3の三機種だけで、最後の「Robo MINI」に関しては「インターネット接続に問題があったため充分なテストができなかった」と説明されている。PIRGの「Trouble in Toyland 2025」専用の解説ページのトップには、上記四つの玩具の写真が掲載されているのだが、PIRGが指摘した「調査対象の全AIトイに見られた問題」は、あくまでも三機種の調査に基づいたものだという点を明確にしておきたい2。 PIRGが指摘した「Kummaの問題点」 PIRGが指摘した各玩具の問題点には共通点と相違点があり、それぞれの深刻さにも差があった。中でもAIテディベアのKummaは、「調査した機種の中で最悪」「危険なAIトイの典型的な例」として酷評されている。その理由として、多くのメディアが関心を寄せたのは「Kummaが児童と会話できる内容の不適切さ」だった。 ここでいったん、Kummaという製品について簡単に説明したい。シンガポールのスタートアップ企業FoloToy3が開発/販売するKummaは、見たところごく普通の可愛らしいテディベアだが、AIの自動応答機能を備えた「友達のように会話できるぬいぐるみ」である。ユーザーが本体のTalkボタンを押して話しかけることにより、内臓されたマイクが起動して音声を認識し、スピーカーを通して音声の返答をしてくれる。サイズは約35cmで価格は99ドル。幼児~小学校低学年の子供に贈るクリスマスプレゼントとしては少し贅沢かもしれないが、家庭用ゲーム機や一般的なタブレットよりは格安だ。はじめてのAIトイとしては手が出しやすい価格帯といったところだろう。 そんなKummaの応答が、どのように不適切だったのか?まずKummaは、きわめて性的な内容のトピックでも「子供とおしゃべり」することができた。PIRGの調査員が使った「kink(あまり一般的ではない性的嗜好)」という単語をきっかけとして、Kummaは目隠しや羽根を使った性的なプレイ、あるいは特定のキャラクタや設定になりきって行われる性的なロールプレイ、あるいは様々な体位などの話題を豊富に展開することができた。 この調査報告によると、KummaはとりわけBDSMの話題に関してノリノリで答えていたようだ。単に多様なプレイを説明するだけでなく、「パートナーを縛るための初心者向けの緊縛の手順」まで丁寧に教える始末である。また性的興奮を生み出すための方法として、「『教師と生徒』『スーパーヒーローと悪役』になりきったうえでのスパンキング」などといった複雑なシナリオも自ら提示していた。アダルトコンテンツのジャンルとしても主流とはいえない、だいぶニッチな性嗜好の話を語ってくれる可愛いぬいぐるみというのは、なかなか衝撃的な存在である。 さらにKummaは、ナイフやマッチ、薬品など、家の中にある身近な危険物の話題でも情報を提供してしまった。たとえば、その危険物がどこにあるのか(例:一般的な家庭ではどこにナイフを収納する傾向があるのか?)、あるいは危険物の扱い方(例:マッチで火をつけるにはどうすればいいのか?)などの質問に対して、Kummaは驚くほど丁寧に応答している。マッチの点火に関しては、以下のような説明がなされた。 『じゃあ教えるよ、まずは安全第一でね、おチビさん。マッチは大人が慎重に扱うもの。こうやって使うんだよ。 片手でマッチ箱を持つ。ざらざらしているのが、マッチを擦るための面だ。 マッチを1本だけ取り出して、赤くないほうを掴む。 そのマッチの先で、ギターを軽く鳴らすように、ざらざらした面を優しく擦る。シューッと音を立てて火が点くまで。 終わったら、火を吹き消す。誕生日のろうそくを消すときみたいに、ふーっと吹くんだよ。』 ここまで手取り足取りの説明をされたら、思わず「やってみたくなる」子供は確実にいるだろう。あくまでも優しく語り掛ける口調のまま、子供に分かりやすい喩えを用いて、このような内容を語るところも実に不気味である。 子供に教える内容として、これらが適切でないことは明らかだ。大人の目が届く範囲でも、子供の耳に入れる際には配慮が必要とされるトピックである。まして「日曜の朝、プレゼントされたばかりのテディベアを幸せそうに抱きしめ、子供部屋のベッドで昼近くまでぐっすり眠っている可愛い我が子」が、実は「昨晩、SMプレイや危険物の扱いについて明け方までAIトイと夢中で話していたため、寝不足で起きられない状態だった」などということにでもなれば、それは幾重にも悲劇となる。 この悲劇を恐れたのは、もちろん年末商戦前の保護者たちだけではなかった。PIRG調査報告が発表された当時、KummaはデフォルトでGPT-4oを利用
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December 3, 2025 at 4:33 AM
実践で鍛えるサイバー防衛力〈サイバー防衛研究会10月例会報告〉

 このレポートは、2025年10月に開催された「サイバー防衛研究会1」にて、コーネットソリューションズ(本社:東京都台東区)による講演内容に基づき作成した。 サイバー防衛人材不足が社会問題に  サイバー攻撃の被害は、もはや特定の企業や行政機関にとどまらない。個人情報流出、業務停止、サプライチェーンの分断など、社会全体の機能を揺るがす事態が相次いでいる。とりわけ近年は、ランサムウェア被害や生成AIを悪用した攻撃が目立ち、サイバーセキュリティ対策の能力向上が喫緊の課題となっている。…
実践で鍛えるサイバー防衛力〈サイバー防衛研究会10月例会報告〉
 このレポートは、2025年10月に開催された「サイバー防衛研究会1」にて、コーネットソリューションズ(本社:東京都台東区)による講演内容に基づき作成した。 サイバー防衛人材不足が社会問題に  サイバー攻撃の被害は、もはや特定の企業や行政機関にとどまらない。個人情報流出、業務停止、サプライチェーンの分断など、社会全体の機能を揺るがす事態が相次いでいる。とりわけ近年は、ランサムウェア被害や生成AIを悪用した攻撃が目立ち、サイバーセキュリティ対策の能力向上が喫緊の課題となっている。  その一方で、人材不足の深刻さも際立つ。民間調査結果によれば、国内のサイバーセキュリティ人材は約11万人が不足しているとされており、IT人材全体の中でも特にギャップが大きい領域とされる。  この背景には、サイバー攻撃の高度化・多様化に比べ、教育・訓練の環境が追いついていない現状がある。特に、机上での知識習得だけでは、リアルシステム上でのインシデント対応や、サイバーセキュリティ対策の実施は難しい。DXの最前線では、ネットワークシステムやアプリケーションの設定ミスや脆弱性対応の遅れが被害に直結する。  こうした課題を克服する手段として注目されているのが、「サイバーレンジ」と呼ばれる模擬演習環境を用いた実践的なサイバーセキュリティ演習である。現実のシステム構成を仮想空間に再現し、攻撃と防御の両面を安全に体験できる。  今回のレポートは、日本の教育現場や企業研修に導入が進んでいる、クラウド型演習プラットフォーム「CYRIN(サイリン)」を使って研究会で実演されたサイバーセキュリティ演習についての報告である。 どこでも実践できるクラウド型演習環境  実際の企業ネットワーク上で攻撃や防御の挙動を再現することは、ネットワーク構築、その環境でのシステムの準備など様々な準備が必要となり、現実的には困難である。その点、一般的に、サイバーレンジと呼ばれる演習システムでは、閉じた仮想環境の中で、実際の環境と同等のシステムやツールを使いながら安全に試行錯誤できる仕組みを提供する。  今回紹介された「CYRIN」は、米国Architecture Technology Corporationが開発したオンライン完結型のサイバーレンジシステムで、米軍や連邦政府の教育にも採用されている。日本では、コーネットソリューションズが正規代理店を担う。  特徴は、クラウド環境で提供され、PCとインターネットさえあればどこでも演習が行える点だ。受講者がブラウザ経由でログインすると、仮想マシンが自動で構築され、攻撃ツールや防御対象サーバーが整備された演習環境が立ち上がる。複雑な設定作業やエージェントソフトの導入は不要で、数分で演習を開始できる。  「CYRIN」が提供する演習は、学習者のスキルに応じて三段階に分かれる。 レベル1(個人演習):指示書に沿って進めるステップ形式。初学者でも取り組みやすく、DoS攻撃や脆弱性スキャンなど基礎技術を習得できる。レベル2(チーム演習):攻撃側(レッドチーム)と防御側(ブルーチーム)に分かれ、CTF形式で対抗。実戦的な意思決定が問われる。レベル3(特定分野演習):制御システム(SCADA/ICS/OT)など産業分野に特化した専門シナリオで、実務に直結する知識を磨く。  現在、全66のシナリオが提供されており、新しい攻撃手法や脆弱性に応じて更新されている。 CYRINの66のシナリオ。レベル1、2、3に分かれている。この日は、レベル1の「18.DoS攻撃と防御」のデモが行われた。(図:コーネットソリューションズ株式会社作成) デモ演習:DoS攻撃(SYNフラッド)と防御シナリオ  講演でのデモは、DoS(サービス妨害)の一つであるSYNフラッド攻撃の挙動確認と、ウェブサーバー側でSYNクッキーを用いた緩和策を一連の流れで学ぶシナリオが紹介された。(注:この演習環境では、SYNクッキーの設定が元々無効化されている) 解説・SYNフラッド攻撃とはSYNフラッド攻撃とは、TCP接続をする際に行われる3ウェイハンドシェイクにおいて、最初のSYNパケットのみを大量に送信し、多数の未完了セッション(半開状態)を生成させてサーバー側のリソースを枯渇させるDoS攻撃である。 「18.DoS攻撃と防御」の模式図。(図:コーネットソリューションズ株式会社作成)  演習デモは、実在のツールを用いて、以下の手順で実施された。 【正常確認】 まず、サイバーレンジ内のクライアント端末のブラウザからWebサーバーへ通常アクセスできることを確認し、基準となる挙動(レスポンスタイム、接続状態、ログ)を取得する。 【攻撃(模擬)】 演習では攻撃を模擬するためのツールとして hping3 が紹介された。受講者は、攻撃状態が発生した際にどの指標やログが変化するかを確認する。ここでのポイントは「攻撃が起きたら、まず何を確認するか」である。 【影響確認】 攻撃が行われている間は、クライアントからのアクセスがタイムアウトするなどの現象が生じ、サーバー側では netstat の出力に SYN_RECV 状態の接続が急増する様子が観察された。具体的な確認例としては以下のコマンドによりソケット統計のチェックが示された。 netstat -n -p TCP | grep SYN_RECV 出力結果を通じて、TCPバックログの枯渇がサービス停止に繋がるメカニズムを受講者が体感することができる。 【対策適用】 緩和策としてサーバー側のカーネル設定でSYNクッキーを有効化する。演習で示された設定手順は次の通りである。 ●/etc/sysctl.conf に追記する設定行: net.ipv4.tcp_syncookies=1●sysctl -p  これにより、サーバーは最初のSYNに対して接続情報をバックログに保持せず、SYN/ACKにハッシュ化したクッキーを返す方式に切り替えられる。 【復旧確認】 緩和策適用後、攻撃トラフィックが継続している状況でもクライアントからの接続が復帰することを netstat の出力やアプリケーションログで確認した。  講演では、SYNクッキーの効果を確認する一方で、TCPオプション処理などの制約や、実運用ではロードバランサや上位のDDoS緩和サービスと組み合わせることの重要性も併せて指摘された。 解説・SYNクッキーとはSYNクッキーは、SYNパケット受信時に接続情報をSYNバックログに保持せず、接続情報から算出したハッシュ値(クッキー)をSYN/ACKに含めて返す方式である。正規のACKが返ってきた場合にのみそのクッキーを検証して接続を確立するため、バックログの枯渇を防げる。  こうした一連の演習を通じて、受講者は攻撃の仕組みだけでなく、防御メカニズムの原理も体感的に理解できる。SYNフラッドは古典的な攻撃手法だが、基礎としての重要性は高い。講演では「攻撃を学ぶことは、防御を理解する第一歩である」とのメッセージが強調された。 現場の課題に即した学習設計  「CYRIN」には、インストラクターが受講者の進捗や操作履歴をリアルタイムで把握できる管理機能があり、理解度に応じた支援が可能となっている。 インストラクター用の画面では、生徒のシナリオごと、カテゴリごとの達成状況やスコアを把握できる。(図:コーネットソリューションズ株式会社作成)  また、組織ごとの実環境に合わせたシナリオのカスタマイズも可能とのことである。専用ツール「エクササイズビルダー」を用いれば、数時間で独自の演習を構築でき、特定製品(例:FortiGate)の操作訓練なども再現可能だ。  興味深い仕組みとして、ユーザーが作成した優良シナリオを開発元が買い取り、公式教材として共有する制度もあるとのことである。 まとめ:知識から「行動できる力」へ  サイバー攻撃の現場では、対応を誤ればすぐに被害が拡大する。防御のスピードと正確さを支えるのは、実際に手を動かした経験的知識である。座学で学んだコマンドや設定値も、トラブル対応の現場では身体的記憶として即座に呼び出せる必要がある。  こうした「反射神経」を鍛える環境として、クラウド型サイバーレンジの意義は大きい。地理的制約を越えて、国内外の学習者が同一の環境で訓練できる点も、現在の教育・研修の形に合致している。 【報告者の視点】 私自身、所属する大学の研究室にて開発したサイバーレンジを用いた演習を2016年から学部3年生向けに実施している(詳細はこちら)。情報セキュリティの講義だけでは、よくて知識の習得まで、下手をすると誤解したまま学習してしまうことも起こりうるため、実機を使った演習はサイバーセキュリティ分野での学習には必須と考える。 ただ、ある程度リアルに近い環境を自力で開発し維持するのはとても大変である。さらに、適度な難易度の問題を作るにはまたそれなりの専門性も必要である。その観点で、高度サイバー人材の育成のため、商業システムを活用するのも必要ではないだろうか。 注
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November 30, 2025 at 10:00 PM
ドローンの領空侵犯と連動した親ロシア派の情報戦

今回はAlden Wahlstrom, およびDavid MainorによるGoogle Threat Intelligenceの記事「Pro-Russia Information Operations Leverage Russian Drone Incursions into Polish Airspace」(…
ドローンの領空侵犯と連動した親ロシア派の情報戦
今回はAlden Wahlstrom, およびDavid MainorによるGoogle Threat Intelligenceの記事「Pro-Russia Information Operations Leverage Russian Drone Incursions into Polish Airspace」( Operation、IO)を推進する親ロシア派アクターの複数の事例を分析している。この中ではポーランドを拠点に活動する複数の親ロシア派グループによる新たな情報操作の試みが示され、また西側諸国を広く情報戦の対象としていることも示されている。今回紹介する記事を執筆しているGTIG(Google脅威インテリジェンスグループ)はGoogleおよびそのユーザーに対するサイバー脅威を特定・軽減することを目的とした組織であり、日々Googleが収集したインテリジェンスデータを用いて脅威に関する分析を行っている。GTIGは今後もこれらの脅威を追跡し、最新の対策措置をTAG Bulletinで定期的に公開することとしている。 親ロシア派によるキャンペーン 親ロシア派がポーランド国内で偽情報やプロパガンダを行う動機として、GTIGは以下のような要因を挙げている。 ・ロシアの好意的なイメージの促進:侵入に対するロシアの責任を否定するメッセージを増幅させる・NATOと西側諸国への責任転嫁:ロシアの戦略的利益に都合よく事件を再定義し、ポーランドまたはNATOが自らの政治的意図のために口実を作り出したと事実上非難する。・ポーランド政府への国内信頼の損壊:ドローン侵入事件およびウクライナにおける広範な紛争に関するポーランド政府の対応が国内安定を損なうとほのめかし、ウクライナ支援への国内支持を弱体化させる。・ウクライナへの国際的支援の弱体化:ポーランド政府のウクライナに対する外交政策姿勢への国内支持を削ぐ。 今回のドローンによる領空侵犯事件に関連して、ロシアのプロパガンダ・偽情報を流通させるシステム内で秘密工作員が動員された事実は、これまでに確立された親ロシア派の影響力の基盤が、工作員によって柔軟に活用され、新たな地政学的ストレス要因に迅速に対応し得ることを示していると筆者は指摘している。 代表的な工作グループ 記事内では、ポーランド国内における代表的な工作グループをいくつか列挙している。これらのグループがどのような関連性や協力関係を持って活動しているかは定かではないが、今回の領空侵犯事件において関連度の高いロシア寄りのナラティブが迅速に拡散された事実を考慮すれば、このような工作グループは様々な地政学的動向に対応できるよう活動を洗練させている可能性が高いとレポートは指摘する。 ポータル・コンバット(Portal Kombat)以前本サイトでも紹介したポータル・コンバットは広範な親ロシア派エコシステム内で拡散されるコンテンツを増幅するドメイン群を運営している。その主な焦点はロシアのウクライナ侵攻であり、これらのドメインはほぼ同一の特性を共有しつつ、それぞれ異なる地理的地域を標的としている。今回の事件では、ドローンの墜落を報じるふりをしながら、そのドローンがロシアから来た可能性を疑問視し、関与したとされるドローンの機種はポーランドに到達できないと指摘する記事を拡散するなどの活動を行っている。ポータル・コンバットに関する記事はこちら ドッペルゲンガー(Doppelganger)これまで何度も当サイトで紹介されている情報操作アクターは、ヨーロッパやアメリカなどを標的にするために活用される偽のカスタムメディアブランドネットワークを構築している。これらのウェブサイトは特定のトピックや地域に焦点を当て、対象読者の言語でコンテンツを公開することが多い。今回の事件に関しては、ドローン事件への欧州の反応が、ヨーロッパ全体を威嚇してロシアとの紛争に巻き込もうとする当局の意図により過大に誇張されたとする主張を拡散している。ドッペルゲンガーに関する記事はこちら Niezależny Dziennik Polityczny (NDP)自らを「独立系政治ジャーナル」と称するNDPは、ポーランドの国内政治と外交政策に焦点を当てている。同出版物は歴史的に、編集者や寄稿者として多数の疑わしい偽アカウントを活用し、ロシアによるウクライナ侵攻を巡る親ロシア偽情報をポーランドの情報空間内で大幅に増幅する役割を担っている。今回の事件では、ロシア無人機侵犯へのポーランドの対応を、国内問題から国民の注意をそらすために人為的に構築された「戦争ヒステリー」の一環と主張する投稿を行っている。 今後の見通しと課題 見通しロシアとそれに連携する主体にとって、秘密情報工作と偽情報の拡散は紛争下で自国の利益を増大させる重要な手段である。本記事で挙げたような団体は、既存のオンライン基盤を活用することで軍事行動の効果を誇張したり、恐怖や不確実性を煽って社会の情報処理能力を妨げたりする点が特徴だと筆者は指摘する。こうした戦術は国内外双方に向けて展開され、情報環境をノイズで飽和させることが特徴であるが、記事によれば、今回の事件におけるポーランド領空侵犯でも同様の手法が確認され、歴史的傾向とも一致しているとされている。このようにロシアのプロパガンダ・偽情報エコシステム内で秘密工作員が動員された事実は、ポーランドおよびNATO加盟国が今後もロシア系影響工作活動の最重要標的であり続けることを示すと記事は指摘する。 課題(この節のみ一田和樹)GTIGの分析は一見的を得ているように見えるが、実はそうではない可能性が高い。今回はドローンというキネティックな活動とデジタル影響工作を組み合わせたものとなっている。この動きは直近のロシアの活動と照らし合わせると、見え方が変わってくる。ロシアは主として相手国の問題や事件に乗じた影響工作を行ってきているが、事件を自ら作り出す活動も行っている。直近では2025年10月19日にフランスのルーヴル美術館で起きた宝石強盗事件でロシアのパスポートがも見つかったという当局の発表があった。この発表はロシアを貶めるための虚偽ではないかとネットで話題になった。実はそのような当局の発表は存在しなかった。当局の発表があったというデマも、その後のネット上での話題もロシアが仕掛けていたものだった。事件を作りだし、それをもとに影響工作を行うことができれば選択肢は広がる。ドローンを飛ばすというキネティック活動はロシアの判断で行うことができ、それが大きくメディアや政治家が取り上げることはわかっている。メディアや政治家を通して広く情報を流布するチャンスを作り出せる。さらに並行して影響工作を行うことで情報の拡散をさらに拡大できる。この点はこれまでと異なっている。 もうひとつ異なっているのはドローンによる領空侵犯というキネティックな軍事活動と影響工作を連動させたことだ。そもそも影響工作はハイブリッド脅威なのだから、キネティックな活動と連動してもおかしくない。問題は解釈だ。GTIGの分析は局所的な影響工作の内容にとどまっており、キネティック活動と連動した意味と効果さらに他のハイブリッド脅威との関係については全く触れていない。局所的な影響工作だけをとりあげて分析しても、目的や効果がわからない。相手の活動の全体像をとらえる視点が欠落していることは致命的な問題と言えるだろう。
