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@oanus.bsky.social
ネッシー研究家/山師/大日本ヨハン・ベリンガー協会 岡村化石研究所方面本部長
オーロックスについては最後の群れが最後の群れと認識されて追跡と保護がなされていたっぽいので,(他のどこかにはまだいるかもしれないという留保があるにせよ,そこにおいては) 人為で滅ぼしてしまったらしいという認識はドードーの例に先立つような気がする
November 29, 2025 at 1:20 PM
(人類はどうやってそういう"オルタナ系解釈"を捨ててきたかという歴史に興味がある者としては,そこんとこがふわふわと飛んで行ってしまっているのがとにかく残念) #ないものねだり
November 29, 2025 at 8:22 AM
これまた絶妙にすっ飛ばされているけど,Stenoが例のサメの歯化石をそういうものとして認識した後の世界では,地面の下には昔の生物の遺骸が埋まっていて,それが必ずしも既知の現生種と同じとは限らないことがある,というとこまでは認識されていたはずなのだけど,そういう変な化石を解釈するのに,未開の辺境地に棲む現生種に押し付ける論法と,絶滅した種に押し付ける論法があるので,後者が言えるようになったというのは確かに大きい.そこは(この本が強調するような)大航海時代以後に世界をくまなく歩けるようになった影響もあるだろうし,あるいは,大洪水的な天変地異を想定できる歴史観/宗教観の影響もあるように思う.
November 29, 2025 at 8:18 AM
そうすると,Cuvier的な動物相のターンオーバーを説明する絶滅概念と,(現代における,ターンオーバーではない)ドードー1種に関する絶滅概念をどう結び付けるかが問題だと思うんですけども,なんかそこんとこがすっ飛ばされてませんか.
November 29, 2025 at 7:56 AM
そんなこんなでいろいろあってCuvierによる生層序概念の話に至る.
November 29, 2025 at 7:52 AM
(というか,当時の「絶滅」概念が現代とどう異なったかを説明する文章なんだから,そういう説明をするのに現代的な意味を否応なく想起させてしまう「絶滅」という言葉を安易に使うのはやめて欲しいし,p.49 では再びドードーを例に人為による絶滅と自然の絶滅の区別ができていたかどうかなどとアナクロな問いを出してきたり,とにかく文章がノイジー過ぎて辛い)
November 29, 2025 at 7:50 AM
(そういうアナクロなレトリックを極力無視して読み進めると) 18Cの古生物学者は,地層から出てくるゾウっぽい化石が現生のゾウとは異なり,現在は生存していないゾウっぽい何かが過去には生存していて,その後いなくなった,と認識できていた,というところまでは間違いない.
November 29, 2025 at 7:48 AM
(第2章は,仮想読者に合わせた表現なのかアナクロな言い回しによる問いかけが多すぎて途方もなく読みづらい)
November 29, 2025 at 7:39 AM
あえて言えば,生きているドードーやオーロックス(あるいはエピオルニス)が見つからないことを説明する方法として,(1) 本当にどこにもいなくなった(絶滅してしまった)という説,(2) 局地的な不在であって他の地域には生息しているかもしれないという説,(3) そもそもそれは伝説上の存在でしかなかったという説が用意できて,ここに,ヨーロッパ人が考案した記録方法は信頼できる,というルールを導入すると (3)を棄却して (1)か(2)にできて,更に,ヨーロッパ人は大航海時代以降に世界をくまなく観察できている,という仮定を持ち込むと (1) を言い張れるようになる, ということではなかろうか.
November 29, 2025 at 7:21 AM
このあとの第2章で18C地質・古生物学による絶滅の認識に関する話が出てくるが,少なくとも,生きているドードーが見つからないのを絶滅として認識したのは,その後の話と思ってよさそうに思う. bsky.app/profile/oanu...
生きているドードーの最後の目撃例は1681年だったと言われるが,それが最後だったと認識されたのはいつだったのか
November 29, 2025 at 7:12 AM
「このような時代背景によって、人類は絶滅という現象に気が付くことになった」という一文は,いくら何でも,ヨーロッパ中心主義が過ぎるんじゃなかろか.
November 29, 2025 at 7:06 AM
p.20,ドードーとオーロックスの絶滅はエピオルニスの絶滅と根本的に異なる,と書いているけど,要するに,ヨーロッパ人が生きている個体を見て残した文献や標本を信頼できる証拠として採用でき,かつ,その後に生きている個体が全くいなくなったことを確かめられた,という点での違いだろう.前者は局地的な絶滅とそれ以外を区別できた事例だというのは,適切な評ではないように思う.
November 29, 2025 at 7:04 AM
(1681年に目撃された個体が最後であったかどうか,ではなく,ドードーが絶滅したとの認識が明言されたのが,であるが)
November 29, 2025 at 6:34 AM
馬鹿だから酒を飲む vs. 酒を飲むと馬鹿になる
November 28, 2025 at 12:57 PM