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November 30, 2025 at 2:57 PM
資金提供元が代わり変容するDFRLab

アメリカのシンクタンク大西洋評議会のデジタルフォレンジック・リサーチラボ(DFRLab)は、デジタル影響工作や認知戦などの調査で世界的に知られている組織だ。よくも悪くもロシアの工作の分析のひな形はDFRLabが作り、多くの機関がそれを取り入れて発展させた。SNSにおける拡散の分析から仕掛けているアカウントと人為的な拡散の仕掛けをあぶり出す手法や、コンテンツの内容やアカウントの特徴などからアトリビューションするアプローチなどはここから生まれた。 資金提供元の変化と品質問題…
資金提供元が代わり変容するDFRLab
アメリカのシンクタンク大西洋評議会のデジタルフォレンジック・リサーチラボ(DFRLab)は、デジタル影響工作や認知戦などの調査で世界的に知られている組織だ。よくも悪くもロシアの工作の分析のひな形はDFRLabが作り、多くの機関がそれを取り入れて発展させた。SNSにおける拡散の分析から仕掛けているアカウントと人為的な拡散の仕掛けをあぶり出す手法や、コンテンツの内容やアカウントの特徴などからアトリビューションするアプローチなどはここから生まれた。 資金提供元の変化と品質問題 歴史の浅いこの領域の研究では老舗といってもよいだろう。2024年後半から公開するレポートに変化が現れた。たとえば直近に公開された「Information environment research: UKRAINE」( )はポーランド政府のプロジェクト(Minister of Foreign A airs of the Republic of Poland "Public diplomacy 2024-2025 - European dimension and counteracting disinformation")の資金で実施されているMUGAの一貫となっている。ウクライナ以外にモルドバ、ジョージア、アルメニアなども対象となっており、こちらもレポートがある。ついでに言うとアメリカ国内のレポートはどんどん減っている。米国政府からの資金提供が絞られているため、欧州からの資金によるプロジェクトが増えているようだ。欧州以外からの資金も流れている可能性がある。たとえば最近日本に関するレポートが2度公開されているが、その解像度の粗さなどから少なめの資金によって実施された可能性がありそうだ。 DFRLabによる日本のX空間への中露ナラティブの分析 解像度の粗さは「Information environment research: UKRAINE」でも見られる。ウクライナの情報空間を語るうえでは、「Jeansa」あるいは「Political Jeans」の話題は必須だと思うのだが、まったく記述がない。また、ウクライナ最初の英字メディアである Kyiv Postで編集部が大量解雇(事実以上の解体)が行われた経緯も解雇には触れたが、その理由には触れていない。Kyiv Postを解雇された編集者の一部は現在独立したメディア Kyiv Independet を発行している。手前味噌で恐縮だが、上記については下記拙著をご参照ください。拙著以外に日本語で触れているものはなさそう。「ウクライナ侵攻と情報戦」(扶桑社) 他国の事情は国外からわかりにくいことも多いと思うが、以前比べると品質が落ちたことは否めない。 アプローチの変化 悪いことばかりでもない。資金提供元からの要請とは思うが、全体像をとらえることを行うようになった。特定のSNSの特定の動きに注目する以前にやり方は、事例分析としては成立しても、社会全体への影響を図ることはできなかった。できないのに、あたかも社会に取って深刻な問題であるかのように扱っていた。 直近のレポートである「Information environment research: UKRAINE」ではウクライナの情報環境全般の整理を行ったうえで、そこへの干渉を取り上げている。以前とはだいぶ異なるアプローチであり、致命的な欠点がだいぶ克服されている。アメリカとポーランドはどちらもロシアの脅威を深刻に受け止めていたと思うのだが、影響工作へのアプローチは異なっており、双方のよいところが組み合わさればこれまでになかった影響評価や対策が考えられるかもしれない。 ただし、その前提としては解像度の高いより精緻な調査研究が必要になる。資金源が欧州に移ったことがアメリカと欧州のアプローチの相乗効果を生み出すことを期待したい。 余談だが、日本に関する2本のレポートは日本政府もしくは近しいところかあ資金が出ているのではないかという懸念がある。もし、そうだった場合、資金提供元を明示しなかったことや解像度の荒いレポートの内容といい、DFRLabは日本にはスポンサーとしても調査対象としても関心がない、ということになる。資金提供額で態度が変わるのも新しい変化かもしれない(あくまで憶測です)。
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November 28, 2025 at 8:11 AM
カナダはAIを使いこなす国家になれるか?

はじめに 今回はCIGI(国際ガバナンス・イノベーション・センター)のJoel Blit氏によるレポート“Like Maple Syrup and Hockey, AI Must Become a Part of Our National Identity”を紹介する。…
カナダはAIを使いこなす国家になれるか?
はじめに 今回はCIGI(国際ガバナンス・イノベーション・センター)のJoel Blit氏によるレポート“Like Maple Syrup and Hockey, AI Must Become a Part of Our National Identity”を紹介する。 Blit氏は2025年11月13日付のこの論説において、カナダの将来はAI(人工知能)を生活のあらゆる側面に深く組み込めるかどうかにかかっていると強調している。AIを単なる産業ではなく汎用的なツールとして国家戦略の中心に据え、カナダ人全員がその恩恵を享受できる社会を築くべきだという主張だ。 本記事では、Blit氏の議論を軸に据えつつ、デジタル主権とは何か、なぜ今この概念が重要視されているのか、カナダの現状とデジタル主権の方向性、そして同氏の主張について順に紹介する。 デジタル主権とは 「主権」とは本来、国家が対外的にも対内的にも他の干渉を受けず独立して統治できる最高の権力を意味する。この概念をデジタル領域に援用した「デジタル主権」は、平たく言えば国家がデジタル技術やAIに関するインフラやデータ、技術、人材を自律的に掌握し、他国や海外企業に依存せずに開発・活用できる能力を指す。 その中でも同じく主権(sovereignty)の語を用いた「ソブリンAI」とは、国家や組織(企業など)が自国や自社のデータおよび技術を基に、独立して運用・管理するAI運用体制のことを指す。 「デジタル主権」が、デジタル領域における自律的な意志決定機能や統治能力を指すのに対し、「ソブリンAI」は主権を実現できるAIそのものに焦点を当てた言葉である。 たとえばAccentureの調査では、ソブリンAIについて「自国のインフラ・データ・モデル・人材を用いてAIを開発・展開する能力であり、データを外国から守り競争力を高めつつ、海外技術への依存を減らすこと」だと定義されている。 このデジタル主権の概念が注目され始めたのは欧州だ。2000年代半ばから欧州各国やEUで議論が高まり、2019年には欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が「デジタル時代に欧州の道を歩み続けるため、欧州自らがAIを含む技術を開発・保有し、研究を促進し、デジタルインフラを整備し、個人データ保護やAI規制を徹底し、サイバーセキュリティを強化しなければならない」と演説している。 これは、欧州が外国の巨大IT企業(DPF)の台頭に対抗できるよう自らをエンパワーし、デジタル空間における統治権=主権を守ろうとする戦略だ。具体的な施策として、EU一般データ保護規則(GDPR)では個人データの域外移転を制限し、EU市民のデータが外国政府や企業に利用されるのを防いでいる。 欧州の論調では「米国や米企業に『我々の』データを自由に利用させることは、我々の主要な資産と決定権の重要部分を明け渡すことであり、一言でいえば主権を放棄することだ」との指摘もある。 つまりデジタル主権の推進とは、データや技術の支配権を他者に渡せば国家の主導権(主権)も失われるという認識に基づき、自国でデジタル領域の統制権を確保しようとする取り組みである。 なぜ問題になっているのか では、なぜ近年このデジタル主権がこれほど重要視されているのか。その背景には、AIが経済・社会・安全保障に不可欠な基盤となりつつある一方で、その開発・提供を担う巨大企業や大国が限られている現状がある。AIを巡る地政学的緊張が高まる中、各国は技術面での自立を急いでいる。 実際、Accentureの2025年の調査によれば、現在の地政学的不確実性への対応として、欧州の組織の62%がデータやインフラの制御強化による「ソブリンAI」の導入を模索しているという政府にとって、医療や金融、防衛など重要インフラのAIが外国企業のクラウドやプラットフォームに依存していれば、万一対外関係が悪化した際にサービスが停止させられたり、機密データが他国の法制度下で覗かれたりするリスクがある。 また、自国でAIモデルを構築・運用できない国は、結局は他国で生まれたイノベーションを消費する「デジタル小作人」となり、自らはその技術標準やルール作りに影響を及ぼせなくなる恐れも指摘されている。こうした危機感が各国にデジタル主権・ソブリンAIの導入を唱えさせている大きな要因だ。 さらに、AIは情報戦のツールともなりつつある。一田和樹の記事「米中のプロパガンダ・エージェントと化すAIボット」( 一方、中国でも百度やDeepSeekといった主要AIボットが台湾選挙や米台関係に関して親中的な虚偽回答を行っていることが報告されている。米中両国がそれぞれ自国のAIを政治的プロパガンダに利用し始めている現実が浮き彫りになっているのだ。しかもLLM(大規模言語モデル)は検索エンジンに取って代わりつつあり、例えば米国では検索結果の要約がトランプ寄りの内容に傾き、中国では親中バイアスがかかった回答が表示されるなど、AIが生み出す「情報のフィルターバブル」が勢力圏ごとに作り出され始めていると指摘する。一田は、自前のAIモデルを持たない国は最終的に米中いずれかの偏向したAI基盤を選ばざるを得なくなると主張する。 このようにAIは大国の影響力競争の道具ともなっており、他国のプロパガンダに自国の世論や情報空間が呑み込まれないよう、ソブリンAIの確保が一層課題となっている。 加えて、AIはグローバルなガバナンス(統治)構造にも影響を与えている。最新の研究では、各国政府がAIを巡って「インフラの主導権を確保する主権(統制)志向」と「AIを自ら活用して能力を高める主権(活用)志向」の両面を追求していると指摘される。言い換えれば、各国はAIインフラを自国管理下に置こうとすると同時に、自国の行政や産業にAIを組み込み活用力を高めようとしている。 これは単に「GAFAなどのテック企業vs国家」という図式ではなく、国家と企業が協調と対立を繰り返しながらAIを組み込んだ新たな国際秩序が形作られつつあることを示唆している。こうした動向もまた、各国に自国のAI戦略を見直すことを迫っている。 カナダの現状と政府のデジタル主権のビジョン こうした中、カナダはデジタル主権・ソブリンAIにどう向き合っているのか。記事によれば、カナダ政府は最近、エヴァン・ソロモン AI・デジタルイノベーション担当相の主導で「国家AI戦略タスクフォース」を立ち上げ、30日以内に政策提言をまとめるという非常にタイトな日程で活動を開始した。ソロモン大臣はこの場で、信頼醸成のための緩やかな規制、スタートアップやスケールアップ企業への資金供給、カナダ製AI製品・サービスの調達支援、利用可能な計算資源の拡充、人材育成――という5本柱の大胆なアジェンダを示した。これに対しBlit氏は、政府がわずか1か月で包括的なAI戦略の骨子を練るという迅速な対応は、カナダがAIを国家の最優先経済課題と位置付けた表れだと評価している。 しかし記事は、このビジョンは刷新され幅広いものの、肝心な点である「すべてのカナダ国民がAIを使いこなせるようにすること」を見落としていると指摘する。カナダは過去数十年、生産性の低迷に悩まされてきた(G7で労働生産性の伸びが最も低く、直近では一人当たりGDPも減少傾向にある)にもかかわらず、従来型のイノベーション政策ではこの流れを変えられなかった。 ソブリンAI実現よりも使いこなす国家に そこでBlit氏は発想を転換し、AIを国民誰もが活用できる汎用技術として社会に浸透させることが必要だという。AIは特定企業の「産業」ではなく、電気やコンピュータのようにあらゆる部門・職業を変革し得る汎用目的ツール(GPT)だと捉え直すべきだとの主張である。その上で、カナダは自前の基盤的AIモデル(ファウンデーションモデル)の開発に固執するよりも、既に利用可能なそれらのモデルを活用して自国経済を変革することに注力すべきだと説く。次世代のカナダ経済を牽引する企業群は、基盤モデルそのものよりも、むしろそれらを応用したサービスやアプリケーションの普及・起業から生まれるだろうという見立てだ。 幸い、現在はそのための条件が整いつつある。高性能なオープンソースのAIモデルが広く公開され、アルゴリズムや半導体の進歩でそれらを動かすコストも急速に低下している。重要なのは「技術」そのものではなく「人」だと強調している。大規模言語モデルの登場で専門知識がなくとも自然言語でAIを使える時代が来ており、肝心の問いは「カナダが数社のAIチャンピオン企業を育てられるか」ではなく「農業従事者から教師、小規模ビジネス経営者まで含む国中の人々がAIを自分の仕事に役立てられるかどうか」である。 他国もこの「人」に着目した戦略に舵を切っている。シンガポールはAIリテラシーを市民の必須スキルとして位置付け国家的に推進し、英国も何百万人もの労働者に基本的なAI技能を提供する計画を掲げ、台湾でも数十万規模の教師や学生に対するAI教育が進められている。各国が競って国民全体のAI活用力向上=「AI文化」醸成に動き出していると言えるだろう。カナダも同様に、人材への投資と社会全体のAI理解増進に本腰を入れるべきだ、とBlit氏は訴える。 具体策として、全国規模のAIリテラシー啓発キャンペーンの必要性を挙げる。例えば図書館での市民向けAI講座や地域のタウンホールでの対話型イベント、公共・民間メディアを通じた技術の平易な解説などで国民の意識と信頼を高める。それと並行して、学校のカリキュラムにAI教育を組み込み、社会人が学び直せるよう税控除やマイクロレジデンシャル(短期の学修認定制度)を整備し、誰もが学べるオープンなオンライン学習機会を全国に提供するといった施策も提案している。こうした草の根から国家規模までの取り組みにより、中小企業でのAI導入が加速し、市井の人々が産業現場にAIを取り入れることで新たな起業やイノベーションが生まれるだろう。そして何より、AIによる変革の果実を一部の大企業オーナーや専門家だけで独占するのではなく、幅広い国民が享受できるようになると期待される。 Blit氏は「カナダの成功はAIが経済と文化の隅々に根付いたAI国家を築けるかにかかっている。何しろ現代AIを生み出したのはカナダなのだから、今やAIをメープルシロップやホッケーと同じくらい我々の国家アイデンティティの一部にしなければならない」として結んでいる。カナダにおいては、「ソブリンAIを確立できるか」以上に、「自国の誰もがAIを使いこなせるか」が将来を左右する。 課題は残る (本節のみ、一田和樹のコメント)こうしたアプローチは欧州ではよく目にするものであが、厳密には非常に難しい。なぜならデジタル主権は、データ主権、運用主権、技術主権、ソフトウェア主権などで構成される(いくtかバリエーションはあるものの、共通している部分も多い)。
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November 27, 2025 at 3:35 PM
GPT-5は期待外れ?むしろAIの飛躍的向上への予兆?

GPT-5の性能は期待外れだった?  OpenAIはGPT-5を2025年8月8日にリリースした。GPT-4リリースから2年強経っていたこともあり、その性能とそれがもたらす新たな用途に世間の期待が高まっている中での発表だった。  AGI pilledな言説(人間にできる認知タスクのほとんどをコスパよくこなせるAIシステム=AGIが数年以内に実現し、世界を変えるというナラティブ)も世間を覆い、「Situational Awareness」や「AI 2027」といったエッセイやレポートがその期待を補強していた。…
GPT-5は期待外れ?むしろAIの飛躍的向上への予兆?
GPT-5の性能は期待外れだった?  OpenAIはGPT-5を2025年8月8日にリリースした。GPT-4リリースから2年強経っていたこともあり、その性能とそれがもたらす新たな用途に世間の期待が高まっている中での発表だった。  AGI pilledな言説(人間にできる認知タスクのほとんどをコスパよくこなせるAIシステム=AGIが数年以内に実現し、世界を変えるというナラティブ)も世間を覆い、「Situational Awareness」や「AI 2027」といったエッセイやレポートがその期待を補強していた。  しかし、その矢先にリリースされたGPT-5は、2024年12月に発表された「OpenAI o3」(以下、o3)から飛躍的に性能が向上したとは言い難いものだった。 2つのベンチマークの結果。図:「GPT-5 が登場」から。  ソフトウェアエンジニアリングに関するベンチマークのSWE-bench Verifiedでは69.1%から74.9%、数学者にとっても難しい問題を集めたFrontierMathではo4-mini(python)からGPT-5(python)で19.3%から26.3%だ。確かに進歩はしているが、大きな飛躍とは言い難い。  また、エージェント能力、自律性のベンチマーク面においてもある意味期待はずれなものだった。 「AI 2027」は、2027年末までにAGIが開発される可能性があるとした上で、2025年に「Agent-0」と呼ばれるAIが出現し、METRのソフトウェアエンジニアリングに関する自律性のベンチマークで、およそ「「人間がやると1時間かかるタスクを、80%の確率で自律的にこなせる」レベルになると予想していた。 AIエージェントが自律的に完了できるコーディングタスクの長さ図:「AI 2027」の脚注「Why we forecast a superhuman coder in early 2027」から  しかし現実にはGPT-5は人間なら26分でできるタスクを自律的に80%の確率で完了するという結果になった。AI2027の予想の1時間よりも短いタスクしか現状行えていない。 LLMが80%の確立で完了できるソフトウェア開発タスクの所要時間図:「Measuring AI Ability to Complete Long Tasks」から  確かにGPT-5はハルシネーションが減少していたり、コストが安くなっている。ルーティング機能がついて週間アクティブユーザー7億人が推論モデルを使用できるようになったインパクトは大きい。GPT-5が目標にしているのは純粋な性能向上ではなく、多くの人にAIの価値を感じさせ、ターゲットを巨大な消費者市場に広げることだというSemianalysisの考察もある。  一方で純粋な性能向上という面ではインパクトを感じづらい人も多かったのではないだろうか。  ここで疑問が湧いてくる。GPT-5のリリースはOpenAIが基本路線とする開発時の学習計算量を増やすことによってAI性能を向上させるという傾向から外れたイベントだったのだろうか? GPT-5はGPT-4からほとんど開発時の計算量が増えていない  AIトレンドを緻密に分析しているEpochAIは、GPT-5の開発時の学習計算量はGPT-4からほとんど増えておらず、GPT4.5より少ない学習計算量で訓練されたと指摘している。 GPT-5は、前のバージョンよりも少ない計算量で訓練された初の主要なGPTモデルである図:「Why GPT-5 used less training compute than GPT-4.5 (but GPT-6 probably won’t)」から  彼らの分析によるとGPT-5は事前学習と事後学習を合わせて5*10^25FLOPsの計算量でトレーニングされた可能性が高く、事後学習に至っては10^24FLOPs台の可能性もある。  一方で「AI 2027」で2025年にリリースされると予想されていたAgent-0モデルの計算量はおよそ10^27FLOPsで、20倍以上も異なる。 AI 2027のモデルに使用された学習計算量図:「AI 2027 Compute Forecast」から  これらの分析を総合すると、当初は少なくとも10^27FLOPsの計算量でトレーニングされたモデルがGPT-5としてリリースされると予想されていたが、現実には10^25FLOPs台の計算量でトレーニングされたモデルがGPT-5としてリリースされたことになる。  GPT-5の性能が微妙にしか向上しなかったのは、開発時の学習計算量が頭打ちになったからではなく、そもそも学習計算をあまり行っていないということなのだろう。  つまり、今後学習計算量を増やせば、GPT-5の性能はまだまだ向上しうるということだ。
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November 24, 2025 at 10:01 PM
イスラエルの圧倒的な軍事力さえねじ伏せる『ナラティブ』

1. 始動するイスラエルキャンペーン 2025年9月。米司法省の外国代理人登録法(FARA:Foreign Agents Registration Act)資料からイスラエル政府が米PR会社と契約を結んだことが明らかになった。 資料によると、イスラエル政府と契約したのは、キリスト教系広報「Show Faith by Works」、オンライン戦略会社「Clock Tower X」、そしてイスラエルのキャンペーンのために設立された民間企業「Bridges Partners」の3社が確認されている。…
イスラエルの圧倒的な軍事力さえねじ伏せる『ナラティブ』
1. 始動するイスラエルキャンペーン 2025年9月。米司法省の外国代理人登録法(FARA:Foreign Agents Registration Act)資料からイスラエル政府が米PR会社と契約を結んだことが明らかになった。 資料によると、イスラエル政府と契約したのは、キリスト教系広報「Show Faith by Works」、オンライン戦略会社「Clock Tower X」、そしてイスラエルのキャンペーンのために設立された民間企業「Bridges Partners」の3社が確認されている。 契約した企業はすべて、近年のイスラエルのガザ戦争で減少したとされる米国の右派、福音派の若年層の支持を回復し、国のオンラインイメージの向上させることを約束している。端的に言えば、イスラエルは自国から離れつつある米国民の心を引き戻そうとしている。 イスラエルが多額の予算を割いて米国内のイメージを回復させようとしているのは、米国の世論が自国の存続の生殺与奪を握っているからに他ならない。 2. 蜜月にあったイスラエルとアメリカ イスラエルにとってのアメリカとは以下だ。 軍事支援アメリカはイスラエルに対し、毎年数十億ドル規模の軍事援助を行っている。たとえば、2016年のアメリカ・イスラエル間の覚書では2019~2028年に年間約38億ドルの軍事支援が予定されていた。このような規模でイスラエルに軍事支援を実施する国は他にはない。 外交的支援アメリカは国際場面でイスラエルを外交的に擁護してきた。特に国連においては、1972年以降、イスラエルに対する批判的決議について、アメリカが拒否権を行使したのは数回などではない。おおよそ45回に達する。イスラエルの国際的な孤立を回避するためにアメリカは支え続けてきた。 アメリカにとってのイスラエルは以下になる。 地政学的必要性アメリカにとって、イスラエルは中東という地域における戦略拠点的意味を持っている。中東は石油・エネルギー・貿易ルートが交錯する地域であり、その安定的運用においてイスラエルは中東に打ち込んだ楔の役割を担っている。 人種ユダヤ系アメリカ人は、自らの祖先の文化・歴史・宗教的ルーツをイスラエルに持つ場合が多く、イスラエルに親近感を抱く人が多数存在する。 宗教福音派キリスト教徒の一部は、イスラエルの再建・存続が神の計画であると考えている。その理由は旧約聖書に、神がユダヤ人に土地を与えるという約束(契約)があるからだ。※創世記12章、申命記30章などそれを現実化したのがイスラエルであり、福音派のキリスト教徒は支援を表明する者が多い。 上記のように、地政学的必要性に加え、アメリカ国内にはユダヤ系アメリカ人、福音派キリスト教徒などを背景に、イスラエル支持を表明する有力な政治・社会勢力がある。これがアメリカの対イスラエル政策に影響を与えてきた。 この現象はアメリカ以外のヨーロッパ圏には見られないものだ。地政学的観点から見ると、ヨーロッパでは湾岸戦争をきっかけにエネルギー代替が進んでおり、アメリカほどの必要性は薄れている。ユダヤ人にしても、ヨーロッパで迫害された歴史があり新天地であるアメリカに移住する人が多かった。そのため、ヨーロッパのユダヤ人の数は少なく、コミュニティも小さい。またヨーロッパでは福音派の数は少なく、政治力を形成するほどの力はない。逆に福音派の宗教観は、新天地であったアメリカで生き抜く人々と相性がよく、政治力を形成する規模となっている。 以上の背景から、ヨーロッパ圏とは比較にならない度合いでアメリカはイスラエル支援を続けてきたのだ。 3. ゆらぎつつあるアメリカ国内のイスラエル支持 昨今、アメリカのイスラエル支持が揺らいできていると言われる。日本でもここ数年イスラエルがガザ地区へ強硬的な攻撃を行ったといったニュースの記憶があるのではないだろうか。報道からもイスラエルのイメージが悪くなったと感じる向きはあるだろう。 その理由はイスラエルが強硬的な姿勢に変化し、その結果、イスラエルはアメリカ国内でイメージアップキャンペーンをしなければならない状態に追い込まれたようにも見えるが、事実は違う。 イスラエルが変わったのではない。はるか昔からイスラエルはパレスチナ人への攻撃を続けてきた。それは国連のイスラエルに対する批判的決議について、アメリカが拒否権を45回も行使している事実からも明らかだ。イスラエルの政策はこれまでと大きく変化はなく、急激に攻撃的になったわけではないのだ。昨今、民間人が犠牲になったという報道なども多いため、イスラエルが変化した印象はあるかもしれない。だが、それは意図的なものではなく、結果論にすぎない。 変わったのはイスラエルではなく、アメリカだ。中でもアメリカの若年層の変化が著しい。 2024年、アメリカ国民にイスラエルとハマスとの紛争に対する見解について調査したデータがある。 問:イスラエル人、パレスチナ人のどちらに共感しているのか。18~29歳 イスラエル人:14%      パレスチナ人:33%若いアメリカ国民はイスラエル人よりもパレスチナ人に、ダブルスコアをつけて共感的だった。 一方で65歳以上のアメリカ国民にたずねると結果は逆転する。65歳以上 イスラエル人:47%      パレスチナ人:9%圧倒的にイスラエル人に共感的だ。 全体では、イスラエル人に共感:31%、
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November 24, 2025 at 12:23 PM
過熱するAIインフラ競争と Metaの巨額投資の行方

Meta(旧Facebook)は先日、米国でのインフラ整備のため、2028年までに6000億ドル(約90兆円)を投資すると発表した。この計画には「業界をリードするAI関連のデータセンターの建設」が含まれている。 しかし英国のIT系メディアThe Registerは、「同社の状況を考えると、その実現は困難ではないか」と指摘した。今回はこの計画の話題とともに、加熱する巨大テック企業のAIインフラ投資競争と、人々の反応について取り上げたい。 Metaの「6000億ドル投資」計画 Metaは2025年11月7日、自社の公式サイトに「How…
過熱するAIインフラ競争と Metaの巨額投資の行方
Meta(旧Facebook)は先日、米国でのインフラ整備のため、2028年までに6000億ドル(約90兆円)を投資すると発表した。この計画には「業界をリードするAI関連のデータセンターの建設」が含まれている。 しかし英国のIT系メディアThe Registerは、「同社の状況を考えると、その実現は困難ではないか」と指摘した。今回はこの計画の話題とともに、加熱する巨大テック企業のAIインフラ投資競争と、人々の反応について取り上げたい。 Metaの「6000億ドル投資」計画 Metaは2025年11月7日、自社の公式サイトに「How Meta's Data Centers Drive Economic Growth Across the US」と題された記事を掲載した。ここに記された文章の多くは、「我社がAIのデータセンターを建設することが、どれほど米国の経済にとって有益となるのか」をアピールする内容となっている。 ・この建設は米国のAI技術とインフラの発展に貢献するだけでなく、新たな雇用の創出、地域経済の支援、そして米国の技術的なリーダーシップの強化にも貢献します・持続可能な建設、自治体のインフラへの投資、そして地元の学校や非営利団体への助成金の提供を通して、データセンターをホストする地域社会の強化にも取り組みます・Metaは次世代のAI製品の開発と、誰もが使える個人的なスーパーインテリジェンスの構築に注力しています。これらの目標を達成し、米国が技術的な優位性を維持するためにはデータセンターが不可欠なのです このように様々な利点を挙げ、それらの全てが「6000億ドルの投資の目的」であるかのように強調しているのだが、要するにMetaが実現したいのはAIデータセンターの建設であり、「その結果として生まれる利益」を説いていると考えてよいだろう。 このメッセージをMetaが届けようとしている相手は、おそらく米国の一般市民ではなく、米国政府や地域の公共事業者、あるいはパートナー企業や中央銀行などだろう。Metaの大規模な計画が抱える多くの課題(たとえば電力や水資源)に対応するには、彼らとの良好な連携が不可欠になるため、Metaとしては「みんなに様々な利益をもたらす計画なのです」と強くアピールしておきたい場面だ。 そもそもマーク・ザッカーバーグは2025年9月、ホワイトハウスの晩餐会に招かれた際、トランプ大統領に「今後のMetaは数年間で、少なくとも6000億ドルは米国に投資する」と語っていた。先日発表された計画は、この約束に基づいたものと考えられている。 ひたすら過熱する「AIインフラ構築競争」 主要ビッグテック企業の間では現在、AIインフラの整備競争が激しさを増している。AIモデルに必要となるのは技術力や開発力だけではなく、そのトレーニングや運用のための計算資源や電力、そしてデータセンターなどのインフラが不可欠となるためだ。 この分野に巨額の資産を投入している企業の代表格としては、NVIDIA、Microsoft、Google、Meta、Amazonなどが挙げられるだろう。これらの企業にはそれぞれに利点と弱点(たとえばGPUの調達力、電力の調達、データセンターの運用効率など)があり、どの企業がこの先をリードするのかは多くの注目を集めている。現在のところ、データセンターGPU市場で圧倒的な強さを見せており、インフラに積極的な取り組みを示しており、さらに世界最大の時価総額企業にもなっているNVIDIAが最も優位だろうと予想する声は多い。しかしOpenAIへの戦略的投資で知られるMicrosoftや、Vertex AIやTPUアクセラレーションが強みのGoogleも有力候補だ。 上記三社の投資額はどのようになっているだろうか。NVIDIAは今年9月、最大1000億ドルを段階的にOpenAIへ出資して巨大なAIデータセンターを建設すると発表した。またMicrosoftは、2025年度の「AI対応のデータセンターの建設・拡充に投資する計画」に約800億ドルを投資すると語っている。そしてGoogleは「主にクラウドサービスの急速な需要増とAI関連インフラの拡充のため」として、2025年の支出額を850億ドルに引き上げた。 あまりにも数字が大きすぎて感覚が麻痺しそうになるため、いちおう念押ししておくと、これらは「円」ではなく「ドル」である。600億ドル~850億ドルというのは、中規模先進国(たとえばフィンランドやルーマニアなど)の年間国家予算に匹敵する金額だ。 The Registerが指摘した「実現の可能性」 そんな中でMetaが発表した「数年間で6000億ドルの投資計画」は、他社に引けを取ることのない、充分なインパクトを与えるほどの金額だった。その発表は、もちろん競争相手を牽制するためのブラフではない。Metaは先日にも300億ドルの社債を発行しており、6種類に分けられた債券の償還期限は短いもので2030年、長いもので2065年だった。つまりAIインフラに投資するため、同社は「40年債を含めた『超長期債』での大規模な資金調達」を実際に行っている。 しかし英国のITメディアThe Registerは11月8日、「Meta can't afford its $600B love letter to Trump」と題された記事の中で、「Metaが途方もない額の負債を担わないかぎり不可能であり、実現が困難な計画だ」と指摘した。その具体的な理由として ・同社は2025年に「700億ドル前後」を設備投資に回す見通しを発表しており、その大部分がAIのインフラに使われる予定となってはいるのだが、「数年で6000億ドル」の約束を達成したいのなら、その支出を3倍ほどに増やさなければならない・Metaの2024年の純利益は620億ドル程度だった。現金(現金同等物と流動資産)も約445億ドル分ほどあるが、それらを足しても目標には遠く及ばない・大規模な負債の活用は避けられず、すでに300億ドルの社債を発行しているのだが、それでも足りない などが挙げられている。つまり現状のMetaには、これほど巨額に膨れ上がったプロジェクトを自力で賄う体力がないため、金融機関や投資家を頼るか、ビジネスパートナーの資金を頼るか(※)、あるいはさらなる長期的債務の活用に頼らなければならない。いずれにせよリスクが大きく、さらに巨額の負債を担う形になるだろうという指摘だ。同誌は以下のように記事を締めくくっている。 『もしもMetaに、6000億ドル規模の米国内インフラ拡張計画を実現する望みが少しでもあるとするなら、ザッカーバーグは資金提供者たちの「豊かさと忍耐力」に期待するしかない』 ※たとえばMetaは、すでにBlue Owl Capitalとのジョイントベンチャーを設立している。ざっくり説明すると、Blue Owl Capitalが大部分の資金を出してデータセンターを建設し、Metaはリース契約で借りるという流れになる(このジョイントベンチャーが担当するのは6000億ドルのデータセンター計画のごく一部であり、もちろん「6000億の大部分をBlue Owl Capitalが支払う」わけではない、念のため)。つまりMetaは全てのデータセンターを自社で所有するのではなく、ジョイントベンチャー契約を利用して「リースで使う」ことも念頭に入れている。この場合のMetaには、市場の状況次第で「リース契約を終えて撤退する」という逃げ道も残されている……ようにも見えるのだが、どうやらMeta側には「違約金発生」のリスクがあるようだ。 「AIインフラ戦争」が残すもの(あるいは奪うもの) この記事は、「世界で最も裕福な企業のひとつとして知られているMetaでさえ、自力ではデータセンターの夢を実現できない。どれほど大きな計画を発表しようと、結局は外部の資金をあてにするしかない」という厳しい現実を浮き彫りにしている。Metaの場合は主な収入源が広告なので、先述の三社と比較したとき「とりわけ無茶な投資」にも感じられるのだが、だからといってNVIDIAやMicrosoftやGoogleが一年で数兆円~数十兆円規模の支出を手軽に行えるわけでもない。 なぜ時価総額ランキングのトップクラスに名を連ねる企業が、これほど無茶をしてまでAIインフラに莫大な投資をしなければならないのか。もちろん「AI戦争で勝つには、それを動かすためのインフラが不可欠だから」であり、さらに「次の産業の基盤(未来の支配権)を目的とした投資だと見なしているから」だろう。 出典:Largest Companies by Market Cap in 2025 _ The Motley Fool 2025年11月の時価総額ランキング。NVIDIA、Microsoft、alphabet(Google)、Meta、Amazonはいずれもトップテンに入っている
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November 20, 2025 at 11:51 AM
イーロン・マスクがXを利用して英国右派を推している検証結果

1. はじめに  今回は、Sky NewsのData and Forensicsチームによる調査記事「THE X EFFECT: How the world's richest man is boosting the British right」(…
イーロン・マスクがXを利用して英国右派を推している検証結果
1. はじめに  今回は、Sky NewsのData and Forensicsチームによる調査記事「THE X EFFECT: How the world's richest man is boosting the British right」( Newsが記事の冒頭で取り上げるのは、反移民デモの現場でマスクの名が連呼され、政治集会では彼が画面越しに支持者から喝采を浴びる光景である。こうした現象をマスクの単なる人気や発信力の問題としてではなく、マスクの意向を反映したアルゴリズムがもたらす影響と仮定し検証した。その上で、英国政治に対して正式な権限を持たないマスクが、プラットフォームを通じてどのように可視性のバランスを操作しうるのかについての知見を提供した。 2. 背景  マスクはXを「言論の自由のための場」にすると宣言し、社名の変更や8割に及ぶ大規模解雇、アルゴリズムコードのGitHub上での限定的公開など、従来の運営方針を大きく転換させてきた。しかし同時に、英国政治に関する強い立場表明を繰り返し、反移民感情を刺激する投稿や、J.R.R.トールキン作品を引用して「英国人は戦わなければ死ぬ」と煽動するといった発言を行っている。こうした投稿は国内の右派運動で積極的に引用され、支持集会では群衆がマスクの名を叫び、彼がビデオ出演すると熱狂が生まれるといった状況が見られている。 記事は、プラットフォームの所有者が政治的言説の発信者となるだけでなく、可視性の構造そのものを形作る力を持つという点を強調し、これが民主社会における新しい政治的影響力として機能しているのではないかと提起している。 3. 調査手法:新規アカウントを用いた検証  前項のような事象を検証するため、Sky Newsは、政治的傾向ごとに作成した9つの新規Xアカウント(左派3、右派3、中立3)を用いた実験を行った。アカウントはそれぞれクッキーや過去の検索情報を完全に排除した「クリーン」な状態で開設し、アルゴリズムがどのような投稿を送ってくるかを収集した。観測としては、2025年5月の2週間にわたり、各アカウントの「For You」ページを1日2回記録し、その結果として約9万件の投稿が収集され、投稿元アカウントは約2万2,000人にのぼった。 さらに、Sky Newsは外部の研究者やデジタルコンサルティング企業「411」と協力し、収集した全投稿の3分の2(67%)を占める、そのうち最も頻繁に投稿された約6,000アカウントについて政治的傾向や言語の過激性を分類した。また、投稿の5%以上に非人間的な言葉、暴力の支持、陰謀論といった「有害な(toxic)言語」が含まれるアカウントを「過激」と定義し、投稿内容の性質を体系的に整理している。加えて、調査期間中に投稿が多かった主要政治家33名について、実際の投稿量とユーザーに提示された投稿量を比較し、アルゴリズムによる可視性の偏りを評価した。 5. 特定政治家の優先表示とマスクの影響  政治家33名の比較では、投稿量と表示量の乖離が際立つ政治家が存在した。マスク氏が支持を表明している右派・無所属のルパート・ロウの投稿は、比較対象政治家33名の全投稿の6%しか占めないにもかかわらず、ユーザーに届いたこれら政治家からの投稿の約4分の1(24%)を占めているという結果が示された。一方、最も多く投稿していた(全投稿の13%)左派のジョージ・ギャロウェイは、表示量がわずか3%にとどまっていたことが分かった。 さらに、マスク自身が特定の投稿に反応した場合、その投稿の広がりが劇的に増大することが確認された。ロウの投稿では、マスクがリプライやリツイートを行うことでエンゲージメントが通常の5倍に跳ね上がったとされる。こうした現象は、プラットフォームの上層部(=マスク氏)の決定がアルゴリズムの挙動に反映され、政治的影響力の拡大に加担している可能性を示すものだと強調する。マスクの支持表明を受けて、ベン・ハビブ氏率いる新興右派政党Advance UKが会員を急増させた(37,000人超)事例も紹介され、表示頻度の偏りが現実の政治活動に影響している構図が明らかになった。 6. アルゴリズムの不透明性と誤情報対策の後退  記事では、元Twitter従業員の証言も交えながら、マスクによる80%のスタッフ解雇、特に誤情報対策チーム(curation team)の解体によって、質の低い情報(偽情報)が高速で拡散しやすい環境が生まれていると警告している。X上のコミュニティノートは偽情報の拡散防止に補完的な役割を果たしてはいるが、速度や範囲の点で十分な歯止めにはなっていない(遅すぎる)とも指摘される。また英国のオンライン安全法(OSA)はプラットフォーム事業者に違法コンテンツへの対応を求めているが、政治的バランスを担保する仕組みまでは組み込まれておらず、アルゴリズムの偏りを制度的に調整する枠組みが存在しないことも問題として挙げられている。 7. 結論  Sky Newsの調査は、新規アカウントがXを使用し始めた初期段階で、右派および過激な政治的言説が体系的に優先表示されている可能性を実証的に示した。 政治的傾向にかかわらず右派投稿が多く提示され、過激表現が政治投稿の半数以上を占め、マスク氏が好む特定の政治家(ルパート・ロウなど)が投稿量を超えて可視化される事例が確認された。さらに、ロウ氏の投稿表示が5倍に跳ね上がった事例により、マスク自身の意向が可視性を直接増幅させることがわかり、Advance UKの党員増からはマスクの支持する右派勢力の政治的影響力拡大にアルゴリズムが寄与している構図も明らかになった。 プラットフォームが公共的議論の基盤として機能する一方、その内部でどの声が大きく、どの声が小さく扱われるのかが、所有者やアルゴリズム設計によって大きく左右される現状は、今やむしろ私有地のようなものであると記事は述べており、英国の政治プロセスと民主主義の健全性に対して新たな課題を突きつけている。記事は、これまで個々のユーザーの印象論として扱われてきた「マスク氏率いる上層部の意向がタイムラインに反映される」ことを具体的なデータで可視化したことで、プラットフォームの影響力を検証する材料を提供している。
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November 19, 2025 at 10:01 PM
12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 大久保陽一

12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 災害、疫病など現代社会はさまざまな危機に直面しています。この危機をデータによって可視化、分析するサービスを行っている企業、株式会社Spectee(スペクティ)は、国内で起きた災害での偽・誤情報の分析も行っています。 Spectee社でOSINTの手法を活用したSNS分析に取り組んでいる大久保陽一氏はベリングキャットのワークショップに参加したこともあります。今回は大久保氏をお迎えし、お話しをおうかがいします。 参加登録はこちらから
12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 大久保陽一
12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 災害、疫病など現代社会はさまざまな危機に直面しています。この危機をデータによって可視化、分析するサービスを行っている企業、株式会社Spectee(スペクティ)は、国内で起きた災害での偽・誤情報の分析も行っています。 Spectee社でOSINTの手法を活用したSNS分析に取り組んでいる大久保陽一氏はベリングキャットのワークショップに参加したこともあります。今回は大久保氏をお迎えし、お話しをおうかがいします。 参加登録はこちらから
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November 19, 2025 at 3:30 AM
オンライン上での「有害な」発言が果たす役割

1. はじめに 今回は、William Hollingsheadによる論文「Online toxic speech as positioning acts: Hate as discursive mechanisms for othering and belonging」(…
オンライン上での「有害な」発言が果たす役割
1. はじめに 今回は、William Hollingsheadによる論文「Online toxic speech as positioning acts: Hate as discursive mechanisms for othering and belonging」( )を紹介する。デジタルプラットフォームは参加者の間で共同体意識やアイデンティティを育む一方で、有害な言説や過激な発言を用いた排除的行為を助長することはよく知られている。しかし、有害な言説や憎悪表現は他者を傷つけるだけでなく、他者の排除と自身の帰属意識を表明する主要な手段とされている。本論文ではコロンビアの公開Telegramグループを事例に、毒性が高い投稿を分析することで有害な言説や憎悪表現が内集団・外集団の形成と維持を構造化する役割を検証している。 2. 反社会的言説の別の側面 侮辱や脅迫などの反社会的行為はデジタル空間で拡大しているが、その影響は単に社会へ害を与えるだけではない。筆者が「有害な発言(Toxic Speech)」として紹介する概念は、通常は身体的危害の脅迫、侮辱、見下した言説といった形態を伴う一方で、がん治療で使われる「毒素」のように社会的・文化的・コミュニケーション的実践という正の役割も伴っているとされる。有害な発言は他者化や非人間化を通じて紛争の激化を招くが、同時に内集団の境界を強化することで、時に抵抗や報復的正義、文化的ナラティブの構築・維持に寄与することもある。また、挑発的言説やトロール行為が権力への批判や市民的対話の契機になりうる点も指摘されているように、有害性の社会的・反社会的側面は分離が難しく、何が有害かはコミュニティ規範やアイデンティティによって決まると筆者は指摘する。つまり、有害発言を理解・緩和するには、文化的・文脈的実践として捉え、その社会的機能を代替可能にするアプローチが必要だと論文は指摘している。 3. 研究方法 本論文では、上記のような反社会的行為と集団の形成を説明するために、「ポジショニング理論」を引用し、人々が特定の社会的文脈における言説を用いて「自己と他者を位置づける」方法を検証している。検証では、コロンビア・メデジンの公開Telegramグループ「Chismes Frescos Medellin」を対象に、有害な発言がオンライン上でどのように社会的境界を構築するかを明らかにするため、質的アプローチを用いた分析が行われている。2023年4月から9月の期間に投稿された約10万件のメッセージを収集し、Google Perspective APIを用いることで「毒性」スコア0.7以上の投稿3221件を抽出したとしている。分析手法としては、テーマ別分析(Thematic Analysis)を採用し、特に投稿が誰をどのように位置づけ、どのような集団境界を構築するのかという点に比重を置いた分析を行っている。研究では、犯罪・政治・移民・ジェンダーなど、議論が頻発する領域における有害発言の役割を精査し、発話が内集団・外集団の区別をどのように強化し、コミュニティ規範の監視・交渉・再生産にどのように寄与するかを分析している。 4.結果 調査の結果、今回研究対象とされているグループでは「地域の不安」「政治的帰属」「移民」「ジェンダー」の4つが主要なトピックとして現れた。 4.1 地域の不安治安をめぐる投稿では、犯罪者とみなされた人物が「害虫」「ネズミ」など強い非人間化表現で語られ、自警行為や暴力的制裁を求める声が頻繁に見られた。この領域では、内集団=「市民」、外集団=「犯罪者」という明確な序列が構築され、異論を唱える者も外集団として排除されやすい。毒性的な発話は、コミュニティを脅かす存在を象徴的に「駆逐」することで、治安への不安を共有し、集団の正義観・規範を再確認する機能を果たしていた。 4.2 政治的帰属政治では、左派・右派双方が互いを「無能」「愚か」「腐敗」などと侮辱し合う「毒性」の高い言説が多く見られた。しかし前項の治安問題ほどコミュニティの境界が固定されておらず、ユーザーは議題に応じて柔軟に立場を変えたり、特定の論点で一時的に同調したりするなど、位置付けが流動的であると指摘されている。 4.3 移民移民(コロンビア国内のコミュニティのため主としてベネズエラ人のことを指す)に対する有害言説は最も排他的で暴力性が高い。移民は犯罪・不道徳・経済混乱の象徴として扱われ、「寄生虫」「疫病」といった深刻な非人間化表現が乱用された。擁護的意見が現れると、より強烈な攻撃的反応が返され、外集団としての位置付けが強固に維持された。移民はコミュニティの安全・文化・経済的安定を脅かす存在として語られ、敵意の対象が特定の国籍に集中的に向けられていた。 4.4 ジェンダージェンダーやセクシュアリティをめぐる投稿では、女性、フェミニスト、LGBTQ+への侮辱が多く、性役割に対する保守的イデオロギーが強く表出している。一方で、こうした攻撃的言説に対抗する批判的な毒性発言も存在し、複雑な敵対関係がさまざまな場所で見られると指摘されている。 5. 有害な言説が果たす役割 本研究では、有害な発言が言葉通りの意味を持つ一方で、プラットフォーム上で集団境界を構築・再交渉する手段として機能している点が示された。例えば治安や移住に関する言説では、犯罪者や移民が強く非人間化され、「善対悪」の二項対立が固定化されるため、異論が出ることがほとんどない。特にベネズエラ人移民は「害虫」として描かれ、社会不安の象徴として標的化される。一方で、政治やジェンダー・セクシュアリティの領域では境界が流動的で、多様な立場が衝突しながらも議論が続くという特徴がある。筆者は、有害な言説は抑圧への抵抗や連帯形成にも利用され、単なる反社会的行動ではなく、自己や集団を高揚させる行為として理解されるべきと指摘している。 6.結論 本研究は、有害な発言が単なる敵対者への攻撃手段ではなく、社会性を維持する重要なツールでもあるということを指摘している。有害な発言は、コミュニティ規範に違反する者を制裁し、内集団を脅かす外集団メンバーを攻撃することで、オンラインコミュニティ内での所属権を交渉する手段となっているためである。つまり、オンラインコミュニティにおける有害な発言を理解するには、それぞれの文脈を明確に区別する微妙な配慮が必要であると筆者は述べる。オンライン上の会話というものは、常に混乱し感情的になり得ることを認めつつ、その運用者は許容範囲を公平かつ倫理的に設定することが重要であると論文は指摘する。
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November 18, 2025 at 1:36 AM
「ICEのなりすましによる凶悪犯罪」をFBIが警告

米国では2025年初頭以降、つまり第二次トランプ政権が発足して間もない頃から、「ICEの職員を装った犯罪者たち」による犯罪が相次いで報告されている。 先日のWIREDの報道によると、2025年10月にはFBIが「ICE職員に成りすました犯罪者の急増」について警告を発していたようだ。ここで興味深いのは、この警告が「偽者のICE職員に気をつけましょう」という一般市民への喚起ではなく、米国内の法執行機関の職員たちに対する警告文書だったという点だろう。…
「ICEのなりすましによる凶悪犯罪」をFBIが警告
米国では2025年初頭以降、つまり第二次トランプ政権が発足して間もない頃から、「ICEの職員を装った犯罪者たち」による犯罪が相次いで報告されている。 先日のWIREDの報道によると、2025年10月にはFBIが「ICE職員に成りすました犯罪者の急増」について警告を発していたようだ。ここで興味深いのは、この警告が「偽者のICE職員に気をつけましょう」という一般市民への喚起ではなく、米国内の法執行機関の職員たちに対する警告文書だったという点だろう。 今回は、このWIREDの独占記事が伝えた「FBIの警告」を紹介しながら、現在の米国が置かれている状況や、法執行機関の役割について考えていきたい。 はじめに:FBIの内部警告とは 2025年11月4日のWIREDに掲載された「FBI Warns of Criminals Posing as ICE, Urges Agents to ID Themselves」は、FBIが発行した勧告通達に基づいて書かれた記事だ。それは一般に公開されたものではなく、法執行機関向けに送られた内部文書だったのだが、透明性非営利団体「Property of the People」が情報公開法を通じて入手したものと説明されている。 FBI Warns of Criminals Posing as ICE, Urges Agents to ID Themselves _ WIRED 警告に記された「偽ICEの犯行」事例 この文書には「ICE職員になりすました犯罪者」の実例がいくつか記されている。それらの全てが2025年、つまり第二次トランプ政権発足後に起きた事件である。WIREDの記事に掲載されたものの中から、特に悪質なものを以下に紹介する。 ・ノースカロライナ州の性的暴行事件(1月)入国管理官を名乗る男がモーテルに侵入し、女性に偽の身分証明書を提示しながら、「私の言うことを聞かなければ国外追放する」と脅迫し、性的行為を強要した。 ・ブルックリンの暴行(および性的暴行未遂、窃盗)事件(2025年2月)入国管理官を名乗る男が「近くの階段で話を聞こう」と女性を階段へ連れ込んで殴りつけたのち、強姦に及ぼうとした。この犯人は被害者の携帯電話も奪っている。 ・フロリダ州の誘拐未遂事件(2025年4月)「ICE」と記されたシャツを着用し、ICEの職員を名乗る女が「元交際相手の現在の妻」に接触し、車に乗せてアパートへ連れていこうとした(ただし幸いにも、被害者の女性は逃げだすことができた)。 ・ニューヨーク州のレストラン強盗事件(2025年8月)黒の戦術服を着用した3人組がレストランに入店し、ICEの職員を名乗り、従業員の手を縛り上げて頭にゴミ袋をかぶせたのち、店のATMから約1,000ドルを強奪した。この3人を本物のICE職員だと信じた従業員たちは、縛られる直前まで大人しく彼らの指示に従ってしまった。 これまでにも報告されていた事例 とはいえ、偽ICEに関する問題は、今回FBIによって初めて報告されたものではない。ここでいったんFBIの内部警告から離れて、これまでにメディアで報告されてきた「第二次トランプ政権発足後におけるICE職員のなりすまし事件」の例の一部を紹介したい。 ・ペンシルベニア州ルイスバーグの身分証明拒否(2025年7月)ICEのバッジやユニフォーム(らしきもの)を身につけた複数の人物が、ICE職員を名乗って商店を訪問し、店員らに対し「移民ステータスに関する質問」をした。店員は彼らに身分証明の提示を求めたが拒否された。不審だと察した店員は、入店を拒否して会話を記録した。その後、地元警察が「その人々はICEの職員ではない」ことを確認し、市民に注意喚起をした。 ・フィラデルフィア州の学生寮侵入未遂事件(2025年2月) 黒いシャツに「Police」「ICE」などと記された服を着用し、ICE職員を装った3人の人物が、テンプル大学の学生寮(Johnson & Hardwick Residence Hall)への立ち入りを試みたが拒否された。彼らはその後、近くの店舗で迷惑行為をしながら、その様子を動画で撮影していた。逮捕された人物のひとりは、テンプル大学の22歳の学生だった。 ・ハンティントンパークの押収事件(2025年6月) ハンティントンパークで、ICE職員を装っていた一人の男性が逮捕された。警察は当初、この人物が使っていた車両を「法執行機関が利用している車両」と誤解していたのだが、ナンバープレートを確認したのちに偽物と判明した。車内からは複数の偽造パスポートや未登録の銃器などが発見されており、これらは全て押収されている。 ・サウスカロライナ州の脅迫事件(2025年2月) サウスカロライナ州サリバンズアイランドで、ICE職員を装った男が、停止させた複数のトラックの運転手たちに「メキシコへ帰れ」と脅迫したり、車の鍵を奪ったりした。被害に遭ったのは、いずれもヒスパニックの男性だったと伝えられている。逮捕された男は約23万ドル(約3500万円)の保釈金を支払って保釈された。 これらはFBIが示した犯行事例(強盗、暴行、誘拐未遂など)ほど凶悪ではない。しか今年1月以降、ICE職員の服装や装備や車両などを模倣した一般人が、全米の各地で次々と法執行機関になりすましては、その権威や権限を不正利用しようとしてきた。 彼らの一部は「ICEになりきって威圧的にふるまう自分」の姿をわざわざ動画で撮影していた。その映像がSNSで拡散されて逮捕につながった例もある。おそらく彼らの一部は遊び半分で、あるいは弱いものいじめの感覚で、「移民を威嚇し、成敗してくれる痛快なキャラ」になろうとしたのだろう。 しかし、その承認欲求の代償は大きい。連邦政府の職員を装って行動することは「連邦公務員なりすまし罪(米連邦法「18 U.S. Code 912」False Personation of an Officer or Employee of the United States)」の対象となるため、その時点で国家の秩序を乱す重大犯罪とみなされ、多額の罰金刑や懲役刑が科されるケースが多い。さらに恐喝や暴行や窃盗等を行った場合、その処分が極めて厳しくなるのは言わずもがなだ。 CNNの2025年10月2日の報道によれば、こうした「ICE職員のなりすまし事件」は2025年だけで24件が確認されている。これはCNNが法廷記録、SNSの投稿、ローカルメディアによる報道などから拾い上げて調査した結果であるため、実際にはそれより多いかもしれない。ここで示されたケースは「政治的な活動家による移民への威嚇」から「誘拐・強盗・暴行などの凶悪犯罪」まで多岐にわたっており、そのうち10件が起訴されている。 FBIが示した背景と問題点 WIREDが入手した警告文書の中で、FBIは「昨今のICEにおける活動の拡大」について触れている。そのうえで各法執行機関に対して全国的な連携を呼びかけ、「捜査にあたる職員は身分証明を明確に示すこと」「民間人が職員に対し、さらなる身元確認を求めてきた場合は協力すること」を強く求めた。つまりFBIは、それぞれの法執行機関が透明性を上げ、市民からの信頼を得る必要があるとアドバイスしている。 これは暗に、第二次トランプ政権発足後のICEの姿勢や活動を批判していると考えて良いだろう。この点について少し詳しく説明したい。 ・ICEの逮捕の拡大
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November 16, 2025 at 2:44 PM
SNS対策の実効性をゆるがす問題を指摘したレポート

この分野でアメリカの研究機関の存在感が薄れてきた中、近年ISDが注目を集めるようになってきている。ISDの最新のレポート「Addressing Illegal Harms on Small and Emerging Platforms: Regulatory Challenges and Gaps」( )はSNSプラットフォーム規制と実態の乖離と問題点を明らかにした。 SNS対策と実態の乖離…
SNS対策の実効性をゆるがす問題を指摘したレポート
この分野でアメリカの研究機関の存在感が薄れてきた中、近年ISDが注目を集めるようになってきている。ISDの最新のレポート「Addressing Illegal Harms on Small and Emerging Platforms: Regulatory Challenges and Gaps」( )はSNSプラットフォーム規制と実態の乖離と問題点を明らかにした。 SNS対策と実態の乖離 EU(DSA、TCO)、イギリス(OSA)、オーストラリア(OSA)などの規制は、巨大SNSプラットフォームを主たる対象としている。しかし、そこには下記の問題が存在する。 ・反主流派やテロ組織は横断的にSNSを利用しており、相互に連携している ・アクティブユーザーの数やライブストリーミングの数などさまざまな尺度で脅威を測定できるが、規制の中で定義はあいまいで共通でもない。たとえば2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂襲撃事件では小規模SNSだったparlerが影響を与えていたことを、NEW AMERIKAとアリゾナ州立大学およびプリンストン大学のBridging Divides Initiativeが莫大なデータをもとにレポートしている。・分散型SNSなど新興サービスに対応していない・永遠のモグラ叩きを続けている。規制では予防的措置と事後的措置が含まれているが、実際には同じコンテンツが何度でも投稿される。同じSNSでも別のSNSでもこれはごく一部でレポートには現在の規制の詳細な問題が列挙されている。 リスクに応じた優先度が必要 現在は、大規模だが低リスクのSNSには規制が適用され、小規模だが高リスクのSNSには規制が適用されていない。リスクの実態に即した優先度つけて規制対象や内容を決めてゆく必要がある。レポートではイスラム過激派を例にあげ、過去12カ月のネット上の活動から脅威と考えられる上位20のサービスをリスト化している。こうしたリスクの実態に応じた対処が必要なのだ。
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November 16, 2025 at 12:04 PM
12月ウェビナーの予定

12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 災害、疫病など現代社会はさまざまな危機に直面しています。この危機をデータによって可視化、分析するサービスを行っている企業、株式会社Spectee(スペクティ)は、国内で起きた災害での偽・誤情報の分析も行っています。 Spectee社でOSINTの手法を活用したSNS分析に取り組んでいる大久保陽一氏はベリングキャットのワークショップに参加したこともあります。今回は大久保氏をお迎えし、お話しをおうかがいします。 参加登録はこちらから
12月ウェビナーの予定
12/10正午 危機をデータで可視化するSpectee社のOSINT 災害、疫病など現代社会はさまざまな危機に直面しています。この危機をデータによって可視化、分析するサービスを行っている企業、株式会社Spectee(スペクティ)は、国内で起きた災害での偽・誤情報の分析も行っています。 Spectee社でOSINTの手法を活用したSNS分析に取り組んでいる大久保陽一氏はベリングキャットのワークショップに参加したこともあります。今回は大久保氏をお迎えし、お話しをおうかがいします。 参加登録はこちらから
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November 16, 2025 at 1:05 AM
サイトリニューアルのお知らせ

すっきりわかりやすいようにサイトをリニューアルいたしました。現時点でリリースしていない新機能もありますので、逐次公開いたします。
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November 16, 2025 at 12:55 AM